アルファの“期待”

 神馬浪は目の見える大企業の代表取締役社長を務める男性と、目の見えないホテル従業員の女性の間に生まれた。浪の祖母も生まれつき目が不自由で、遺伝的要因であることは明らかだった。


 祖母は浪の母を身篭った時、両親に中絶手術のために病院へ連れて行かれそうになった所を逃げて来たのだという。どうしても子どもを産みたかったのだ。そんな祖母でも浪の母の妊娠がわかった時には中絶を勧めたのだそうだ。「僕は望まれていなかったんだ」と浪は言った。


 祖母の懸念どおり生まれた浪も目が見えなかった。父も母も浪を熱心に教育した。特に父親の指導は厳しく、浪が傍から見れば目が見えないことがわからないよう立ち振る舞いを徹底的に教え込んだ。頭を振る癖を矯正して飄々とした人物を演じた。少しチャラチャラした印象の服装も、派手な髪色も、周囲の人間を遠ざけるためだ。あまり距離が近いと全盲であることを悟られてしまうと思った。


「父親の教育が間違っていたとは思っていない。感謝しているよ。でも、きっと彼は目の見えない僕が汚点だったんだろうね。外に出しても恥ずかしくないようにそうしていたんだと思うよ」


 こうして神馬浪は、「見た目が派手で態度は掴み所がなく、それでも賢くどこか魅力的な自由人」というキャラクターを手にして彼の最大の特徴を覆い隠すことに成功した。少なくとも、筆者は全く気が付かなかった。


 言われてみれば、と思うことはいくつかある。まず最初に、名刺を受け取らず連絡先を耳で聞いて確認したこと。そもそも印字された字が読めなかったのだ。夏祭りの会場で道行く人にぶつかりながら歩いていたのも納得できた。そういう違和感を、飄々とした人間を演じることで「この人はそういう性格だから」で済まされるように浪本人が仕向けていたのだ。



 数日後、神馬氏は国王選出を辞退することを王に告げた。事情を話すと王はあっさりと神馬氏の申し出を受け入れた。


「元からこの島のオメガを選ぶ気なんてなかったんだ」と神馬氏は言った。


「力試し、って言えばいいのかな。父親の教育が通用するのかやってみたくなった」


 筆者に声を掛けたのは王の応接室で紙にペンを走らせる音が気になったから。言葉を扱う仕事をしている人間ならあらゆることを言葉で丁寧に説明してくれるのではないかと思ったのだそうだ。


 最後に彼はこうも言った。


「少しだけ期待していたんだ。僕の目が見えなくても、それが遺伝的要因だとしても、それでも貴方との子孫を残したい、と誰かに言って欲しかった」

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