第9話

 その後。僕は重い足取りで学校の方へ向かう。


「イテテ」


 と僕は目を押さえていた。鏡を見た時。まだ黒い瞳があった。よかった。その瞳が割れたと思うぐらいに強く締め付けられてしまっていたのだから。


 そしてこの事件の発端になった少女。クーロンは口に肉まんを加えながら歩いている。既に5個目の肉まん。このまま行けば本当に、日本中の肉まんが彼女の手によってなくなってしまいそうだ。


 そう言えば。

 隣にクーロンがいる。こうやって、隣で誰かいる状態で登校したのは一体いつぶりだろうか。

 小学生の頃。集団登校、集団下校があった。これに関しては学校からの強制なのでノーカウント。と言うか、その同じ班の奴らと喋ったことなどなかった。


 中学時代。僕は誰とも一緒に登校したことなどなかった。

 そう考えると、実のところ。誰かと一緒に登校する。これが初めてのことかもしれない。


 

 今まで女の子と一緒に登校する。下校をする。そのようなことを夢見ていた。そんな学園生活を送れたらどれほど楽しいものだろうか。そんなことを考えていた。つまり、今、僕はそのような夢を叶えられたと言うことで。


 しかし。何だが違う。一体何が違うのだろうか。


 クーロンの足は細い。本当にその中に筋肉がつまっているのか。そう思うほどに。少しければポキリと折れてしまわないかと思ってしまうほどに。

 そのくせ、足はかなり早かった。


 何とか、僕はクーロンの歩幅に合わせようとしている。しかしそれでもどうしても、彼女の方が一歩早く前に出てしまう。


 僕の学校。大社北高校は高級住宅街の中にある。その住宅街は山を切り崩して作られたもので。つまり通学路は長い坂道が続く。特に登校側は延々と上り坂である。


 原付、それどころか、車すらもエンジン音を鳴らして全力の馬力で登っていく。大型トラックはこの坂道を苦戦する。そのような通学路。


 だからだろうか。大社北高校は一般的な公立高校でありながら、陸上部だけはかなり強かった。別にスポーツ推薦とかがあるわけではない。それらが強いのはこの坂道のせいだろう。


 通称、心臓破りの坂。運動部のみんなはここをゲロ吐きそうな顔をしながら走っている。クラスでも、部活動でここを走るのが憂鬱だと言う人はかなりたくさんいる。そんな嫌なら部活動しなければいいのに。


 ともあれ、この坂道は歩くだけで筋肉にかなりのダメージを与えてしまう。そうだけれども、クーロンはまるで足にモーターがついているかのようにスーッと登っていく。


 普段、登り慣れている僕ですら、小走りになる。


 そして、ついには。僕はクーロンに置いてかれた。結局一人ぼっちになってしまった。


 そうして僕は1人で坂道を登る。その際。

 気になったことがある。


 横に男子生徒2人いる。僕はそいつらと目があった。かと思ったらすぐさま目を逸らされてしまった。


 そもそも普段はこのように他人と目が合うと言うことはなかった。

 さらにそいつらは何だがヒソヒソと笑って話している。どうも、その会話。僕に関することのような気がする。


 何だが嫌な気分がした。


 そのまま学校へ。

 クーロンの姿はどこにもなかった。

 一体どこへ向かったのだろうか。昇降口。クーロンはまだ何組になるのか。そう言うことは聞いていない。ただ、既に入学手続きを済ましてある。だから学校の先生に聞けば、大丈夫。そのようなことだけだ。


 しかしあのクーロンが職員室の場所とかそう言ったものが分かるだろうか。


 周囲をキョロキョロと見渡しても、彼女の姿はやはりない。


 しょうがないので、とりあえず。僕は靴を下駄箱に入れた。と、そうしたら1人の男が。

 僕の方へやってきて、ニヤニヤしながら。


「お前、一昨日。告白をしたらしいな」


 と言ってきた。

 ドキンと僕の心臓が激しく揺られる。


「どうして、それを……」


 あの時。周りに誰もいなかった。そのはずだ。


「これだよ、これ」


 と。その男は僕の方へスマホの画面を見せた。SNSの画面だ。

 もっとも、僕はSNSをやっていないので、これが一体なんのSNSかは分からない。

 そこには。


「今日、ランくんに告白された」


 と。僕の名前が書いてある。そしてその後。


「もしかして勘違いさせてしまったのかな。別に私はランくんのこと何も思っていないけれども」


 と。

 そんなことが書かれている。


「お前。普段、クラスの隅で座っているくせに。やることはちゃんとやるタイプなんだな」


 と笑っている。そのセリフ。決して僕を誉めているわけではない。むしろ、僕のことを馬鹿にしている。


「だけれども、お前も面白い人だな。お前みたいな人が若山と付き合えるわけないだろ」


「なっ」


 そんなはずはない。この学校で若山と仲がいいのは僕だけ。そのはずだ。それ以外の人と喋っている姿など見たことがない。そのはずだ。


 しかし。そのSNSの画面。よく見ると1000を超えるいいねボタンが押されている。この画面だけを見れば、決して若山がボッチ。そのようなものには見えない。むしろこれだと。若山はかなりの人気者じゃないか。


「まぁ、若山は可愛いよな俺も思う。それもそのはず。聞いた話。あの子、アイドル活動をしているらしいぞ」


 嘘だ。僕はそのようは話。聞いたことがない。

 アイドル活動をしている? 普通の友達の少ない女の子ではないのか。


「まぁ、確かに高校1年までその活動で忙しくて学校に中々来れなかったらしい。だからこの学校に若山みたいな人がいると言うのは少ないらしいな」


 だからボッチだった。いや、ボッチのように見えた。そう言うのか。


「後は、若山って可愛いからな。高嶺の花すぎて誰も話しかけようと思わないらしい。やっぱり人気ある人というのはどちらかと言えば喋りかけやすい人ぐらいだからな」


 何が言いたい。


「そんなこと知らずにあんたは、若山をナンパするからさ。クラスのみんなは面白がっていたぞ。特に男子は。アイツ、もしかしてボッチのくせに若山のことが好きなんじゃないかって。その一部の人はいや、そんな馬鹿な話ねーよと言っていたけれども」


 なんということだ。僕が楽しく若山と喋っているその横で、何人もの人が嘲笑っていたのか。


「本当、ここ数週間。面白かったよ。とても面白い興行だった。絶対に手に入れることのない人に対して尻尾を振る君の姿を見れて」


「でも、若山本人は」


「あぁ、だから若山本人に聞いたさ。お前のこと好きなのかと。そうしたら彼女は、微笑みながらこう言ったよ」


『まさか』


 と。


 その言葉を聞いた瞬間。僕の視界は真っ黒になった。

 なんということか。まさか、ずっと僕は勘違いをしていたということか。絶対に僕のことが好きだと思っていたが、実際は一ミリも僕のこと。気になっていなかったのか。


「本当、残酷だよな。そもそも、知っているか。アイツは、他校に彼氏がいるそうだぞ」


 彼氏がいる。


 そんな。そのような話。一度たりともしたことなかったじゃないか。

 嘘だ、嘘だ。


「それも年上の彼氏。付き合って3年ぐらいになるほどラブラブな」


 嘘だ!

 そんなもの。信じられるわけがない!

 若山は僕と同じボッチ星出身で、ノットリア充なはずだ。そんな彼氏がいるだとか、そんなはずがない。だって。


 その瞬間。

 どこか、雷が突然落ちた。

 外から、きゃーと言う悲鳴が聞こえる。先ほどまで晴れだったのに。雲などどこにもなかったのに。急に底が抜けたような雨が降り出す。


「まぁ、どんまい。励ましてやろうか? ランくん?」


 とニヤリ。不敵な笑みを浮かべる。そして彼は僕の方に手を伸ばす。

 僕はその手を取る気などなかった。バンっと払い除ける。


 そして顔を俯かせながら駆け足で階段を登る。

 もう今の僕は、誰とも目を合わせたくなかった。


 重大犯罪をした犯人がマスコミから逃げるように。誰の視界にも入らないように。二段、二段と勢いよく駆け上がる。


 そして三階に着いた頃。


「本当迷惑です。この天気。何をやっているのですか」


 と声が聞こえた。

 そこで顔を上げる。そこには空瀬神社の巫女さんが、大社北高校の制服を着ている。


「あっ、お久しぶりです」


 彼女は笑みを浮かべている。


「まぁ、この天気をみれば何が起こったのか。丸わかりです」


 ひとまず。


「落ち着きましょうか」


 と。

 彼女はそのままこちらへとすぐ近くにあった教室へ誘導した。僕はそちらの方へ向かった。

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