就職しても俊介と初美の関係は変わらなかった。

時々飲みに行っては近況の報告や仕事の愚痴などを言っていた。

もっともよく使う居酒屋は、俊介の幼なじみが経営する『たこべえ』という居酒屋だ。

海鮮がメインで、地酒も美味しい。何より幼なじみが経営してることもあり、融通が効くのでよく利用していた。誕生日のサプライズもここでなら大抵のことはOKしてくれる。昨年はホラー好きな初美のために定休日にお店を貸し切って、お化け屋敷風に飾らせてもらってサプライズしたこともある。店員までノリノリでゾンビや貞子で料理を運んできた時には、俊介もあまりのリアルさにビビった。

そういうところが良くて、ほぼ例年たこべえで誕生日会を開いている。

今年も初美が色々計画していたに違いない。

昨年の誕生日の写真には、ゾンビの被り物をした俊介とびっくりした顔をしている初美が写っている。

「これは誰だ?顔が溶けておるぞ」とウサギは写真を不思議そうにみている。

「それは俺だよ、被り物してるだけ」

「そのままの方が良き男に見えるのに、わざわざこのようなものを被ったのか?人間はよくわからぬの」

そしてウサギは、咳払いをすると「で、2回目の願いとはなんだ?」と尋ねる。

俊介がウサギに耳打ちする。

「それはちょっとルール違反になるような気がするのだが」

「堅いこと言うなよ」

「それにあの女子(おなご)が店に来るとも限らんぞ」

「その内絶対行くから大丈夫だ。前まで月に2、3回は行ってたからな。とりあえず店に行くぞ」

俊介とウサギは、たこべえまで移動し、たこべえが入ったビルの屋上に腰かけた。

「あとは待つばかりだな」

「あぁ」

空を見上げると、一番星が出ている。たこべえに少しずつお客さんが入っていく。

「俺が生まれてから何日経ったかわかるか?」

「10941日だ」

「10941日か、日数にすると意外と短く感じるな。あと少しでこの世から消えるなんて、本当にあっという間の人生だったな」

「我は永遠の存在であるから人間の時間の感覚はわからぬが、我からすれば人間の人生はいくつで死のうとも短いと感じる」

「死なないんだもんな」

「その通りだ」

「たった10941日なんだけど、振り返ったら楽しいこと結構やってんだよね」

俊介は、下を向いた。

「・・・死にたくねぇなぁ」

「すでにそなたは」と言おうとしてウサギは口をつぐんだ。

俊介の悲しみが少し理解できる気がした。

「出会ったのが、15の時だから、10941日の半分、5470日は初美と過ごしたんだよな。ウサギからすれば、たったの5470日だろうけど」

「そうだな、その日数を我は長く感じない。でも大事なことは、どう過ごしてきたかではないのか。我は何十回、何百回、何千回、何万回とこんな夜を過ごしてきた。死にゆく人を迎えに行き、神の元へ向かう。この仕事に誇りをもってはいるが、振り返っても何も残ってはいない。永遠に生きているだけで、そこにあるのはただの数字だ。何百万回と過ごしたという、ただの数字だ。だが、そなたは違う」

ウサギがパチンと指を鳴らすと、初美との思い出が映画のように夜空に浮かぶ。

出会った時の印象は最悪だった。

バスケを一緒に練習して、初美はシュートを決めた。

受験勉強を一緒にして、初めて挫折をした。

それでも努力して最高の結果を出すことができた。

旅行して、ドライブして、飲みに行って・・・。

どの場面でも初美の笑顔がある。

「意味のある10941日で、輝かしい5470日であるぞ」

俊介が初美の笑顔に手を伸ばすが、空をつかむだけだ。

「・・・これから初美は俺のいない日にちを重ねていくんだよな」

「あの女子(おなご)がそなたのいないところで、何百回、何千回と日々を重ねても、そなたと過ごした日々を忘れることも、思い出の輝きが消えることはあるまい。過去を変えることはできぬのだから、そなたと過ごした日々はあの女子(おなご)の中で永遠だ」

「・・・ウサギのくせに熱いな」

「・・・私らしくないな」

ウサギは照れたように背を向けた。

「ウサギ、ありがとな」

「早く神のところへ連れていくため、仕事のためである」

そう言ってパチンとウサギが指を鳴らすと、思い出たちがスっと夜空に消えた。


それからどれくらいの時が経っただろう。

幽体だから時間感覚も人間の時とは少し違う。

気づいたら朝になり、夜になりを繰り返していると、とうとうたこべえに初美がやってきた。

「今日は店の定休日ではないのか」

「あぁ。俺の誕生日だからな」

たこべえの中にすっと入ると、初美がカウンターに座って、メニューを見て注文している。

「初美ちゃん、大丈夫・・なわけないよな」

「うん・・大丈夫じゃない」

「今日はさ、あいつの思い出をたくさん語ってさ、泣いて、笑って、飲み明かそう」

そういって同級生の池田は、初美にビールを注ぎ、その隣にもコップを置いてビールを注いだ。そして自分のコップにも注ぐと誰もいない席のコップに乾杯した。

初美も泣きながら、グラスを軽くぶつける。

そこから池田と初美は泣いたり、笑ったりしながら、俊介の話をしていた。

「ここにいるのにな」俊介が小さくつぶやくと、ウサギは「仕方のないことだ」と言って、俊介の肩にちょこんと座った。

そして0時になり、俊介の30回目の誕生日になった。

「約束したんだよ、30歳になっても一人だったら結婚するって。なのに、約束破って、一人で遠いとこいちゃってさ・・」

「あいつそんなこと言ってたんだ。本当に素直じゃないよな。まぁ初美ちゃんもだけど」

「素直だよ、私は」

「俊介のこと好きだったろ?」

初美は少し目を大きくして黙った。

「私と俊介は友達だよ」と小さくつぶやくと、空にならないコップを見つめた。

「初美ちゃん、今会えなくて苦しいだろ?あいつのいない人生過ごすなんて考えられないって思ってるだろ?」

池田が優しく諭すように話す。

「その感情が、愛なんじゃないかな。初美ちゃんも俊介もいつもお互いを思って、いつもお互いのために真剣になれるじゃない。それって愛以外の何物でもないって、俺は思うよ」

「私、俊介のこと愛してたのかな・・・」

初美の瞳からまた涙があふれだす。

「そうだね、めちゃくちゃ愛してたと思うよ」

俊介が初美の肩のあたりにそっと手をかざす。

「それに、あいつも愛してたと思う」

「そんなわけ・・」

「あいつさ、俺の夢枕に立ってさ、初美ちゃんが来たら好きなだけ飲ませてやってくれって。

、一人で抱え込みやすいから吐き出させてやってくれって言ってた。それで今日店来たら、封筒が落ちてて、そこに現金が入ってた。誰かの落とし物かなって思ったんだけど、匂ったんだよ、あいつのたばこの匂いが」

池田がレジから封筒を取り出して、初美に差し出す。

初美がそっと封筒に鼻を近づける。

懐かしいたばこの匂いが初美の中を通り抜けた。

「俊介の匂いだ・・・健康に悪いからたばこやめなよって言ったのに・・・死んでも吸ってるなんて・・バカ・・・」

初美は封筒を抱きしたまま、声が枯れるほど声を上げて涙を流した。


初美は、「行きたいところがあるから」と池田の店を出た。

時刻は4時で、まだ外は暗い。

初美の後ろを俊介とウサギが歩いている。

「なぁ、ウサギ。マジで人間って厄介だな」

「なんだ、突然」

「こんなに傍にいて、一緒に過ごして、死んでもう伝えられなくなって、自分の気持ちに気づくなんてよ」

「そなたはここにいるではないか」

ウサギが立ち止まると、まっすぐに俊介をみる。

「そなたはまだここにいる。まだできることがある」

「ウサギ・・・お前、くさい」

「我が匂うというのか?」ウサギは大まじめに自分の匂いを嗅いでいる。

「ウサギ」

「なんだ?」

「最後の願い言ってもいいか」

「・・あぁ。ただし、それが叶えば神の元へいくことになるぞ」

「わかってる」

「では最後の願いを聞こう」

ウサギに最後の耳打ちをした。

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