「こんなことでいいのか?」

ウサギは不思議そうにMDディスクを見ている。

「これは音楽を記録する媒体であろう?しかもかなり古い」

「あぁ高3の時のだから、12、3年前だな」

「これをここに置いておくだけでいいのだな」

ウサギは不思議そうにしながらも、机に突っ伏して寝ている初美の顔の横にMDを置いた。

「実はさ、事故に遭う前に初美と喧嘩したんだよ。喧嘩の原因は思い出せないくらい些細なことでさ」

俊介は、眠っている初美に視線を向ける。

「すぐ俺が悪いなって思ったんだけど、まぁ今度謝ればいいかって思ってさ。こんなことになるなんて思いもしなかったんだよ。明日は当たり前にくるって思ってたんだよな、来ない可能性なんて考えもしなかった。俺もきついけど、きっとこいつはもっときついよな」

「それとMDにどんな関係があるんだ?」

「同じようなことがあったんだよ、高3の時に。初美と喧嘩して、明らかに俺が悪いのに謝れなくて、それでMD送ったんだ」

「ますます意味がわからんぞ」

ウサギが不思議そうに首をかしげている。言葉は慇懃なのに仕草は可愛らしい。

「引退試合の後からほんとに初美は俺に勉強を教えてくれたんだ。勉強なんて一つもしてこなかった俺に根気強く付き合ってくれた。最初は図書館でやってたけど、あまりにも俺が出来なくて、質問が多いから図書館じゃ無理でさ、学校とかカフェとか俺の家とか色んな場所で勉強してた」


「なんでこうなるの?さっきこの公式使ってっていったでしょう?」

「だから、これだろ?」

「違う、違う、ここ見て」

そんなやり取りをずっと続けながら勉強してきた。初美は、勉強を教えるのが上手く、少しずつ俊介の成績は上向いてきた。

今日は近くのカフェで勉強をしていた。もちろん、俊介のおごりだ。

「で、俊介はどこの大学に行きたいの?目標がはっきりすれば勉強もしやすくなると思うんだけど」

「特にねぇなぁ。大学生にさえなれればって感じで」

「そんなんだから勉強が進まないのよ。ちゃんと目標決めた方がいいよ」

「じゃあ、お前の目標は?」」

「公立大。通える範囲の国公立大が第一志望だから。うちは母子家庭だし、私大に行く余裕なんてないから」

「ふーん、じゃあ俺もそこにするわ」

「は?ちゃんと大学調べなよ」初美の頬が少し赤くなる。

「同じ目標の方が教えやすいだろ?」

「まぁ、それはそうだけど・・・」

「さ、やるぞー!」

そこから本格的に受験勉強に取り組んだ。部活に注いできた集中力を勉強に生かすと、周りが驚くほどに成績は上がってきた。

担任からも公立大に行ける可能性もでてきたと言われるまでになっていた。もちろん、初美は模試で余裕の判定が出ている。

冬になり、センター試験までも2週間を切った。

過去問の手応え的には、可能性はあると俊介も感じていた。

「俊介、英語80点超えるようになったね!」

「余裕」

「調子乗って努力怠らないでよね。あと2週間で予想問題もちゃんと解いてね。でも睡眠はしっかり摂らないとだめだから。体調崩したら困るし、鼻が詰まったりしたら集中できなくなっちゃうから」

「おかんかよ」

「ありがたく思いなさいよ、アドバイスしてるんだから」そういうと、初美は鞄から小さな紙袋を取り出した。

「ん」とだけ言って差し出してくる。紙袋をあけると、青い手袋が入っている。

「別に試験当日は手を冷やしちゃダメだから、あげるだけだから。手がかじかんだらうまく書けないでしょ。せっかくここまで教えてあげたのにそんなことで失敗されたら嫌だから、それだけ」

手袋をつけるとだんだんと指先まで温かくなってくる。

「ありがとな」

「別に。私が教えたのに失敗なんて困るもの」

「初美先生に恥かかせないように頑張るわ」

「じゃあこっちだから」と俊介と色違いの赤の手袋で手を振って帰って行く。

「・・・変な奴」

そしてセンター試験の日になり、青い手袋をつけて会場に向かった。初美も赤い手袋をつけているに違いない。

開始までの時計がカチカチと鳴り響く。

「それでは解答を始めてください」

試験監督の声で一斉に戦いがスタートした。


翌日、俊介は解答を見て愕然としていた。

得意科目である数学が大幅に難化し、合計点は目標点に達しなかった。

初美にどんな顔をして会えばいいのかわからない。

俊介は黙って家を出ると、夜中まで街へ出かけた。

家に帰ると当然親に怒られると思ったが、親は何も言わず「風呂に入れ」というだけだった。

部屋に戻って携帯を開くと、初美からメールが来ている。

メールの内容は、一緒に2次試験で挽回しようというような内容だった。今更初美に見せる顔がない。翌日も学校に行く気にならず、布団にくるまっていると、インターホンが鳴った。

「俊介、お友達が来てるわよ」と母に言われ、渋々階段を下りて、玄関を開けると初美が立っていた。

「俊介、学校行こ?」

「・・・いっても意味ねぇよ」俊介が不愛想に言って、扉を閉めようとすると「待って!」と扉を引き留めた。

「センターの点がどれくらいか知らないけど、2次試験の配点の方が高いし、挽回できる可能性はあるよ」

「・・・っせぇ」

「え?」

「うっせぇ!お前みたいな勉強できる奴にはわかんねぇよ、今からやって間に合うわけないだろ」

そう言って背を向けると、「やってもないのにそんなこと言うな!」初美の声が震えている。

振り返ると、初美は走っていなくなっていた。

しばらく経って目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっている。

「俊介、起きなさい」母親の声がするが、無視すると布団を無理やりはがされる。

「いい加減に起きなさい」そう言われても俊介が背を向けて寝ていると、思いっきり後ろの襟をつかまれる。

「あんたが大学行こうが、あきらめようがどっちでもいいけど、大事な友達を泣かせたままにするなんて情けない男にはなるんじゃないよ!」

無理やり起こした俊介にノートを渡す。

「ほら、これ見な」

ノートを開くと初美の丸い小さな字がたくさん並んでいる。2次試験に向けてのアドバイスや俊介の苦手な範囲をまとめてあるようだ。

「さっき持ってきてくれたんだよ。あんたを呼ぼうかって言ったけど、傷つけちゃったからって半泣きで帰ってたよ」

今朝の初美の辛そうな顔が蘇る。

「挽回できるチャンスがあるのに、失敗するのが怖いからって逃げるなよ、俊介」

そう言って母親がばたんと扉を閉める。

このノートを書くのにかなりの時間がかかっているのは書かれている量を見るだけでわかる。

きっとずっと前から準備してたのだ、俊介と一緒に受けられると信じて。自分の勉強時間を削って教えてくれただけじゃなく、ノートまで作って応援してくれてた。

「…俺何やってんだ」

俊介はノートを片手に机に向かった。

翌日からは学校に向かった。

初美にお礼を言いたかったが、チャンスが掴めない。LINEを開いては閉じるを繰り返してしまう。

そうこうしている内に時は流れ、腹をくくって公立大へ出願した。

なんとか勉強しているものの、もやもやして集中できているとは言えない。何度も初美の泣きそうな顔がよみがえる。

ため息をつきつつ、引き出しを開けると、真新しいMDが出てきた。


「そのMDがこれか?」

「あぁ。これで元に戻れた」

「このMDに何か仕掛けでもあるというのか?」

「仕掛けってほどでもない」

MDには「Mr.children」と書いてあり、表に録音した曲のタイトルが書いてある。

Gift

Over

Mylife

Everything(it’syou)

Not found


Tomorrow never knows

HANabi

渇いたKiss

YOUthful days


「これに何かあると思えぬが」

「大文字だけ見たらわかるよ」

「G…OM…EN、THAN…K・・YOU!なるほどな」

「今見たら死ぬほど恥ずかしいな・・・」

若さというのは恐ろしいものだ。その時はこれがベストだと思って、その日の夜中に封筒に入れて初美の家のポストに入れた。

受け取った初美からは「回りくどすぎ」「こんなことしてる時間あったら勉強して」と言われた。それに反して、「いや、我はなかなか気に入ったぞ」とウサギは嬉しそうに何度も「なるほどな」と言いながら、タイトルを読み上げている。


そうしていると、初美が目覚めた。

顔をこすりながら、手にMDが触れる。

「これ・・なんでここに?」不思議そうにMDを見ている。

「俊介?俊介いるの?」

初美の前に俊介はいるのに、その瞳には映らない。

「・・いるわけないのに、何言ってんだ、私」

初美は机の引き出しを開けて、MDをしまおうとする。

「・・・GOMEN、THANKYOU・・」初美の目から涙がこぼれる。

「俊介・・・会いたいよ・・・」

その場にしゃがみこむと、泣き始めた。


初美の涙にいたたまれずに、俊介は部屋をそっと抜け出した。

「・・・だめだな、またアイツ泣かしたわ。謝りたかっただけなんだけどな」

俊介が弱々しく笑うと、ウサギは不思議そうに首をかしげている。

「本当は忘れさせてやった方がいいんだよな・・・どうせ泣かしちまうし」

「忘れたら悲しみは減るのか?」ウサギは俊介の肩に座る。

「それならば、そなたの記憶をあの女子(おなご)から消すことも可能だぞ。あと2回願いを叶えることができるのだからな」

(初美から俺の思い出がすべて消える―)

「それは・・それは嫌だ。自分勝手だよな、あいつを泣かすことしかできないくせに。それでも、それでもあいつの中から俺が消えるのは、嫌だ」

「人間はそもそも自分勝手な生き物だ。気にするな」

「励ましてるつもりなのか」

「事実を言っただけだ」

ウサギは、こっちの嫌味も理解できないらしい。

「忘れさせぬのなら、どうやってあの女子(おなご)を笑顔にするのだ?」

「どうするかな・・・」

少し考えても、いい案は簡単には思いつかず、一度俊介の家に戻ってみることにした。

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