第3話 肩凝っちゃったの

 ぽかぽか日和の昼休み。

 窓際の一番後ろ。俺の席は天国だ。

 お腹もいっぱいになったし、心置きなくシエスタといきますか―――


 のはずが、しかめっ面の悪魔が現れた。


「じゃんけんぽい」


 今日は前置きも無しにいきなりかよ。


 俺はチョキを出した。

 いや、もう、結果は推して知るべし。


「本日はどのような」

「肩が凝っちゃったの」


 俺のセリフに被せる勢いでひなこが言う。


「……ほう」

「バッキバキで動かし辛いの」

「ババアだな」

「違うから。昨日の夜、根詰めて油絵頑張ったからだもん」

「そうか、頑張ったんだな」

「ん。だから、もんで」

「ぶっふぉ」


 こいつ、何を言い出すんだ!?

 警戒心なさ過ぎだろ。

 

 俺は何とか別の指令に変更させようと試みる。


「いつも一緒にいる……誰だっけ」

遥香はるかちゃんだよ。相変わらず人の名前覚えないよね」

「そう、そいつにやってもらえばいいだろ」

「もうやってくれたの。でも指細いし優しいから、効かなかったの」

「……」

「まひろなら力あると思って。ね、一気にぐぐっとお願いします」


 俺、一応警告したからな。


「ここ、この辺りね」


 隣の椅子を引っ張り出して座ると、ひなこはさっさと俺に背を向ける。

 ポニーテールの髪を前へ避けて、ぽんぽんと痛いところを指さした。


 そっと指を添えてみれば、思ったより細くて壊れそうで怖くなる。


「早くぅ」


 ったく。こいつ、何にも考えてねぇな。


 俺のこの紳士な気遣いをありがたく思え。


 少ーしずつ、力を込めていく。


「おお、いい感じ。効くわぁー」

「ご主人様、力加減はこんなもんでいかがでしょうか」

「いい、いい。やっぱり力が違うね。そう、そこそこ」


 全く……完全にお婆さんのせりふだな。


「次はもう少し下、お願い」

「へいへい」


 少しずつ、指の位置を変えていく。


「ふう~、イタ気持ちいい〜」

「……」

「あっ……大丈夫。痛いけど続けて」

「……」


 相変わらず人遣いの荒い奴だ。


 最初の緊張がだんだん緩んでくる。

 指先も疲れてきたし。


「あっ……ンァ……」

「!?」


 えっ……

 なんか、ひなこらしからぬ声が聞こえたぞ。


 可愛らしくて、甘ったるくて。


 やべぇ!

 俺は無実だ。冤罪だっ。


 鬼の形相を想像しながら、ひなこを見下ろす。


 あれ?

 なんか、大人しいぞ。

 顔、赤いみたいな……


「……ん、もう、いい。ありがとう」


 さっきまでの勢いはどこへやら。

 すくっと立ち上がると、真っ赤な顔を隠すように下を向いたまま行ってしまった。


 

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