第4話
と、これが僕がフラれてしまうまでの簡単な経緯である。やはり納得がいかない。フラれる原因というのが全く思いつかなかった。やはり誤審なのではないか。
さらに、僕はその後の記憶がなかった。
「それじゃ、ラン君。またね」
と言って、そのまま月の方へ帰っていった。彼女はかぐや姫だった。もう二度と彼女に会えない。そんな気がする。
僕は、その場でずっと月を見ていた。その日。立派に餅つきをする兎の姿がはっきりと見えた。誰に配るのだろうか。あの月にはきっと食べる人など誰もいないのに、兎はずっと餅を突き続けている。
そういえば、昔、昔、保食神という神様が月に住んでいた。それを月読が殺してしまった。以降、その月読は桂男として、僕たちを月へ、死の世界へ手を伸ばしている。という話を思い出した。成程。あそこにいる兎が僕の方へそっと手を伸ばしている。死の世界へ手招きをしているような気がする。もう、一層、僕は死んでしまっても構わない。そう思う。
このまま体をあの月へ吸い込まれていきたい。
そのうち、段々と月の周りに朧雲が出てくる。それは平安時代、男と女の間に仕切られていた御簾のようなものである。見えそうでその姿が見えない。月明かりはその朧雲によって遮られた。と思ったら、その雲は段々周囲の雲を寄せ集めて、大きくなる。そして金床のような形になった。その時にはもうすっかり月の姿は、ずっと奥の方へ隠れてしまった。
そして、ポツリ。まだ雪の結晶が溶けきっていないような冷たい雨が頬を伝わる。ぽつ、ぽつ。もうすぐ底が抜けるかもしれない。そのような気配があった。だから僕は歩き出す。
しかし足にうまく力が入らなかった。だから最初は左に傾く。そして次に右に傾く。千鳥足のような歩き方になってしまう。
歩くたびに、体が熱くなる。視界がドンドンと暗くなる。
まだ頭は金槌で殴られたような痛さがある。
まだ僕が恋に落ちてから大凡1ヶ月ぐらいしか過ぎていない。長い人生からしてみればそれはほんの一瞬の時かもしれない。またこのようなことを言うと、絶対に大袈裟だとかそのようなことを言ってくる人だっているかもしれない。だけれども。僕はこの失恋をきっかけに、どこか消えてしまいたい。などと言うことを考えてしまった。
明日以降、僕は何を楽しみに学校へ行けばいいのか。楽しみなんて、何一つないじゃないか。いや、確かに中学の時。僕はずっと1人だった。クラスのみんなが昼休み、わいわいと楽しそうに話をしている中、僕はみんな馬鹿だなと思いながら1人。本を読んでいた。
休み時間、くだらない会話をする。これのどこに生産性というものがあるのだろうか。馬鹿みたいな話をして、車の部品、一つでも作れるだろうか。その馬鹿話で世界を救うことが出来るのだろうか。出来ない、出来ない。何も出来ない。
休日の遊園地のアトラクション、120分待ちなどを平気でする馬鹿なんだ。みんな。東京から大阪まで新幹線で行ける時間分、棒たちをしていても何一つ疑問に思わぬアホどもの集まりだ。恐らくそんな馬鹿は、蜘蛛の巣に引っかかっても、気づかずに無抵抗で蜘蛛に食べられてしまう。
僕はそんなアホどもになりたくなかった。だからずっと、人と距離を置いていた。その生き方の方が、まぁ、賢明でしょう。そう思いながら。
そんな僕がこの1ヶ月。夢を見ていた。馬鹿になろうとしていた。
だからフラれて良かったんだ。僕なんかきっとリア充なんかになれやしない。なれやしないんだ。
雨はますます強くなる。
街の灯りが、ぼやけて見えてくる。スパンコールのような、万華鏡の底を覗いたような。そんな気分だ。
そして膝に力が入らなくなる。
そのまま膝を折り曲げる。そして地面に足をつけた。
僕の目には無数の涙が溢れていた。そして……
――泣いていいんだよ
そんな声が聞こえる。
これは夢だろうか。
そのまま地面に頭をつけた。つけたような気がした。
しかし、その地面は柔らかった。温もりがあった。
――大丈夫、大丈夫だから
鈴を転がしたかのような声であった。そして。僕の目の前に。銀色の一本の髪の毛が通り過ぎる。
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