第7話
僕の部屋の横。ここも障子と掛け軸と壺、そして敷き布団ぐらいしかない質素な部屋である。元々は父の部屋であるが、彼はここ数年帰ってきていない。ずっと空白の部屋になっていた。だからここを仮でクーロンの寝室ということにした。
そしてそこにクーロンを置いて、じっくりと眺める。
数時間、観察して一つ。分かったことがある。クーロンは肉まんが大好きだということ。
既に10個目の肉まんを彼女は頬張っている。逆に、チョコレートなどそういったお菓子をクーロンのために用意したが、それに関しては全く興味を示さない。
それ以外は正体不明。
「なぁ、お前は本当にどこから来た?」
「さぁ?」
とクーロンは首を傾げる。本当に自分で自分の正体が分かっていないようである。
心当たりがあるとすると、空瀬神社の奧。雑木林の奥にあった石の祠。昔はそこをクーロン神社と呼んでいた。そしてそれはこの人と同じ名前。つまり、この人は。昔話風に言うのであれば僕に恩返しをしに来たと言うのか。
いや、しかし。彼女はこの屋敷に来て、肉まんを頬張るばかり。鶴の恩返しのように、布を一つ折るような仕草を見せない。
ともあれ。確実に美鶴はこの女の正体を知っている。だから明日。学校に登校したら聞いてみようと思う。
しばらくして、クーロンは肉まんを食べ終わった。そして僕に右手を差し出す。
「おかわり」
「ないよ」
「なんで」
「そんなのアンタが全部食べたからだろ」
クーロンは自分の腹部に腹を当てる。そこからグーっとお腹が鳴る。どうやらあれだけ食べたくせにまだ、食べ足りないそうだ。
「もっと、もっと」
「やめてくれ。アンタのペースで肉まんを供給したら明日にも全世界から肉まんがなくなってしまうだろ」
「ムー」
今までずっと無表情だったクーロンがここで初めて頬を膨らませて、不満げな表情をした。
その姿を僕はじっと眺める。
このクーロンはそもそも人間なのか。もしあの神社の主だとしたら。この人は神様か何かと言うことになる。しかしそれにしては。
胸の膨らみがある。決して、はっきりと膨らみがあると言う訳ではない。しかし、あぁ胸があるな。とわかるぐらいにはちゃんとある。これは人工的なものなのか。それはここから見ただけでは分からない。それをちゃんとはっきりさせるためには……やはり揉むしかないのか。いや、でも。僕は胸を揉んだことないし。実際に胸の膨らみなんか知らないし。
うーん。あっ、いやいやいかん。いかん。そんな事を考えている場合じゃない。
ともあれ、その胸は決して人工的なもののようには思えない。天然のもののように見える。
さらに。
彼女は女の子特有の甘い匂いがした。この匂いは、若山と同じ。柔軟剤や香水の匂いではない。ふんわり、僕を包み込むような匂い。その姿。
本物の人間だ。人間の父と母から生まれたものに違いない。
だとするとますます、この少女の正体というものが分からなくなってしまう。
「どうしたの?」
と。
僕はあまりにも長い時間、クーロンを見つめすぎた。訝しむような視線でクーロンは聞いてきた。
「いや」
「……それでダーリン」
「ダーリン?」
今、サラッと。ダーリン。そのような事を言ったように聞こえる。
しかし、クーロンは恥ずかしがるような表情をしていない。
「それ、どこで覚えた?」
「さぁ?」
「それじゃ、それの意味は知っているのか?」
「愛しの人」
「意味分かって使っているのか……」
「うん。知っている」
「それじゃ、それを僕に向かって使うのは間違っているということも分かるよな?」
「なんで?」
「何でって。愛しい人というのは、要は自分が好きな人に使うということだ」
「うん」
「決してlikeな人に使うのではない。Loveの人に使うんだ」
「うん」
「つまりだ。自分の命をかけれるぐらい大切な人に使わないといけない」
「それならあっている」
「あっているということはどういうことだ?」
「私。死んでもいい」
「死んでもいいということは?」
「あなたのためなら、命。差し上げる」
「はあ?」
「好きだよ。ダーリン」
まさかの愛の告白。
いや、僕は今まで誰からも愛の告白を受けたことなどない。だからここで一つ、疑問が湧いてくる。このような愛の告白。こんなにあっさりしてもいいものだろうか。
言う方も受ける方も、まずは準備が必要ではないか。いや、勢いで言ったとしても。ある程度表情を変えてもいいものではないか。
「大好きだよ。ダーリン」
「あぁもう!!」
分からない。全てが。
どうして僕はこの少女に、このような告白を受けたのか。そしてそれに対して僕は一体どのような反応をすればいいのか。
分からない。だって恋愛経験0なんだもん!
「結婚する?」
「しない!」
「それじゃ、ダーリン」
「あぁ、ちょっと待て。僕のことをダーリンと呼ぶな!!」
「どうして」
彼女の眼は真っ直ぐ僕の方を見ている。その姿。決して好きと言う言葉は嘘ではない。そのようなことははっきりと伝わる。
「えっとなぁ。どうしてかと言えば」
僕はまだあなたのことが何も分からない。つまり好きだとかそういった感情がないからです。などと言うことは言えない。それを言うとこのクーロンという少女が傷ついてしまう可能性があるからだ。
「家の中では言ってもいいことにする」
そして折れた。
「本当、ダーリン?」
「あぁ。ただし。ただしだ。学校では絶対にいうなよ」
「なぜ?」
「学校には野生のジャーナリストがいっぱいいるからな。それで変な噂立てられたら僕の平和な学校生活が壊されてしまう!」
「ジャーナリスト?」
「とにかく。絶対に人前でそんなこと言うなよ」
昨日若山にフラれた直後。別の新しい女の子をナンパした。そう思われるのが嫌だった。
しかし彼女はそういった僕の状況を理解していないようで、依然、首を傾げている。
本当に明日。この子は大社北高校に入学するのか。
そして本当に大丈夫なのか。不安になる。
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