騙されないもん
召喚された時、ふざけた話だと思った。
同時に召喚された他の四人からは、歴戦の猛者特有の強い死臭がこびり付いていたからすぐに強者達であると理解した。
だからその中の誰かがアタシを召喚したんだと思った。
なのに、アタシを召喚したのは明らかに何の力もないクソ雑魚女だった。
そしてその無能女がこの世界の救世主で、アタシ達はその手伝いをする戦闘用の駒であると知った時。
アタシはただひたすらに絶望した。
─またアタシは奪われる側なのか、と。
だけどそいつは、今までの奴らとは少し違っていた。
◆
「…それでね、私はママから貰った名前に負けない様に、人助けを生きがいにして頑張ってきたんだぁ」
初めての野宿だというそいつは最初こそ不安そうにしていたが、今はアタシの隣に寝転がって楽しそうに声を弾ませて自分語りをしている。
アタシが隣に寝ることを許可したのは、ほんの気まぐれだった。
アタシが本気で殺そうとした時、今までの震えが嘘のようにこいつは急にその震えをやめ、強い意志を持って私を見つめてきた。
そして言ったのだ、アタシが嫌うような人間にはならないと約束すると。
普段のアタシであればそんなの鼻で笑って、一蹴するところだ。
でも、その深い青色の瞳に見つめられて、アタシは揺れた。
そんな未来を、信じてみたくなった。
と、いうか。こいつは本当にクソ雑魚だから、いつでも殺せる。もしも約束を破るような事があれば、共倒れ覚悟で殺してやればいい。
…だから、今だけは信じてみたくなった。
「…それ、つまりは人助け利用して気持ちよくなってるだけじゃない。結局は自分の為。」
「うん。そうかも。…でもね、『ありがとう』って言葉が嬉しいのは本当なんだよ。」
「大体のありがとうはね、『(都合よく動いてくれて)ありがとう(お馬鹿さん)』って意味なのよ。」
アタシは自分の話はしないが、こいつが語る自分の話を、アタシの屈折した思考で否定してやる。
こういう他人に奉仕するような奴がむかつくのは変わらない。どこかにきっと見返りを求めてるはずだから。人間なんてそんなもんなだから。
こいつだってどうせ、あるいはいずれ…
「ふふ。」
「は?何よ」
そうやって嫌味に近い言葉を、こいつはなんだか嬉しそうに笑った。
意味がわからないから、こいつの方を向いて睨んでやる。
「いや、リリスって知れば知るほどいい子なんだなって。」
「…殺すわよ。」
訳のわからないことを言われて、頭に血が上ったアタシの手はすぐ隣に寝転がるこいつの首元に置かれる。
「リリスのそーゆう思考、好き。」
それでも彼女は怖がることなく、優しく微笑んで私を見る。そしてあろうことか、首に置かれたアタシの手を包み込むように触ってきた。
思えば、戦う事以外で久しぶりに他人に触れられた。
それを振り払う事をしないアタシに驚くし、アタシの殺気を受けても動じないこいつの微笑みに動揺して心臓が跳ねた。
「…丁寧にアンタの生き様を全否定してあげてるのに?」
なんとか絞り出した言葉。アタシの声は震えていなかっただろうか。
「だってさ、リリスはそういう人達を嫌悪してるんでしょ?」
「…まぁね。きもいわよね。そういう奴ら。」
「ってことはさ、リリスはそういう人じゃないってことじゃん?」
「…自分が嫌悪する存在であっても不思議じゃないでしょ」
「そうは見えない」
「…アタシのこと何も知らないくせに」
その深い青の瞳を見ていられなくなって、視線だけずらす。
弱いくせに、無能なくせに、どうせ裏切るくせに…
こいつは、やっぱり他の奴らとは違う気がしてしまう。
アタシが騙されやすいっていうのは、過去の経験からわかってる。
だから、まだ心の底からこいつを信用するのは無理だ。
だから、距離は一定にして…
「…ねぇ、リリス。」
「…ちょ、何?ち、近いわよ。」
なのに、こいつはアタシのテリトリーに土足で踏み込んでくる。
こいつが近寄ってきたせいで、首元に置かれていたアタシの手はこいつを抱きしめるような形になってしまう。
「私、頑張るから。いつか、リリスのお話も聞かせてね」
「…ふん。」
それはアタシの信頼を勝ち取るという意味だったんだろう。
アタシはそれを嘲笑うように鼻を鳴らす。
でもそれが強がりだと、多分こいつは気づいてる。またくすりと笑うから。
本当に自分が嫌になる。どう考えたって、こいつは地雷だ。踏み込めば己を殺す事になる。
なのに、アタシはやっぱり馬鹿だ。
こんな今日会ったばかりの奴に、絆されそうになっている。
「くしゅんっ…」
そんなふうに自分の過去と、こいつへの想いとで葛藤していた時、腕の中で小さく聞こえたそれ。
そうだ。こいつは弱いんだった。
「…え、リリス?」
長らく動かなくなっていたアタシの手は自然とそいつの体全体を抱き寄せた。
ようやく戻った肌の感覚は、そいつの体温が低下していることにやっと気づかせてくれる。
アタシは背中に少しだけ力を入れて、巨大なソレを取り出す。
「アンタが病でぽっくり逝くようなことがあれば、目も当てられないでしょ。」
アタシは絆されたわけじゃない。信用だってしていない。
けど、こいつが死んだらアタシも死ぬ。だから守ってやらねばならない。それだけのこと。
「…かっこいいね、これ。それに、すごく優しくて暖かい。」
こいつは、アタシのソレ…《悪魔の翼》を見てそう言った。
アタシの醜くて嫌いな部分。アタシが人になれなかった証明の、その翼。
そんな風に言うそいつを、ソレで包み込むようにして閉じ込める。
ドーム状にして包まれたアタシ達は、まるで世界から遮断され、二人だけしかいないような感覚に包まれる。
アタシは腕に力を入れて、そいつを更に抱き寄せる。
「…アンタはどうせあいつらと同じ、クソみたいな奴になる。その時にアンタを殺すのはアタシよ。忘れないで。」
顎をそいつの後頭部に置いて、綺麗な金色の髪に顔を埋めながら言う。
「うん。わかった。」
するとこいつは嬉しそうな声音で、アタシの殺害予告に答える。
「…バーカ。」
それがなんだか嬉しくて、だから悔しくてアタシはもう少しだけこいつを強く抱きしめて、そう言った。
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