4 クラス決起会(2)

『剣様に迷惑をかけてはいけない』────

 それは、何よりも守るべきものだ。


 もちろん、学校での剣様に関する決め事でもあるし、ファンクラブの戒律としても何よりも重要なものでもある。

 これを破ると刺されかねない。それも複数人に。


 つまり、どれだけ愛していても、どれだけそのお姿を眼球に収めたくても、コソコソ教室を覗きに行ってはいけないし、家の傍をウロチョロしてはいけないし、探偵や興信所にお願いしてもいけないし、愛を叫ぶ為に声をかけてはいけないし、匿名の贈り物を贈ってはいけないのである。


 そんなわけで、こんな情報交換の場では、お互いの動向を探ることになる。


 万が一にも、偶然以外の方法で手に入れた情報があってはいけないのだ。


 それでも、何処から手に入れたのかわからないような情報を持ってくる者もあれば、情報を金で売る者もある。

 そしてそれを買う人間がいる。

 それがどれだけ怪しい情報だとしても、何も持っていない状態の自分よりは、微かでも何かを持っていたいのだ。

 無から有は生まれない。

 ゼロの自分は嫌なのだ。


「はい」

 そんな中で、声を上げたのは小泉だった。

「これは、伝え聞いた話なんだけど」

 そんな前置きに、一同がゴクリと唾を飲み込む。

 柏木が小泉にストップをかける為に手を上げた。

「ちょっと待ってくれ。それは何処からの情報なんだ?」

「それは言えない」


 言えないからといって、その情報の信憑性が減るわけではない。剣様のガチな知り合いが、情報を売ることだって、往々にしてある事だからだ。


「剣様は、春休み、お着物を購入されたらしいわ。赤よ。鮮やかな赤に花の絵」


「………………っ!」


 みんなが目を見張った。


 春日野町家は、色々な業界に手を出し、幾つかの会社を持っているとはいえ、基本的には由緒ある大地主様だ。

 大きな和風のお屋敷。

 その春日野町家の長女である剣様は、勿論公の場に顔を出す事もある。

 その場合、衣装がお着物だという噂があったのだ。

 ああ……!本当にそうなのですね……!


 想像する。

 剣様は美しい黒髪だから、赤い着物はさぞ映えるだろう。

 世界最高の画家がスッと線を引いたような唇の上に薄い紅が乗る。待って。それはえっち過ぎるのでは。

 やばい。

 想像だけで息が粗くなってきた。


「じゃあ、私の情報を」

 奈子が言う。

 みんなの視線が、こちらを向くのをじっと待つ。

 素晴らしいネタを提供してもらったのだから、こちらも提供しなくてはね。

「剣様は、春休みの間、お友達と水族館へ行ったんだ」


「………………っ!」


 全員が息を呑んだ。

 険悪な顔をするものもいる。

「クラスメイトの女の子達と」

 "女の子"という言葉で、険悪な顔の持ち主も、ほっと胸を撫で下ろす。

 剣様には婚約者が居るという噂はあるものの、確定事項はまだない。

 デートなんじゃないかと不安になる気持ちも解る。


「それは何処の情報なの!?」

 小泉が声を上げた。


 みんな、見逃しているのだ。

 剣様はSNSをやっていない。

 なので、何もチェックしていないファンクラブメンバーが大半だ。

 けれど、剣様の知り合いは、何人かSNSをやっている。写真を定期的に上げる者も居る。

 そこを巡回するのである。


 顔が写っているわけじゃなかった。

 写真に写る三つの手。

 その中の一つが、どう見ても剣様だったのだ。

 神が丹念に長さから計算し作り上げた指。

 夕陽が差してきたその一瞬の空を顔料にしたとしか思えない楕円形の爪。

 あんな手を持っているのは、剣様以外にこの世には存在しない。


 私は、思わせぶりに唇に人差し指を当てる。

 それは、情報源は内緒という意味を表していた。




◇◇◇◇◇




みんな必死なんですよ。

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