配信者”シロ”

~?side~


「はーい。今度はこのダンジョン――滋賀県ダンジョンにチャレンジしていきたいと思います!」


:多分今度も中途半端に終わんだろーな…

:今日もイケメンだな(糞が)

:お口が悪うございましてよ~

:なんか起きねーかな

:止めろよそういうの、フラグって言うんだぞ?

:うわ~ダンジョンでフラグとか碌な事にならなそう

:繰り返されるサイクルはキツい

:これには思わずシロの目が死んだ魚になったようである、マル



 現在、滋賀県ダンジョンに一人の配信者が居た。


 彼――配信者名シロはダンジョンの前に立っていた。


 辺りに人が居るには居るが、ほとんどおらず。居たとしても遠目にポツポツと見えるぐらい少ない様子だった。


 滋賀県ダンジョンの特徴はといえば湖。

 広大な湖の中央にポツリ‥と立つ景観を壊さない位のシンプルなデザインの石でできた扉。


 シロはそんな湖にポツンと浮かぶ小さな島の上に立っていた。


 そんな光景を惜しみなく映すように小型ドローン――小石ほどのサイズ――はシロの周りを飛び回る。


 シロは腕に銀の腕輪を着けてそれを見ながら話していた。


 何故なら腕輪を見ることでコメント欄を読むことが出来、会話をする事ができるのである。

 コレはダンジョンに入っても出来る特別製だ。


「いやー…にしても人少な!」


:しょうがねぇよ、皆水に苦手意識持っちゃったんだもん

:そもそもカナズチが大杉でww

:皆呪いにでも掛かったんかな~?

:↑あながち有り得なくもないのがコワい


「ダンジョンがあるしな…」


 思わずコメ欄に同感を示すシロ。


 今回シロが滋賀県ダンジョンにチャレンジする事になったのは、なんということはない。このダンジョンに来る前にチャレンジしたダンジョンに限界を感じたからだ。


 配信者は視聴率あってこそ続けられるモノだ。飽きられて見向きをされなくなるなど日常茶飯事。今では慣れたものであった。悲しいことに。


 以前シロは岐阜県ダンジョンにチャレンジしたのだが、あえなく50階層程で行き詰まり、同じ絵が続いた。

 それに(配信者的)危機を感じ取り、次に進み今、此処に居るということである。

 配信者的に諦めても平気なのかと聞かれるとぐうの音も出ないのだが、飽きられるよりはマシだと思ったのである。


「じゃ、早速行くとしますかー」


 そう言ってひとまず左腕の腕輪から目をそらし、シロは大きい扉に手を添えて力を加えて開けた。

 ダンジョンの内から光が溢れ出し――ということもなく。ギギッ‥と空き慣れていないような音を鳴らしながら扉は開いた。いかに人が来ていないかが伺える。


 扉の中には小さな小部屋。

 その中央には黒い地面の上に白いチョークで描かれたかのような魔法陣。陣は小部屋の床全体を覆うほどに大きく、一気に何十人も転移できそうだ。


 小部屋に足を踏み入れたシロは懐から探索者カードを取り出す。


 この探索者カードは探索者達の身分証でもあり、ダンジョンに入るための切符でもある。


 今のようにダンジョンに入るときや、ダンジョン探索者組合という組織にダンジョン内で手に入れたモノを売り買いするときにも活躍する代物だ。

 無くすと下手をすると二度とダンジョンに入れなくなったりもするが、基本的に金銭などを払えば大抵は新しく発行してくれる。


 シロは陣の中央に立つ腰ほどの高さの台に探索者カードを翳した。


 因みにシロは今回初めてこの滋賀県ダンジョン――通称鱗湖りんこに入るため、上層の一階層から始まる。


『確認しました――探索者シロ――一階層行き』


 どこからか機械的な音声が聞こえてくる。


 シロは転送される待ち時間にコメ欄と滋賀県ダンジョンについて予習することにした。


「よし、待ち時間何もしないのもあれだから、何時もの予習やるぞ」


:えらい

:どこぞの突っ走り野郎とは大違いだ

:炎上もバズリもない所がシロのいいところ

:そういえばシロって泳げるんか?


「それ貶してない? 泳ぎに関してはまぁ…可もなく不可もなく…?」


:要するに普通ってことか

:よっ顔だけハイスペック!

:私は堅実に行くところ、好感度高いと思うけど

:命がけだしね

:流石にふざけられないよ~

:…ふざけた野郎は実際にいるけど、アイツはぶっ飛んでるからな…

:アレでよく死なないよな~


「あの人はほら…例外中の例外だよ…。生身で魔物殴るとかどっちが魔物か分からなくなるよね」

 目線を反らしながら言い切るシロ。


:ww辛辣ww

:ファンですら化け物とか言ってる奴いるしな

:一部の熱狂的なファン?は自ら殴られに行ってるらしいぞ

:ヤバwww

:ドMかー

:殴られたら木っ端みじんになって興奮を感じる前にこの世から消えそう…

:というか復習は?


 コメ欄の言葉に本来しようと思っていたことを思い出した。

「はっ! そうだった。えーっと。

 ここ滋賀県ダンジョン、通称鱗湖は、主に水辺のフィールドになっていて、一部海のように深い所もあるんだとか。

 現在最高85階層まで攻略されているらしいけど、今ではほとんど人もきておらず、過疎化して人が居ない」


:そんな攻略されてたのね

:へー

:普通に勉強になる

:名前可愛いよね

:なぁ知ってるか?コイツ、高校生なんだぜ…

:それマ? 頑張れ

:死ぬなよ


「コメ欄の皆が優しい言葉を言うなんて…何か嫌な予感がしますね…」


:お前失礼

:あーあーそんなこと言っちゃうんだーチャンネル登録解除しちゃうから!

:草

:一人減ってもまだ何万か残ってるからな…

:シロのライフポイントまだまだあるなw


 そんな事をシロ達が話している内に、シロの乗っている陣が淡く光り出した。


 この転移陣は探索者カードに登録された、持ち主の記録の階までしか行けない。


 つまりは今のシロだと一階層しか回れないということだ。


 それより下の階(または上の階)へ行くにはその階層にある階段を見つけ、登るか降りるかしなければ攻略したことにはならない。

 階層と階層の間にある階段の踊り場に、先ほど探索者カードをかざしたような台が設置してあり、そこに登録しなければ次の階へ進むことが出来ないのだ。


「そうそうこの階層は下っていく形で。下に行くにつれて水の面積が増えていくみたいだよ」


:へぇー上層から下層に流れていく感じなんかな?

:俺泳げねぇから、是非とも俺の分まで頑張ってくれ!

:今回もちゃんと現場の下調べしてから行くのか?


「? 当たり前だろ。ちゃんと調べなきゃ危ないじゃん」


:(その当たり前が出来ていないシロの先輩達って…)

:真面目なヤツめ

:アイツらは強さが飛び抜けすぎなんだ…一緒にしちゃダメだ

:今回も堅実プレイでお願いね


「褒めてるんだよな?」

 遠まわしに弱いと言っている訳じゃ無いよな?と、思いながらも気を引き締めるシロ。


 そして辺りを包む輝きが収まり、糸目に薄めていたまぶたを開き、辺りを見渡す。


 開いた視界には、見る限りだと何の変哲もない草原が広がっていた。


 シロの足下には草原の原っぱに焼き印が入るように焦げ茶色の陣が描かれている。どこのダンジョンも世界観に沿っているようだ。

 ちなみにこの陣の中には魔物は入ることは出来ない。陣の中央には此処に入る時にあった同じ型の台が置かれている。


 コレは他の転移陣にも言えることだ。

 恐らく魔物除けの呪文も描かれているのだろう。シロにはそんな専門的な知識は無いが、似た陣はこれまで幾度も見ているのでおおよそ見分けはつく。


「魔物一匹見えないな…」


:ウサギ一匹居ねぇな

:とりま歩いてみればいいんじゃね

:遠目に森っぽいの見えるしそこ目指してみれば?


「そうだな…あてもなく彷徨うよりいいか…な」

 コメ欄を見て方針を決めたシロはひとまず遠目に見える緑に向けて歩き始めた。

 シロの腰に携えられたポーチと剣がちゃんとあるか確認して探索を開始した。

 右手はいつ敵が来ても対処できるように剣に添えられている。


 ポーチはマジックバックと言って限りはあるが、重さを大幅に軽減してオマケにサイズも小さくなり魔物の素材を運びやすくしてくれる便利グッズだ。


「何も居ない…?」

 そうして一階層だとしても警戒して辺りを見渡したままシロは思い浮かんだ疑問をそのまま口にする。


:おかしいよな? コレ

:前に来た探索者が狩り尽くしたんじゃないの

:なくもないけどそんな物好き居るか?

:ただでさえ広いのにそんな事するヤツいるか?

:居なそうだわ

:なんかの前兆かもしれんし、警戒しとけよ

:↑それが一番だな…


 不穏な空気が出てきた様子に真面目に話すコメ欄を見て、やはり何かがおかしい…いや、魔物が居ないことが可笑しいのだとよりいっそう気を引き締められる思いだった。


 そしてシロは森の奥へと足を進めた。

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