アルファの上陸

 八月一日月曜日、ようやくアルファが御斗田島にやって来た。アルファ側も現在の王を交えた島民の選考によって決まった男性だ。


 屋敷の応接室で王と会話する彼の名は神馬浪じんまろう。身長は王と同じくらい。歳は三十代だという。開襟シャツを羽織りハーフパンツを穿き、サングラスを掛けたラフな格好だ。一番目を引くのはマゼンタに染めた髪だ。全体的にチャラチャラとした印象だが、流石は王の選考を突破したアルファ。立ち振舞いや語り口調にはどこか品があった。


 王の屋敷を出る前に神馬氏が筆者に声を掛けてきた。「熱心にメモを取っていたようだが報道関係者か」と訊ねられたので記録を残して本を書くと答えた所、興味を持ってくれたようでこの島に滞在している期間などを訊かれた。最後に彼から驚きの提案をされた。


「君が島を案内してくれないか。ついでに僕のことも取材ができるから都合が良いだろう」


 筆者はこれを了承した。名刺を出したが神馬氏は受け取らなかった。「モノを増やしたくないんだ。この場で連絡先を言ってくれれば覚えるよ」と言った。


 御斗田島の国王選びに立候補した動機を訊ねると「面白そうだったから」とあっけらかんと答えた。


「僕の父親は百年以上続く大企業の代表取締役社長なんだ。父親は僕に会社を継がせる気はないらしいんだけど、働けとも言われていなくてね。やることを探していたのさ。この島の王様候補はみんな美形なんだろ。目の保養にもなるし楽しそうだと思ってさ」


 どこか浮わついた印象のある男だが、王が選んだのだから何か決め手があったのだろう。


 まずはカゲキの管理する畑へ案内した。神馬氏は「土のにおいがする。良い所だ」と言った。畦の雑草を刈り取るカゲキに「こんにちは」と挨拶をした。カゲキは発情期ではないようだが、神馬氏は彼がオメガであることをすぐに見抜いた。「君は国王候補じゃないのかい」「もう違う」というやり取りの後、カゲキが助けを求めるように筆者を見るので神馬氏に彼が国王候補を剥奪された経緯を説明した。


 カゲキへの興味をなくすかと思いきや、神馬氏は「子どもかい?会いたいな。どこにいるんだい」とさらに食いついてきた。カゲキの家を訪問し双子に会わせると神馬氏は子ども達に触れながら「いいにおいだね」とニッコリしていた。


 それから神馬氏はその日のうちにチギとアヴノへの挨拶も済ませた。国王候補がチギひとりだけということは事前にわかっていたようだが、それでもアヴノに会いたがった。


 神馬氏は飄々としていているがどこか憎めない。



(以下、未整理の記録)



 神馬氏は目に見えない部分に非常に敏感な人物だった。


 二時間目の授業を終えたチギに会いに行った時だった。神馬氏は深々とお辞儀をして挨拶をするチギの言葉を遮るように「君、腹減ってるかい」と言った。


「え?」という顔をするチギ。僕も戸惑って何も言えなかった。神馬氏はポケットから飴玉を出して「先生には内緒だよ」とチギに渡すと、「給食ちゃんと食べるんだよ」と言い残してさっさと学校を出て行ってしまった。


「あの子まだ行間休みなのにお腹空いてたんだね」


 神馬氏が言った。お腹の鳴る音が聞こえたらしい。


「ご飯食べてないんじゃない。可哀想に」


 僕は全く気が付かなかった。


 アヴノに会った時には、開口一番「大丈夫?」と訊ねていた。アヴノは戸惑いながらも「えー?急になんですか?」と笑った。


「めちゃくちゃ元気ですよ。あ、でも今日はエッチできないんです。ごめんね」


「だろうね。また出直すよ。早く帰って休んだ方がいいよ」


 そう言うと神馬氏は飲食代を払ってさっさと店を出てしまった。


「血のにおいっていうか、女の人からたまににおってくるやつ。絶対無理してるでしょ」


 僕の嗅覚がまともだったら気付けただろうか。いや、彼は並の嗅覚ではない。


「僕はホテルに戻るよ。また明日ね」


 神馬氏が手を振ったので僕はそこで立ち止まった。


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