24 これは盗撮じゃないから(3)
スタジオは、まるで普通の家のようなところだ。
小さな受付はあるものの、機材のようなものはなく、カメラや衣装は持ち込み。色々な部屋で自分達で自由に撮影するような場所で、借りた部屋は3つほどあった。
背景を変えられるスクリーンがある部屋。部屋の真ん中に撮影用の階段がある、アンティーク家具で彩られた部屋。そして、自然な陽光がメインの薔薇や蔦が這う庭に続く部屋だ。
「うわ、すごく大きな窓」
窓の向こうが庭になっている。
まるで教会みたい。
ここにウェディングドレスを着た剣様に立って貰えば、とても絵になるだろう。
黒髪をきゅっとまとめて、ベールを流す。
引き締まった唇には、少し濃いルビー色のルージュを塗ろう。
想像しただけで泣いてしまいそうだ。
けれどそれを思うと、少し複雑な気分になる。
たとえ想像の上でも、自分を結婚相手に選ぶ事はできない。
私じゃ、剣様を幸せには出来ないからだ。
そうなると、相手は力が強くて、お金があって、権力もあって、ユーモアにも長けてて、顔も良くて。想像上の、なんかイケメン。
けど、それは。
その人が、私じゃない事に心が締め付けられる。
隣に立つ人が私じゃないなんて。
当たり前だけれど。
独り占めしたいなんて、思ってはいけないのに。
剣様には剣様の幸せを掴んで欲しいのに。
その剣様の幸せが誰かと共にいる事なら、祝福しないといけないのに。
きっと私は、誰かが剣様の隣に立つような世界には、価値を見出せないだろう。
自分がこの世界に居る理由も、きっとなくなってしまうに違いない。
ウェディングドレスだけが剣様に似合う服ではない。
例えば、そう、シスター服。
祈る姿は、黒い服でも隠しきれない神格を見せるのだ。
はたまた、布一枚だけを着てもらって、女神様。
ああ、もうそれは剣様でしかない。
吟遊詩人なんていうのもいいかも。そのお声が活かされるというものだ。
もしくは勇者?それとも、魔法使い?
すっかり妄想の世界に入っていると、後ろから声が掛かった。
「今日は、選挙の写真だから、顔が見やすいようにスクリーンの前で撮るだけよ」
「はーい」
部屋に入ると、剣様はスクリーンの前でスッと真面目な表情に変わっていた。
「…………」
息を呑む。
小節先輩が鞄から大きなカメラを取り出す。
大きなレンズを付けた一眼レフカメラだ。
反射板も入り、そこはなんだか違う世界のようだった。
見たことのない世界。
撮影は、思った以上に、本格的。
「じゃあ撮るよ」
と、小節先輩の掛け声で、世界が動き出す。
剣様が、パッと全身でこちらに振り返る。
長い髪が靡く。
柔らかな視線が、まっすぐに前を向く。
小節先輩は、どうやら全身を撮っているようだ。
モデルのようだなんて言えない。
そんな何かに似ていると言うようなレベルではない。
あまりの綺麗さに、つい、見惚れてしまった。
◇◇◇◇◇
やっと撮影ですね!
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