ニートにはならない
シエルという最強のメイドさんのおかげで、一応5人の
シエルは基本的に私につきっきりの護衛、ティアラちゃんは私たちの方針や作戦を指揮しながら情報の処理。この二人は基本的には戦闘には参加しないらしい。
ティアラちゃんの指揮によって戦局は変わるらしいが、基本的にはエミリーが積極的に単騎で敵と対峙し、殲滅と情報収集にあたる。
リリスとミレイユの能力は少し特殊な物らしく、基盤はない。普段はエミリーへの加勢や追撃補助の中衛に回るらしい。
まとめると、
前衛…エミリー
中衛…リリス、ミレイユ
防衛…シエル
支援…ティアラ
といった布陣になる。本人達も納得しているらしい並びはまさに最強の布陣である。
え?青空ひなたの役割は…って?
うん。戦力外だよ。布陣にも入れてもらえなかったよ。
仮にもご主人様という立場の人間がここまで無力な事ある?
ティアラちゃん曰く、力の無い物を数合わせのために戦場に投下すると、逆に不利になるんだとか。天才軍師の言う事だし本当の事なんだろう。
唯一私の味方で居てくれたシエルですら、この件に関しては、言葉を柔らかくしていたが要約すると「大人しくしていろ」という趣旨の言葉を言ってきていた。
まぁ…【
【召喚】によって呼び出された【
これは【召喚】を使った際、主人の方にも彫られるもので、いかなる魔法でも消せないらしい。
この【呪印】は強固な繋がりを持っているらしく、主人の命が尽きると召喚魔も共に死に至るらしい。後は細かく色々と主人に有利な効果があるらしい。
ちなみに私のは右胸辺りに、しっかりと五つの呪印が花弁のような形をとって彫られている。
まぁ、要するに。
私の死=みんなの死
なので、私は大人しく部屋にこもってシエルに守られているしか無いらしい。
私は本当に救世主なのだろうか。
ユリエラさんと言えば、うちの完璧メイドのシエルがちゃっかりユリエラさんとの通信手段を用意していたらしい。
私達の中でおおまかな話がまとまった後、シエルはすぐにやり取りをしたみたい。
こちらからは召喚魔達は全員救世主部隊として協力する事を伝え、ユリエラさんからは感謝の言葉と、侵略者の生態に詳しく、動向を追える人物を寄越す事を聞いたらしい。
私個人に対しては、別れる前にユリエラさんにお願いしていた唯ちゃんの行方がまだわかっていないことを告げられた。それともう一人のママも行方がわからなくなったことも。
どちらも心配だけど、特に唯ちゃん…無事だといいんだけど。
明らかに私のせいで巻き込んでしまった後輩は、私と同じ場所には倒れていなかったらしい。救世主として仕事をしながら、力を入れて捜索する予定だ。
そうして、私の果てしなく長かった異世界生活1日目は何とか無事に終わった。
◆
…終わったはずだったのだが。
「わたくし達は仮にもこの世界の救世主。悪事は働けません。」
というシエルの言葉は正論だった。私だって悪い事は絶対したくない。
「ということで、申し訳ございません。ご主人様。野宿でございます。」
残念ながらこの疲れ切った身体を、充分に休める事は出来なそうだった。
と、いうのもこの中にこの世界のお金を持っている人がいなかったのだ。
宿も取れなければ、入浴すらまともに出来ないというわけだ。
「し、仕方ないよ!それに明日になれば、使いの人がお金も持ってきてくれるんでしょ?1日くらい平気だよ!」
明日になれば、協力者の人が必要な資金や、救世主の証明書を持ってきてくれるらしい。証明書があれば、基本的に必要な物は町や村で買い揃えることができるってシエルが言っていた。
「店主を脅せばどこでも好きに使えるってのに。救世主ってめんどうね。」
私達のやりとりを近くで聞いていたリリスが腕を組みながら横槍を入れてきた。
「ダメだよリリス…お店の人だって生きる為に働いてるんだから。」
「…ふん。まぁアタシは野宿なんていくらでもしてきたし。どっちでもいいんだけどね。」
「え、そうなの?」
リリスの話に驚いて聞き返すと、リリスは余計な事を言ったとばかりに、眉間に皺をよせてから私たちに背を向ける。
「…色々あんのよ。アタシは先に寝てるから。じゃ。」
「あ…」
ほんの一瞬だったけど、リリスは悲しそうな表情をしていた気がした。
そして気づいた。
私、みんなの過去とか生い立ちとか、全然知らない。
今のリリスの話からすると、野宿を繰り返すような日々を送っていたという事になる。学校と家を往復するだけで呑気に生きていた私には想像もつかない生活だ。
踏み込んでいいのか分からない。
けど、踏み込む必要がある気がした。
「ね、ねぇリリス!」
「…何よ」
「今日、一緒に寝よっか!」
「…はあ!?」
◆
夜って危ないでしょ、もし幽霊とかに私が殺されちゃったら呪印でリリスも道連れだよ、だからそばで守ってよ。
自分でも中々無茶を言った自覚はある。
リリスは今日一番の怒りの表情をして、私を見つめる。
でも、ここで折れては一歩踏み出した意味がない。
「…っていうのは建前。ごめん。」
「…何がしたいのアンタ?」
「リリスの事、もっと知りたい。」
「アタシはアンタに話すことなんて…」
「じゃあ、私の話聞いてよ。」
「ねぇ。アンタ本当にウザイわよ?」
逃げちゃいけない、だから私はリリスから目を逸らさずに言葉を続ける。
「ごめん…でも、私はリリスと…みんなと仲良くなりたい」
私がそう言ったと同時に、リリスは動き出したようで、私は気づいたらリリスに胸ぐらを掴まれ、軽々と持ち上げられていた。
「うぐっ…」
「ねぇ、アタシはアンタみたいな奴が世界で一番嫌いなのよ。」
私を睨みながら、リリスは話し始める。
その瞳は、心の底から私を憎悪しているように思えた。
「私…みたいなやつ…?」
…だからこそ、私はチャンスだと思った。
「ええ。そうやっていい子ちゃんぶって、悪い事はしませんって顔して。」
「ねぇ、アンタは救世主だとか正義の味方だとか、そうやって祭り上げられるんでしょうけどね…返り血を浴びるのは誰?手を汚すのは誰?」
「本当なら今すぐにでもここで、アンタを殺してやりたい。無能なくせに、恵まれてるアンタを。壊して、壊して、壊し尽くしたい。」
思った通りだった。
憎悪に任せて、リリスは饒舌になってくれた。胸の内を話してくれた。
私は胸ぐらを掴まれ苦しい中、自然と笑みが溢れる。
「…あ?何笑ってんの?」
「…リリスの事、また一つ知れた」
「…は?」
「リリスって、すごく優しい子だったんだね。」
「何言って…」
「奪われる側に寄り添える…優しい子。」
私がそう言うと、身体を地面に叩きつけられて一瞬呼吸がしにくくなる。すごく痛い。
でも、目線だけは背けない。
「…黙りなさい。本当に殺すわよ。」
目の前で感じるリリスの殺気は、それは恐ろしいものだった。それだけで死を疑似体験できるんじゃないかって、それほどの物。
でも、私の心の方は不思議と恐怖という感情を抱かなかった。
「けほっ…うん。いいよ。…でも、もしリリスが私を殺さない選択をしてくれるなら、約束する。」
一つ息を整えて、私はまた笑みを浮かべてリリスを見つめる。
「約束?」
「私は、リリスが世界一嫌いだっていう様な人には絶対ならない。」
「はあ!?アンタみたいな奴が嫌いだって言ったんだから、存在してるだけで殺したいくらい嫌なのよ!!」
「リリスが嫌ってるのは、そうなるかもしれないっていう未来の私でしょ。」
「っ…」
私は確信した。
多分、リリスは過去に何かあったんだ。
だから他人を見る時に《あるかもしれない未来》を想像して、その未来をその人に当てはめて《
私の言葉に動揺を隠せないリリス。
今は彼女の事をよく知らないし、私にはなんの力もない。
だから、命を賭けて約束するしかない。
「リリス。選んで。」
私はリリスの揺れる瞳から視線を外さず、力強く言う。
少しでも《
「…あほらし。」
リリスは揺れる瞳を隠すように目を閉じると、そう呟いて私から手を離して離れていこうとする。
「っ…ま、まってリリス…」
私は急いで立ち上がり、彼女の後を追う。
まだ会って1日目、やっぱり彼女の言う通りウザかっただろうか。
「ごめんね…私、やっぱりウザ…」
「早く寝る準備しなさい。」
「…え?」
しかし、リリスが振り返らずに発した言葉に私の口と足は止まる。
「子守唄の代わりに、あんたの話を聞くくらいしてやるわよ。」
リリスはそう言ってまた歩き出す。
「っ!!!!…うんっ!!!!」
あまりの嬉しさに、私は急足でリリスの後ろについていく。
私みたいな弱い人間の召使になってしまった皆は絶対に不満があるはずで、だからこそ主人である私から歩み寄って、出来れば対等になりたい。
当面の私の方針が決まった。
みんなととにかくお話をして、私の事を知ってもらって、お友達になる。
納得してもらって、みんなで協力しながら世界を救いたい。
そして、リリスのように何かを抱えているのなら、私も一緒に背負わせて欲しい。傷を負っているのなら癒してあげたい。
ようやく無力な私にも、役割が出来た気がした。
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