衝撃

「ちょっ、大丈夫ですか!?」


 シロは慌てて湖にブクブクと気泡を出す黒い塊、リョウに手を伸ばし、腕を掴み引き上げる。


:さ、流石脳筋兼頭脳派…片手で持ち上げるとは…

:コイツ普通の腕の太さの筈なのにどっからきてるんだその力

:にしても危なくないか? 亀斬った奴だぞ

:確かに

:でも溺れてるよな…


 そんなことを言われているとはつゆ知らず。シロは溺れているリョウを掬い上げた。


「う……」

「大丈夫ですか?」


 シロは基本礼儀正しく、初対面の相手には特に。

 シロは相手の顔が見えたとき、見覚えがあった気がしたが、知り合いに居たとしても此処に居るはずが無いのでその考えは消え去った。


 シロの通う学校で自分以外にダンジョンへ潜る物好きなど知らなかったからだ。


「げほっ…。…っ!」


 噎せたリョウは自身の近くにが居ることに驚く。

 暫く目を瞑った状態でシロに顔を向けていたリョウは確認するように言った。


「お前…人間か?」


 初対面相手に人間かどうかを訪ねられたシロは口元をひきつらせながら「人間だけど?」と答えた。


「そうか」


 その簡素な言葉で会話とも言えない一方的な質問は終わった。


:むしろお前が人間かどうかが怪しいんだがな

:脳筋は人間だよ?

:は?頭脳派だろシロは

:どうでもいい~


 どうでもいい話をコメ欄が繰り広げている中。シロ達の会話も進んでいた。


「ゴホッゴホッ…。すまん…いきなり…。手を放してくれないか」


 若干頭にきていたのかシロはリョウの腕を掴む手に力が入っていた。


 傷口に当たっていたので痛かったリョウは先ほどの自分の言動を振り返って謝る。


 その言葉に気が済んだのかパッと手を放すシロ。


 放されて自由になった腕だったが少しバランスを崩し尻餅をついた。元々身体がボロボロだったというのもあるのだろう。


「ちょ、大丈夫ですか?」


 自分が放したから倒れたのかと思い、慌てるシロ。しかしずっと両目瞑ってるな…とも思っていた。


「…平気だ」


 尻餅をついておきながら明らかに嘘だと分かる事を言うリョウは、座り込んだまま黒いマントの下の懐の辺りをごそごそと漁り、探索者カードを取り出し、それをシロに見せた。


「これは…探索者カード? 見ていいの? あ、というか俺配信してる途中だったんだけど……」


 ふと思い出し、銀の腕輪を見るシロ。そして視聴者数を見て目を剥いた。


「配信…あぁクラスの奴が言っt「に、20万人!?」


 思い出すように呟いていたリョウの言葉を遮って、シロは自分のチャンネルの視聴者数に顎が外れそうになっていた。

 生配信であるにも関わらず、この数字はシロにとってはまさしく異常事態であった。


:めちゃ真っ黒くろすけ君の言葉と被ってww

:これで一躍有名人だな!

:元から有名ではあったんだがな

:そりゃイレギュラー数体に加えて正体不明の人型現れたら増えるか


 そんな慌てようを見て(?)リョウは思わず口を閉ざし、自身の事に専念することにした。

 リョウの体中に出来た切り傷は明らかに悪化している。

 手当てに邪魔になる水を吸ったマントを脱ぎ、粗方絞り。少し湿った肩からかけるタイプの鞄にマントを放り込んだ。因みにコレもマジックバックだ。

 心なしか少しだけ体が軽くなった気がした。


 そして念のためバックに入れていた現在最高品質と呼ばれているポーションを目元に目薬をかけるように上を向いてふりかけた。

 だが取られた目玉がそう簡単に蘇る筈もなく、傷口は直ぐに塞がった感覚はあったが、目玉の入っていたはずの空間には何も無い。


 にもかかわらずリョウが亀を切り捨てられたのは、リョウの魔力探知能力が元々高かったからだ。


 この世界では人も魔物もダンジョンにも地上にも魔力があり、リョウがシロに人かどうかを聞いたのは、先ほどまで上半身人間人魚や、全体的に人間の形をした敵と戦っていたから警戒していたのだ。


 リョウは慣れた手付きでポーションで治せる所は治し、大きな傷には消毒してから包帯を巻き、治療箱を仕舞う。

 だがそこで、自身の手にあったはずの短剣が無いことに気づく。

 辺りを探知するが、手に馴染んだ魔力の気配は無かった。となると…水の中に置いてきてしまったようだとリョウは頭を抱えた。


 恐らく亀の首を切ったので、血が流れてしまっている筈である。見えないから分からないが。


 特別思い入れがあるわけでは無いが、これまで共に戦ってきた戦友でもある剣を置いていく事はできそうに無かった。(結局のところ思い入れがあった)

 では水に飛び込んで取りに行くかと聞かれれば迷うところ…。怪我の応急処置をすませたとはいえ、血を失った状態で潜るのは危険だ。


:黒くてわからんかったけどこんな怪我しとったんやな

:ギャア!血ぃ!!

:あww

:クリティカルヒットだな

:細身ねぇ

:なんか暗殺者みたいだな

:確かに全身真っ黒だし、強いっぽいし

:筋肉質な身体に切り傷に包帯…ゴクリ(`・ω・´)

:↑なんか新しい扉開きそうだから止めろ


 シロの近くに居たために丸々行動の全てがドローンによって撮られていた事に気づかないリョウ。辛うじて顔は黒いマスクで覆われて見えないが、目元は見えているため、視聴者達に特定されるのも時間の問題かもしれない。


「って、は! そんな場合じゃなかったんだった」


 シロは正気に戻り、手に持っていたリョウの探索者カードを反射的に見て…目を剥いた。

 身元である学校名に見覚えがありすぎたのだ。

 シロは間違えて自分の探索者カードを見てしまったのかと思い、名前の部分を見ると全く違う名前だった事に安堵する。

 だが…


「え? いやいやいや…え!? 同じ学校??」


 自分と同じ学校にダンジョンへ行っている生徒が他にも居るとは思わなかったシロは確認するようにリョウに顔を向けた。


 そして視線の先に居るリョウは――湖に顔を突っ込んでいた。


「? ……っ?!」


:草

:こんなに驚くシロも珍しいけどこの光景を見れば無理もない

:ま、魔物なのか…?

:いや、探索者カード持ってただろ

:さっき黒ずくめの奴、何か探してるみたいな動きしてたぞ

:ちょっと…黒ずくめとか言われたら某アニメ思い出しちゃうじゃない

:ぐあぁ!ヤメロその口撃は俺に効く…魔物侵攻で家が潰され全巻木っ端みじん…(ノД`)

:悲劇

:命があるならまた買えるよ

:命があるだけマシだと思え

:命削って手に入れた限定グッズも木っ端みじんになったのに…(ノД`)


 シロは不審な行動をとるリョウに恐る恐る近づき何をしているのか尋ねた。


 バシャッ‥と音を立てて顔を上げたリョウはシロの方を向かずに答える。


「剣」

「剣?」

「落とした」


 最低限の言葉で答えるなりリョウは再び亀の血が混じった湖に顔を突っ込んだ。


:うわ…

:そういえば血が…

:汚いとかいう概念無いのかコイツは

:え?これは湖の中で目開けてるの?

:↑地上ですら開けていないのに?


 そして再び湖から顔を上げたリョウは「見つけた」と小さく呟き邪魔な亀をバジックバック製の鞄に入れた。亀の胴体と頭は吸い込まれるようにリョウの鞄に仕舞われた。


 魔物の素材は基本持ち帰った者の手柄である。

 誰が倒そうとギルドに提出した者の手柄になるのだ。


 今回魔物を最終的に倒したのはリョウなので誰も文句は言えないだろう。…シロの手柄だと言う外野も居るには居るだろうが。


 リョウからすればどちらでも良かったのだが、ただ単に邪魔であったが為にマジックバックに入れたのだ。本人はもう少し早く仕舞っておけば良かったと後悔していたようだが…。


 そのせいでしなくてもいい血抜きをしてしまった。


 目があればきっと水に触れることも躊躇っていただろうが、残念ながら目は現在無いため、躊躇うものはない。


 リョウは助走もつけずに湖に飛び込んだ。


”ドボンッ”


「えぇー…」


 跳ねた水しぶきが少しかかりながらも色々置いていかれたシロは呆然と見送る他無かった。


:亀斬ったぐらいだしかなり凄い剣だったのかな?

:到底さっきまで溺れてた奴とはオモエナイ…

:なんかもう…わからんわ

:↑思考放棄


 する事の無くなってしまったシロは辺りを警戒しようとしたが、自身の剣が折れていたということを思い出す。自分は弱いと自信が落ちるシロ。

 哀愁漂う背中が分かり易く、コメ欄は同情した。


:まぁなんだ、元気出せよ?

:本人コメント欄みてねぇけどな

:コイツ若い中でも強いってこと自覚あるのか??

:さぁ

:あの亀相手に生き残ってたんだから誇っていいと思うんだけどなぁ

:それな、オレなら一発で消し炭よ

:シャレにならん


 読まれていないと分かりつつも、彼のファンは励ましの言葉を贈った。シロは良いファンを持っている。


 そんな感動シーンを知らないシロは、リョウの飛び込んだ青色の血で濁り気味の小さい湖を見つめた。


「(命の恩人…なんだろう。多分…恐らく…)」


 シロは先ほどの亀の首が落ちたときのことを思い出す。


 他人を巻き込むまいと咄嗟に囮になろうとしたものの、それは余計なお世話だった。ああして自分が傷も、狙いもつけられなかった相手を一瞬にして首を落とすなど、たたの人間ではない。

 正直探索者カードを見るまで失礼な事に人間の姿をした新種の魔物かと思っていたぐらいだ。


 だが、真実は自分と同じ学校に通う生徒。


 悔しい気持ちと妬ましい気持ち、逆に素直に凄いという尊敬する気持ち。色々な気持ちが混ざってシロは久方ぶりに涙がこぼれそうになった。

 だが、泣くことは無かった。

 シロは下がりつつあった顔を上げる。


 泣くことを止めたのだから。顔を下げている時間などシロには無い。


 暫くして凪いだ水面に波紋が広がり、その中心からザブッとリョウが顔を出した。


 それでも開かないまぶたに糸目なのかな…? とシロは思いながら駆け寄り湖から上がろうとするリョウに手を貸した。


「はい」

「?」

「手」


 差し出された何かは手だったのかとリョウは脳にインプットする。

 流石に目を失ったばかりで魔力探知だけに頼るというのも難しい。今まで魔力探知をするにしても目がある状態だったのだから。

 リョウは大まかに魔力の塊が人の形をとっているように見えていた。人によって色が違ったりするのだろうかと、シロの輝いて見える白い魔力を見て思う。


 そしてシロの手を借りて陸に上がった。

 リョウの片手には二本の短剣がまとめて握られていた。

 どうやら無事確保したらしい。


「どうも…?」

「どういたしまして」


 輝くような笑顔をリョウに向けるシロ。だがその笑顔はリョウには見えていなかった為無反応だった。


:コ、コイツ! シロの笑顔をこんな間近で見て無反応だと…?!

:暗くて見えてねぇんじゃねぇの

:俺たちはドローンの性能が良いから見えてるだけだもんな

:え、じゃあそんな視界悪い中二人戦ってたってこと?

:そうかもな

:そうだろ

:シロの笑顔を見た者は大抵の者が(何かを)浄化されるというのに…

:何かってなんだ

:そりゃあナニカだろ(適当)


 シロは相手に悪感情を悟らせないようにその感情を隠し、尊敬の気持ちを表に出すことで、その場を凌いだ。それがシロなりの処世術だった。


 そんなシロの苦労もつゆ知らず。リョウは輝きを増した魔力に目が無いのに眩しいなと思い、なるべくシロの方は視ないようにしようと決めていた。


 少しすれ違った二人だった。

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