イレギュラー ”巨大亀”

 その後何事もなくシロは二階層に続く階段を見つけ、探索者カードを台に翳して二階層へと通れるようになった。


「一階層突破!」


 安全圏である階段と転移陣のある場所で一息吐くシロ。


:o(^▽^)oイエーイ!

:オメ

:怪我してない?平気?

:あれから魔物出なかったな~

:なんかまだ不気味に感じるのオレだけ?

:↑わかる、おれも

:イレギュラーがまだいる、とか?

:いやいやいや…


「無い…とは言い切れないかな。俺も」


 コメ欄の会話を見て苦い顔をして言うシロ。


 ここ――ダンジョンでは、普通ではないことが起こるのが普通なのだから。


 探索者シロ。鱗湖ダンジョン二階層。進出。



 シロとコメ欄一行(?)はその後も進み続け、たった一日で5階層にまで到達していた。


 事前に調べていたとはいえ、初見と変わらないぐらいであるにも関わらず…わずか一日足らずでここまで来ることができるのは彼の強さがあってこそだった。


:イレギュラー居なかったな…?

:あの嫌な予感は何だったのか…

:飯はちゃんとあるか?

:ちょくちょく親みたいなこという奴いるのなんなん


 階層が上がるごとに(実際は下っている)徐々に水面の面積は広がり、今では学校のプールより少し大きめの水溜まりがシロの前に広がっている。


 此処5階層は洞窟だった。

 辺りは薄暗く、だが真っ暗な訳でもない。

 そこら中から苔のような光源が青白く淡く輝きを放ち、幻想的な光景がそこに広がっており、それは透明な水の中からも発せられていた。

 

「此処は魔物らしい魔物が見あたらないね?」


:それはおかしい

:そういう階層とかじゃなくて?

:洞窟に住む魚が居るハズなんだがな

:そもそも行こうと思った試しがない

:やーいカナズチー!

:うるせぇ!


「喧嘩は控えめにな~」


 のほほんとした声音で言っているものの、目は辺りを警戒して見渡しているシロ。


 慎重に湖の中を覗くも、中には何も居らず。澄んだ水だけが見えている。


 そしてシロが探索していると突如として辺りは眩い光に包まれた。


 眩しさのあまりに目を腕で覆い隠すシロと画面の前で騒ぐコメ欄。


 光が収まったそこには一匹の魔物が鎮座していた。


 その魔物は小さい湖に静かに目を閉じてただ水に浮いている。


 その光景に皆息を呑む。

 誰が見ても強いと感じる魔物だと思うほどにプレッシャーがあったのだ。


 シロは一人、若干の諦めと高揚を感じていた。


 事前に調べた魔物図鑑には、今目の前に居る魔物はかなり深い階層に居るはずの魔物であったからだ。


 見た目はただの亀。

 だが侮る事なかれ。この亀は深層域70階層で出てくる大亀だ。


 そのせいでこの洞窟階層はとても窮屈な状態になっているが…。


 そんな今の自分では到底敵わない相手と出くわすとは、シロは思わず笑った。


 死が目の前にある。

 だが不思議とシロは恐怖心よりも高揚感を確かに感じ取っていた。


 今のシロの姿はまさに未知を探求する探索者だった。


 彼は始め、探索者に若いながらに成りながらも、それを目的としてはいなかった。


 全ての始まりは復讐心から始まったモノだった。

 ダンジョンから魔物が溢れかえるスタンピードで両親を奪われ、両親を殺した魔物も、スタンピードを防げなかった国や探索者も恨んだ。

 だが、一番憎かった相手は魔物だったシロは、憎んでいる相手であっても一番の目的を果たすために従っていた。


 そうして従っているうちに配信というモノに出会う。


 月日が経つにつれ、シロは色々なことを知る事になった。

 ダンジョンに潜り、身元も知らない相手と話しながら攻略を進めたりした。最初の内は、偽の情報に騙されて自分で調べる大切さを知り成長した。


 そんな色々を体験していく内に、シロはいつの間にかダンジョンの虜になっていた。


 当然今もそれらに恨みはある。

 だからこそ続けているのだし。


 それでも戦って勝つ事や、自分の知らない自然を知ることが出来る喜びは、此処ダンジョンでしか得られないと思ったのだ。


 勿論死の恐怖はある。

 ただそれを上回る高揚があっただけのこと。


「ごめん皆。血を見たくない人は遠慮なく下がってて。トラウマになるかもしれないし…それは俺も不本意だからね」


:ギャアアアアア!?!? 物騒なこと言うな!

:なんとか逃げれないのか…?

:に・げ・て!

:俺は最後まで見届けるぞ

:なんとか陣まで行けば…

:死に場所を選んじまったのか

:この状況で笑ってやがる…


 シロは剣を構えた。


 亀は相手を圧倒的下と見ているのか目を開けもしていない。


 コメント欄からは一気に視聴者が減り、来てしまうであろう未来に目をつむった。


 だが逆に視聴率が増えたりするときもあった。

 いつの時代も不謹慎なことで盛り上がる者は居るものだ。


 そして遂にシロは駆け出す。


 一方通行の道は何かで塞がれていた為、逃げ道は既に無かったのだ。


 そうしてシロの死闘が始まった――。



”ガキンッッ!”


 剣が硬い外装当たったかのような音を立てる。

 事実シロの振るった剣が亀の頑丈な甲羅に当たったのだからそうなるだろう。


 だがシロは狙ってそこを攻撃していた訳ではなかった。


「クソッ!当たらない…な!」


 声に合わせてもう一振り。剣を薙ぐ。

 シロは亀の首に向けて剣を勢い良く振りかざした。


 …だが狙ったハズの急所ではなく、必ず剣は甲羅に行き着く。


:なんで甲羅狙ってるんだ?

:こんな亀も倒せないなんて、本当に中層まで行ったのか?

:この亀はそんな簡単に倒せるもんじゃない

:コイツ70層ぐらいで出てくるやつじゃね…?

:↑え?なんでそんなのがこんな上層居るの

:↑知らんがな


 亀は自らが動くことなく目を瞑っている。


 にもかかわらずシロはまるで引き寄せられるかのように剣を甲羅目掛けて当てていた。


 しかし硬い甲羅に剣を当て続けることで甲羅が割れる…なんてこともなく、先に音をあげたのはシロの持つ剣だった。


”ピシッ‥”

 剣にひびが入る。


「(マズいな…)」


 そう思った直後、まるでその思考を読んだかのように亀は動き出す。


 亀は地に足を着け立ち上がった。


 そしてゆっくり口を開く姿を見て嫌な予感を感じ取ったシロはすぐさまその場を飛び退いた。


”ズガンッッ!!”


 シロが飛び退いた場所には焦げ後が残り煙を立てているのが視界に映った。


:ヤベェ

:破○光線?

:死ぬ!


 背筋に冷たい汗が流れるシロ。


 そして更なる不運が重なる。


 シロの持つ剣が折れたのだ。


 そこからは一方的なモノだった。


 亀が逃げ惑うシロを先ほどまで閉じていた目を開けて見ている。逃げ回るシロを見て楽しんでいるのだ。


 そしてそんなとき、辺りは再び光に包まれた。


:なんだ!?

:また魔物か??

:過剰戦力です…


 そんな更なる不運を想像したとき、は落ちてきた。


 シロには見えていた。洞窟の天井部分に転移陣に似た陣が出現するのを。


 そしてその黒い塊は亀の甲羅の上へと着地した。


「魔物…? いや、人間…か?」


 シロがそれを魔物ではなく人間だと判断したのはその人物が噎せていたからだった。


「ゴホッ…! がはっ……ごほっごほっ…」


 よくよく見れば、水に入っていないはずなのに、全身濡れ鼠の黒い塊。


 未だに人間らしい見た目は黒い布に覆われて見えないが、動きは人間のような気がした。


 シロはただその姿を見ていることしか出来なかった。


 シロで遊んでいた亀はいきなり現れた者に背中を取られ、警戒して長い首を後ろに向け口を開いた。


 攻撃の前兆だった。


「避けろっっ!!」


 未だに人かも分からないそれに向かってシロは焦ったような声で言った。


 間に合わないと分かっていながらも此方に意識を向けさせようとシロが走った瞬間、亀の首が水に沈んだ。


「え…?」


:え?

:は、

:意味が分からんぞい

:……?

:首が落ちた


 落ちた首は切り口の部分から青黒い血が流れ、青色に淡く輝く湖を染めていく。


 黒い塊だと思っていたそれは今では立ち上がり、シロに背を向けていた。


 予想して居なかった事態にポカンとなっていたシロだったが、バシャンッという水が跳ねる音を聞き我に返る。


「え!?」


:今度はちゃんと見えたぜ! …え、落ちた?

:どういうこと?

:衝撃的映像がここに…

:亀の首はアイツが落としたんだろうとは空気を読んで分かったけど、落ちた…?


 シロは直ぐに駆けた。

 湖に沈んだ亀の甲羅の上に乗っていた人物――リョウを探しに。

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