晩餐歌
月丘翠
①
「我は神に仕えし者。そなたを迎えにきた」
白い小さな手のひらサイズのウサギが、目の前で見た目にそぐわない口調で俊介に話しかけてきている。
「・・・はぁ?」
ウサギは咳ばらいをすると、「我は神に仕えし者。そなたを・・・」ともう1度同じことを言い始めた。
「いや、聞こえてるから。そうじゃなくて、なんでウサギが言葉を話してんだよ」
「我はウサギではない。先ほど説明したが、我は神に仕えし者である」
どう考えても小さなウサギにしか見えないが、言葉を話す時点で普通のウサギではないのは確かだ。
「そなたが困惑するもの無理はない。そなたはつい先日死んだばかりなのだからな」
俊介から出た言葉は、「・・・やっぱりか」だった。
俊介の最後の記憶は、道路に飛び出した子供をトラックに轢かれないように突き飛ばして、右を見たらトラックが迫っていたってとこで終わっている。
そこから目覚めたら病院の屋上のベンチに座っていた。
最初はなんでこんなところにいるのかと不思議だったが、だんだん記憶を取り戻すと、まぁそういうことなのかもなと予想はしていたのだ。
「確認なのだが、そなたの名前は、安原俊介で齢は29歳だな。男性で、独身。これで間違いはなかろうな?」
ウサギはどこから出してきたのか、手帳のようなものを取り出して、確認しながら読み上げている。
「あぁ」
「そなたは四宮琢弥、6歳を助けた功績に対し、今回・・・」
「その琢弥って子は助かったのか?」
「その子供については、かすり傷のみと記載がある」
「はぁーよかった。その子を助けられてなかったら、マジで死に損だしな」
ウサギは咳ばらいをすると、「その、子供を助けた功績に対し・・・」と再び説明しようとするのを、「俺、天国にいくのか?」と気になって話の腰をおると、ぎろっとウサギが睨みつけてくる。
「そなたは無礼であるな。人の話は最後まで聞くべきであろう」
「ごめん、つい気になって」
ウサギは再び咳払いをして声を整える。
「・・・そなたをこのまま神の元へ導いてもいいのだが、子供を助けた功績に対し、3つの願いを叶える権利をそなたに送ることになった」
「3つの願い?」
「そうだ。そなたの願いを3つ叶える。これはそなたの功績に対しての神からのご慈悲である」
「なんでも叶えてくれるのか?」
「うむ。そのために来たのだからな」
「すげぇじゃん」
「ただし、ルールがある」
ウサギが手帳をぺらぺらとめくり、読み始める。
「一つ、言葉を使用してはならない。例えば、手紙を親しい人に出すなどはできない。二つ、金銭や幸運などを与えることはできない。例えば近しい人の宝くじをあてるなどはできない。三つ、人や物に自身は触れることができない。例えばもう一度誰かを抱きしめたりすることなどはできない。おおまかにいえばこの3つの規則を守らねばならない。あとはその都度できないことは伝える。当たり前だが、よみがえりたいという願いは叶えることはできぬ」
ウサギがかわいい手をぬっと突き出した。
「そして、3つの願いは四十九日の間に行わなければならない。四十九日までに神の元へ行かねばならぬからな」
「ふーん」俊介は少し考えると、「行きたいところあるんだよね」とある場所へ向かった。
「便利だな」
俊介は所謂幽体であるので、物に触れたりできないが、空を飛んだり、壁をすり抜けることができる。
今も空を飛びながら目的地に向かっている。
ウサギは小さな羽が背中に生えていて、パタパタと羽を動かして飛んでいる。
「どこに向かっているのだ?」
「俺の・・・俺のなんだろうな、あいつは腐れ縁だな」
「縁が腐るとはなんだ?縁は目に見えぬ、形のないものであるぞ。人間は不思議な言葉を使うものだな」
ウサギには表情がないので、冗談なのか本気なのかわからない。
「確かによく考えたら変な言葉だよな」
そう言っているうちに目的地についた。アパートの一室の前に降り立つ。
思わず、インターホンを押そうとするが、手がすり抜ける。
「何をしてるんだ、入るぞ」
ウサギはすぅっと部屋に入っていった。深呼吸をして、俊介もそれに続いた。
部屋に入ると、昼間なのにカーテンが閉め切られていて、少し薄暗い。
玄関横のキッチンには使用済みの食器がそのまま流しに置いてある。
その奥の洋室には誰もいないようだ。
右側の扉を開けると、机につっぷして喪服姿の初美が寝ている。
机には写真が複数枚あり、俊介と初美が一緒に写っている。その上には涙の跡がいくつもある。
「初美・・・」
「安田初美、齢29歳。独身、女性だな」
ウサギが手帳をぺらぺらめくっている。
俊介が初美の体に触れようとするが、すり抜けてしまう。
「無駄だぞ、人にも物にも触れられぬ」
俊介は手をぎゅっと握りしめる。ウサギは1枚の写真を指差した。
「これは、どういう状況だ?」
バスケの試合後に撮った写真だ。初美と俊介が真ん中に写っていて、初美は泣きながら笑っている。
「悲しいのか、楽しいのか、これはどっちなんだ」
ウサギは不思議そうに写真を見つめている。
「これはバスケの引退試合の後に撮った写真だ」
初美と出会ったのは、高校の時だ。
俊介が男子バスケ部、初美は女子バスケ部だった。二人が通う高校ではバレー部もバトミントン部もあったこともあり、体育館での練習は場所の取り合いになっていた。特に男子バスケ部と女子バスケ部は昔から仲が悪く、どちらが良い場所で練習するか取り合っていた。
1年の時はお互いバスケ部の人として認知はしていたが、特に話すこともなかった。そして2年生となり、夏の試合で先輩たちが引退し、それぞれ新しい部長となったのが、俊介と初美だった。
そこからは日々いがみ合うことになった。
「ちょっと!何でこっちのコート使ってるのよ。今日は女バスがこっちのコートの日でしょうが」
「いや、俺たちがこっちを使うって顧問にも話して許可もらってんだ」
「はぁ!?」
「なんだよ!」
そんな小競り合いが毎日行われ、仲良くなるどころか会話すらまともにしたことがなかった。
転機が訪れたのは、3年生の時だ。まさかの同じクラスになったのだ。
お互い「なんでここにいるんだ!」と初日からもめつつも、名字の最初が同じ「や」ということで隣の席になった。
初美の隣の席になって気づいたことがあった。
腕にはたくさんテープが巻かれていて、腕を痛めるほどバスケの練習をかなり頑張っていることがわかった。よく考えれば、初美は小柄でバスケでは不利な体型だ。運動神経はよく、ジャンプ力はあるようだが、他の部員は背が高いし、女子部員はそれなり人数もいる。これで試合に出ようとおもったら相当努力が必要だろう。
俊介が場所取りのために早めに体育館に行っても、必ず初美の方が先にいる。俊介はただ場所取りのために早めに行っていただけだが、初美は練習を誰よりも早くからやっていたのだ。
それに初美は部活だけじゃなく、勉強も真面目に取り組んでいた。授業中によだれをたらす俊介とは違う。
翌月には席替えが行われ、初美とは席が離れたが、俊介はなんとなく初美が気になっていた。春が終わり、少しずつ暑くなってきて引退試合が近づいてきた。
俊介は気になることがあり、苦手な早起きをして、体育館に向かった。
やはり初美は先に来ていて、必死にシュートの練習をしている。
「手首の角度が変だぞ」思わず、声をかけてしまった。
「何よ、うるさいな」初美は構わずにシュートするが、ゴールには入らない。
「お前、手首痛めてるんだろ」
「うるさいわね」ボールを拾って、シュートしようとする初美の腕を俊介は掴むと、「やっぱりな。無理したら、最後の試合に出れなくなるぞ」と言って座らせ、湿布を張ってテーピングをしていく。
「・・・優しいところもあるんだ」
「・・・うるせぇ。で、お前何時から体育館来てるんだよ」
「なんで?」
「前から思ってたけど、お前のフォームは癖があるだろ?短い時間なら問題ないだろうけど、長時間になると手首を痛めることになるから直した方がいい」
「大会までそんな時間ないのに今から矯正なんて間に合わないだろうし、それにそれと朝の時間に何の関係があるのよ」
「俺が教えてやるって言ってんだよ。そのフォームじゃ1試合か2試合くらいしか持たないだろ?すぐ負ける気ならいいけどな」
「でも間に合うかどうか・・・」
「俺が教えるんだから大丈夫に決まってんだろ。で、何時だよ?」
「6時だけど」
「明日から教えるから今日はあまりボール触るなよ」
「・・・わかった」
翌朝から毎朝特訓が始まった。
元々努力家の初美は、俊介が教えるとどんどん上手くなっていった。ただ中学から合わせて5年は同じフォームでやってきたことあり、シュートが決まる確率がなかなか上がらない。
少しずつ腕は上がっていき、あっという間に一緒に練習を始めて一ヶ月経った。そしていよいよ明日は大会の日だ。
時計を見ると、7時を指している。そろそろ他の部員が来る頃だ。
「じゃあ、俺一旦コンビニでも行ってくるわ」
俊介が体育館を出ようとすると「ねぇ」と初美が呼び止めた。
「ありがとうね」
「おぅ。明日、絶対シュート決めてこいよ」
「あんたもね」
翌日の大会は女子の方が早く、俊介は練習を抜け出して、見に行った。
残り時間はあとわずかになってきている。初美の方がどうやら負けているようだ。
ラスト3分で初美にパスが回る。
小さな体で敵の隙間を縫っていく。
ラスト30秒。
敵の間を切り抜けて、初美が3ポイントシュートのフォームに入る。
これが入れば逆転だ。
初美からボールが放たれる。
ボールは綺麗な弧を描いて、ゴールへ向かう。
ボールの動きがゆっくりに見え、すべての音が止まったように感じる。
「入れ!」俊介が思わず立ち上がる。
ボールは吸い込まれるようにゴールに入った。
その瞬間に時が進み始め、大きな歓声がとどろく。
初美が嬉しそうに仲間の元へ走っていく。そして喜びを分かち合っていたかと思うと、くるっと振り返って、俊介の方へピースサインを出した。
「ほぅ。その試合は勝ったのだな。ではなぜこのような写真になったのだ?」
ウサギは不思議そうにこちらを見ている。
「確かに初美のチームは、初戦は勝ったけど、元々は弱小チーム。2回戦で敗退したよ。俺のチームも決勝で負けて県大会には行けずに、その日で全員引退した。この写真はその翌日にやった男女対抗の引退試合の後だよ」
バスケ部の伝統として、引退試合後に毎年男女で対抗試合が行われてきた。
ただ男子と女子では体格差があるため、男子は2名減らした状態で行われる。
そしてその年も例年通り引退試合が行われた。
「お前にシュート教えるんじゃなかった」
俊介が悔しそうに言うと、「ご愁傷様」と初美がにやにや笑っている。
引退試合でも初美がシュートを決めまくり、結果男子バスケ部が5年ぶりに敗退となった。
バスケの試合が終わって、片付けをしていると、初美の手が止まる。
「これで終わりなんだね」初美は体育館を見て、スゥっと涙を流した。
「あれ、なんだろ?なんか涙が・・」
「・・・バカだな」
俊介がそういってタオルを投げると、「あー!初美をいじめたわね」そう言って女子部員達が集まってくる。
「おいおい、誤解だ」
そこに顧問がやってきて、「写真撮るぞ」と号令をかけて写真を撮った。
片づけが終わり、打ち上げにファミレスへ向かうことになった。
「初美、体育館のカギ返してきてよ」
「俊介、お前は体育倉庫のカギな」
そう言って、部員たちが2人に最後の仕事を押し付けると、さっさとファミレスへ向かう。
「あいつら、わざと二人にしやがったな・・・」
「まぁいいじゃん、鍵返しに行こうよ」
体育館のカギを返却して校舎を出ると、辺りは薄暗くなっている。
「夏ももう終わりだね」
「そうだな」
ヒグラシの鳴き声がカナカナカナと聞こえている。
「これから受験勉強しなきゃね」
「やなこというなよ」
「あのさ、お礼したいんだけど」
「朝練のか?別にいいよ」
「私が貸しを作るのが嫌なの。何かお礼させてよ」
「じゃあ・・勉強教えてくれよ。俺マジで勉強苦手だし」
「OK。じゃあ明日から放課後教えてあげるよ。遊べるのは今日で最後だと思ってね」
そういうと、にこっと笑って、少し俊介の前を歩く。
そしてくるっと振り返ると「ありがとうね」照れくさそうに小さな声で呟いた。
「そういうことがあって、そなたとこの女は仲良くなったのだな」
「きっかけはそうだな。まぁこの後に色々あるんだけどな」
俊介はそう言って思いついたように、「ウサギ、早速3つの願いの1つを使っていいか?」
そういうとウサギに耳打ちをした。
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