カゲキ
その日の夜、畑の近くにある一軒家を訪問した。国王候補とは思えない質素な佇まいの木造住宅にカゲキは育ての親だという年老いた女性と暮らしていた。こちらの名前と取材の主旨を説明するとカゲキは「よろしくお願いします」と深々と頭を下げた。
「新しい王を選ぶと聞いた時には、いよいよかと思いました」とカゲキは真剣な表情で述べた。
「王になったらこの島をもっと良くしたいです。子どもが健やかに育つような島にしたい。俺は王になるために子どもの頃から勉強も頑張ってきた。アヴノのような美しさはないしチギみたいに可愛げもない。でも新しい王としてアルファに選ばれる自信はあります」
そう主張する一方、心配事もあるようだ。
「王になった後も農業を続けられるかが心配です。お母さんと離れて暮らすようになるかもしれないと思うと寂しい。今までどおりの生活はできないんだろうなと思っています」
カゲキを育てた“母親”からも話を聞いた。彼女は五十年ほど前に夫婦で御斗田島に移住してきたという。
「なかなか子どもに恵まれず苦しい思いをしていた頃、田舎でのんびり過ごしたいと夫婦で話し合ってここに移住を決めました。その矢先に夫にガンが見つかって。最期をこの島で過ごすことになりました。カゲキを育て始めたのは夫が亡くなった後です。国王候補だからといって甘やかすことはしませんでした。まっすぐで良い子に育ってくれて誇らしいです」
「王になることはお母さんへの恩返しにもなる」とカゲキは言った。「俺のことを応援してくれる人たちもたくさんいる。皆の期待に応えたい」
カゲキの意志は強く、王に相応しい風格があった。
ドゥンさん曰く、島民の半数はカゲキが王になることを望んでいるという。家族三人で御斗田島に移住してきた女性はこう述べる。
「息子が本土の学校に馴染めなくて不登校だったんです。環境を変えたくて御斗田島に来ました。私も息子も不安で、しばらくは学校も通えなかったんですけど、たまたま近所に住んでいたカゲキさんがとても良くしてくれて。畑仕事をさせてもらったりしているうちに息子も笑顔が増えて、今では毎日楽しそうに学校に通っています」
役場に勤める男性は「王はカゲキ以外考えられない」と強く主張した。
「まっすぐな性格で周囲の信頼も厚い。何よりカゲキは国王と同じで純潔だ。彼が選ばれるに決まっている」
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