わたしの推しは抱きまくら!
かねさわ巧
一章 抱きまくらがしゃべった!
一章 抱きまくらがしゃべった!
「早く帰らなきゃ!」
わたし――
今日は推しのアイドル、
キララちゃんって本当にかわいいの! 優しくて、メンバーをすっごく大事にしていて、世界一のアイドルになるっていう目標まである! 本当に大好き!
「あと少し!」
最後の坂を一気に駆け上がる。
お母さん、ちゃんと受け取ってくれているかな……。大丈夫かな? 大丈夫だよね?
「ただいまぁ!」
リビングに飛び込むと、お母さんがキッチンから顔を出した。
「おかえりなさい、琴葉。お荷物、届いてるわよ」
「やった! お母さんありがとう!」
ちゃんと受け取ってくれたみたい! よかった! 早くキララちゃんに会いたいっ……!
駆け足でリビングから出ると、うしろから声がかかる。
「琴葉! 手洗い、うがいはしてね」
「うん! わかってるっ!」
洗面所で手を洗ってガラガラ音を立てながらうがいをする。いつもより適当だけど今日だけは許してほしいな。推しに会えるんだもん!
ようやく部屋に駆け込むと、それはすぐ視界に入ってきた。
「あったぁ!」
勉強机の近くに大きな箱が置かれていた。今朝はなかったから注文していたキララちゃんの抱きまくらに間違いない。
わくわくしながらテープを剥がし、箱を開けて中を確認する――と……。
「え! ウソ……」
太ももくらいの高さまである大きな抱きまくら。確かに抱きまくらではあるけど、わたしが注文したのは星志野キララちゃんが両手でハートをつくっているポーズがプリントされているもの。でもどう見てもこれはちがう。
そもそも女の子ですらない。
思わずへなへなと座り込む。
「この幼い男の子、誰なのー!?」
しかも白黒のイラストだし……。
これって送り間違え? でも住所と名前は間違えていなかったよね……。
はっとして、箱の中を確認すると、白い紙が一枚入っているのを見つけた。
思ったとおり、問い合わせ先が書いてある!
「これ! お母さんに話して交換してもらおう!」
「ちょっと、まてっ!」
ドアノブに手をかけると聞いたことのない声がして、思わず振り返ってしまう――と、目の前で抱きまくらがピョンピョンとび跳ねている。
え? まくらが動いて……。
「えぇええっ! どうして動いてるのぉおおお!」
「おい! まさかこのぼくを返品しようだなんて考えていないよな?」
「わわ! まくらがしゃべったあぁああー!」
「そんな大きな声で叫ぶなよ。耳が痛いじゃないか」
「きゃー!」
抱きまくらが動き出して口をきくなんて、ありえない!
わたしは慌てて部屋を飛び出し、お母さんのもとへ走った。
「お母さーん!」
「大きな声をあげて、いったいどうしたの?」
「た、大変なの! まくらが話して! 動いて、えーと、とにかく間違えているの! どうしよう!」
「琴葉、落ち着いて。どういうことかしら? まくらが話すの? すごいわね」
「ちがうの! いいから部屋にきて!」
「ちょっと、引っ張らないの。わかったわ、部屋にいけばいいのね?」
「早く!」
お母さんと部屋の前まできてはみたけど、ドアを開けた瞬間、まくらが飛びかかってきたらどうしよう。
「お願い、お母さん。ドア開けて」
「琴葉ったら、仕方ないわねぇ。お母さんがドアを開けたらいいのね?」
「うん……お願い」
怖くなって目を閉じ、お母さんの背中に隠れていると、ドアの開く音が聞こえた。
もしお母さんが、まくらになにかされたらどうしよう。やっぱり自分でドアを開けたらよかった――なんて思っていると、頭を手でやさしくポンポンとされた。
「琴葉。そんなに怖がらなくても、なにもないわよ? 自分の目で確かめてごらんなさい」
お母さんの声におそるおそる部屋をのぞくと、抱きまくらはピクリとも動いていない。でも寝ているフリをしているのかも。
まくらにそっと近づき、指でツンツンと触れてみる。
「動かない……」
「もう平気? お母さん、リビングに戻ってもいいかしら」
「まって、お母さん。この抱きまくら、わたしが頼んだものとは中身が違っていたの」
「あら、それは困ったわね。それじゃあお母さんが問い合わせてあげるわ。商品と一緒になにか連絡先の書かれた紙とか入っていなかった?」
「あ……これだよね?」
わたしは手にもったままでいた白い紙をお母さんに渡した。
「お店の番号とメールアドレスが書かれているわね。連絡しておくから、抱きまくらを箱に戻しておきなさい」
「うん、わかった」
お母さんはリビングへ戻ってしまったので、言われたとおりに箱へ抱きまくらをしまおうとする――と、一瞬、抱きまくらが動いたように見えた。
「ちょっと、まてって!」
「あぁああ! やっぱりしゃべってるぅうう!」
抱きまくらはピョンと手から抜け出し床に着地すると、近づこうとしてくる。
「わわっ! やめて! こないで!」
「ぼくはなにもしない! お願いだからとにかく落ちついてくれ!」
抱きまくらにお願いと言われ、不思議と気持ちが落ち着いてきた。
よく観察してみる――。
まくらの白い生地に白黒で描かれたイラストは幼い男の子。見た目は六歳くらいかな? 髪型はサラサラしてそうでクリっとした大きな目がかわいい。
服はパーカーにズボン……意外と普通? こうしてみると、怖がるようなものでもなかったかも? 少し話してみようかな……。
「あの……」
「なんだよ?」
「なんだよってなによ! 勇気を出して話そうとしてるのに!」
もう! かわいい顔をしているのに、なんて偉そうなの!
「そ、それは悪かった」
あれ? 素直に謝るんだ? 言葉づかいは少しガサツだけど、意外と悪い子じゃないのかも。
「ねぇ、きみはなんなの?」
「なんなのって言われても、ぼくは抱きまくらだけど」
抱きまくらにプリントされている男の子が話すたび、その口がぱくぱくと開いたり閉じたりして、まるでアニメを見ているような感じがする。
「抱きまくらなのは見てわかるけど、話したり動いたり、普通じゃないでしょ?」
「べつにいいじゃねーか」
「むっ! べつに、いいよ? どうせ、きみは返品されるんだから!」
「そうだった! 今はくだらない話をしている場合じゃない! おい! すぐに返品をやめるんだ!」
「どうして? 間違えて送られてきたんだから、返品して当たり前でしょ?」
「間違いなんかじゃないさ! ぼくが、ここへきたのは運命に違いない!」
え? 普通に間違いとしか思えないのだけど……もう! キララちゃんはどこにいっちゃったのー!
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