25 これは盗撮じゃないから(4)
杜若先輩もスマホのカメラで撮影を始めた。
「スマホでも撮るんですね」
その質問に、菖蒲先輩が答える。
「小節くんのカメラがダメになるかもしれないから。フィルム、入ってないかもしれないわよ」
撮影をしながら、小節先輩が不満そうな顔を見せる。
「デジタルだ」
菖蒲先輩は負けずに、小節先輩に聞こえる内緒話で、
「SDカード、入ってないかもしれないわ」
と囁いた。
「聞こえてるよ?」
言いながら、小節先輩の顔が真面目になる。
奈子がその光景に苦笑する。
クールな顔をしているくせに、菖蒲先輩は意外とヒトを揶揄うような事を言うのだ。
「あなたも、撮っておいてくれる?」
「え?」
菖蒲先輩にそう言われ、心臓が跳ね上がった。
「私も、ですか?」
「ええ。時間的にまたスタジオを予約する事は出来ないし、保険として、ね」
いつもの淡々とした言葉がうまく飲み込めなくて、少しぼんやりしてしまった。
震える手で、スマホを取り出す。
「え、自分のスマホでいいんですか」
「ええ。機材をレンタルするよりは、身内の私物の方が安全な事もあるの」
「そ、そういうもの……ですか」
ドキドキする。
スマホのカメラを立ち上げて、画面を覗いた。
画面の中に、剣様が映る。
動いて……る。
心臓が、バクバクする。
写真でも、動画でもない剣様だ。
画面の中の剣様は動いていた。
私は入学してすぐにファンクラブに入り、それからずっと、剣様をファンの目で見ていた。
自分で写真に収めようと思った事はない。動画をこっそり撮ろうとした事もない。
ずっとファンとしての視線で、ルールを守りながらやってきた。
だから、自分のカメラの画面越しに、剣様がいるのが不思議でならない。
こんな日が来るなんて、想像する事も出来なかった。
悪い事をしているみたいだ。
この、シャッターボタンを押せば、簡単に保存できてしまうんだ。
どうしよう。
おかしな汗が出る。
これは、盗撮じゃない。
盗撮じゃない。
じっと見つめる画面の向こうの剣様が、ふと、こちらを向いた。
「…………っ」
小節先輩のカメラを見ていたあの視線が。
それまで、ずっと斜め向こうを向いていた顔が、こちらを向く。
そう。
盗撮じゃないから、こちらを向く事も、あるんだ……。
ふわりと、風がそよぐような笑顔。
「…………あっ」
その時、確かに私の心臓はぎゅっと掴まれたのだ。
それは、無意識だった。
無意識に、シャッターを押していた。
たった一枚きり。
けれど、その完璧な写真は、私のスマホへ間違いなく保存されたのだ。
綺麗。
なんて綺麗。
そこで心臓を掴まれてしまった私は、それ以上動く事が出来なくなった。
自分が何処にいるのかも、何をすべきなのかも、ちゃんと息をしているのかも忘れて。
現実を手放した私に、話しかけてきたのは剣様だった。
「大丈夫?」
かけられた声に反応すると、剣様は目の前に立っていた。
手を伸ばせば、届きそうな場所に。
「あ、だ、大丈夫です!ぼーっとしちゃって」
ぼーっとするほど綺麗だったというのは、言わないようにした。
上から見下ろされ、かぁっと顔が熱くなる。
「あの……?」
見上げると、剣様はその勝気な顔で、にっこりと笑ったのだった。
◇◇◇◇◇
大事な一枚。宝物ですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます