⑤
初美は高校へ向かった。初美は正門を通り過ぎ、体育館横のフェンスに向かう。
「よかった」体育館の横のフェンスの穴は、まだ塞がれていなかった。高校は遅刻に厳しくて正門が時間通りに閉められると親から連絡しないと入ることができないようになっている。そのため、正門がしまった後に遅刻した奴がそこからこっそり入っていた。
初美は体育館向かい、「さすがに閉まってるよね」とか言いながら、扉に手をかけた。
すると、かすかに「パチン」という音がしたような気がした。振り返っても誰もいない。
気のせいかって再び扉の方を向かうと、横にスライドさせてみる。すると扉は抵抗することもなく、ガラガラと開いた。
「・・・開いた!」
真っ暗で静かな体育館は少し不気味だ。
初美の歩く音だけが響く。
体育倉庫からバスケットボールを取り出すと、久しぶりについてみる。やっぱり鈍っている。でもなんとなく感覚は忘れてはいない。
しばらくその場で付いた後、昔のようにゴールに向かってドリブルして、シュートをする。
何度シュートしても、ゴールには入らず、リングにはじかれる。
「もっと脇をしめろ」俊介の声を思い出す。
「体に一本芯が通ってるイメージを持て」
自然と思い出される俊介の声に従う。
「左手はべたっとつけろ、お前手がちいせぇから」
「絶対リングから目を離すな」
「いけ!」
初美の手から放たれたボールが綺麗に弧を描いて、ゴールに吸い込まれていく。
シュパッというボールがゴールを過ぎる音がすると、バスケットボールがバンと床に落ちた。
「よしっ!」といって、初美は、その場に寝転んだ。
高校時代に何度もこの体育館で走ってボールを追いかけていた。
たくさんの思い出がある場所だ。
もちろん、バスケ部でやってきた練習の思い出もあるが、俊介と朝練していた日々は本当に良い思い出だ。あの頃の自分に言ってやりたい。
「・・・素直になっていればな」
初美の目からじんわりと涙が出てくる。
「30になったらもらってくれるって言ってたじゃない。孤独ならないって言ったじゃない」
初美がそう言っても、しん…と静かで初美の声が響くだけだ。
「嘘つき」
本当はわかってる。
俊介は死にたかったわけじゃない。
初美と同じように、一緒に生きたかったはずだ。
本当に辛いのは、俊介だ。
振り返ると、俊介はいつだって辛い時は傍にいてくれた。
どこにいても、どんな時でも駆けつけてくれた。
たくさんの愛情と優しさを初美かけてくれていた。
それを初美が正面から受け止めきれなかっただけだ。
どれだけ後悔してももう遅い。時は戻らない。
いつまでもこうしているわけにはいかない。
初美は帰ろうと起き上がってみると、正面の壇上がうっすら光って見える。
そちらの方へ向かってみると、小さな四角い箱が置いてある。
誰かの忘れものだろうか、初美はそっと手に持ってみる。
白くてベロア生地の箱だ。とても軽い。
ぱかっと箱を開けてみる。
本来指輪が入るであろうところに、針金で作られた指輪が入っている。
「これって・・・・」
あの時のことがよみがえる。
「約束?」
「お互い30歳でも一人だったら結婚しよう」
「え?親友じゃなくて」
「おぅ。俺と結婚したくないと思ったら、婚活頑張れるだろ」
「俊介、手を出して」
俊介が手に針金で作った輪っかを置く。
「なんだこれ?」
「指輪だよ、指輪。もし30過ぎて一人だったら、この指輪はめてもらうから」
初美がそういうと、「へいへい」と言いながら、俊介は財布に大事にしまっていた。
震える手で針金の指輪に触れる。
そっと左手の薬指にはめてみる。サイズはぴったりだ。
「・・・なによ、かっこつけて」
後ろに俊介がいるような気がする。
振り返りたいけど、振り返ったらいなくなってしまう気がした。
「俊介、いるんでしょ」溢れる涙を何度拭ってもこぼれてくる。
「俊介、愛してる」
パチンという音が聞こえたかと思うと、肩のところが温かくなる。
俊介の手が置かれている気がした。
そっと手を重ねてみる。
自分の肩に触れているだけのはずなのに、温かいものに包まれている気がした。
初美が初美の家のベッドで寝ている。
「これで夢だと思うであろう」
あの後、ウサギはパチンと指を鳴らし、初美を寝かせてベッドまで運んだ。
初美の薬指には針金の指輪がついている。
「今回はルール違反をしたから神に怒られることになるであろうな」
ウサギの耳がすっかり元気をなくしている。
「怒られるのに、なんで協力してくれたんだよ」
「なぜであろうか。自分でもわからぬが、そうしたいと思ったのだ。そうすることが正しいと我は感じたのだ」
「ウサギ、感情がわからないって言ってたけど、十分わかってんじゃん」
ウサギの赤い目が少し驚いて開かれる。
「ありがとうな、ウサギ」
「我はウサギではない。神に仕えし者だ」
「そういや、名前は?」
「我に名前などない」
「じゃあ・・」俊介は少し考えた後「天使の天ちゃんでいいんじゃね?」とニカっと笑った。
「そなた、我をバカにしているわけではあるまいな」
「してない、してない」
「まぁよい。それでは行くぞ」
強い光に包まれたと思うと、そこには誰もいなくなった。
たばこの匂いだけがかすかに残った。
少年が病院の屋上で座っている。
「我は神に仕えし者。そなたを迎えにきた」
ウサギが、少年に声をかけると、少年は目を丸くしている。
「ウサギさんがしゃべってる」
「我はウサギではない。我は神に仕えし者。名前は天だ」
晩餐歌 月丘翠 @mochikawa_22
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