魔王とイロニム(Sideイロニム)





 魔王ははおやに脱走の計画がバレている。

 そう聞いても、とりあえずイロニムは仕事のため魔王城に出仕している。


 イロニムの仕事は、魔王の生み出した魔物を転移魔法陣を使って前線に送るだけの簡単な仕事である。

 莫大な魔力を必要とする転移魔法だが、魔法陣を使ってあらかじめ決められた座標に送るのであればかなり節約できる。受け入れ場所にも目印となる魔法陣があれば更に減る。


 節約量に限度もあるとはいえ、イロニムのMPであれば気もそぞろであろうとこなせる、本当に簡単な仕事だ。


「のうイロニムや」

「ん? な、なぁにママ?」


 イロニムが魔王城にて仕事をしていると、母親の魔王が声をかけてきた。


「最近、仕事に身が入っておらんようじゃな。恋人とは上手く行っておるのか?」

「え、あ、うん。う、上手く行ってるよ?」

「そうかそうか」


 ニコニコと笑う魔王。

 その顔は魔王と言うよりは母親であり、イロニムも思わずホッとしてしまう。


「ちなみにその者、ナミとコガネと言ったかの」

「あ、うん。……いつの間に名前を?」

「お主、普通に声に出しておったからの」

「あう……情報の出処は私だったかぁ」


 ぽりぽりと頬を掻くイロニム。


「ところでママ。ナミとコガネなんだけど」

「ああ。ムーンフォールの出身で元バニー。ナミミ・ムーンフォールじゃろ? で、お迎えが来ておる、と」

「……それも私が言ってた?」

「これはバニムーンの暗部、黒尻尾が白状したのじゃ。黒尻尾は口は固いが、剥いでしまえばただの小娘。さすれば、ちょっと脅せば素直になるんじゃよ」


 バニーであるうちはバニーだから口が堅い。しかし、バニーでなくなった途端に加護と呼ぶべき力は失われてしまう。

 そう。無力な、『ただの小娘』になるのだ。


「……えーっと、ナミに何かする気だったらママでも容赦しないよ?」

「したんはイロニムじゃろうに……敵将のバニーを剥いだのに妾に報告しないというのもアレじゃし」

「あ。ごめんすっかり忘れてた」

「全く仕方ないのぉ」


 はー。報連相は大事なんじゃよ? とぼやきつつも許す魔王。


「じゃがあの子、折角のイロニムの恋人じゃというのに帰ってしまう気なんじゃろ? もう一人も連れてく気満々じゃたし」

「そ、だね? うん」

「イロニム。お主も付いていきたいと思っておるのかえ?」

「…………」


 イロニムは回答に詰まる。それは、つまり、その時点で肯定しているに等しかった。


「やれやれ。我が娘ながら、あっさり篭絡されおって」

「ろ、篭絡って。ちがうし! 純愛だし!」

「肉欲に溺れとるだけじゃろ。ま、それでもヒバニンとなった身で、我が国にいる間であれば見逃そうと思っとったのじゃがなぁ」


 魔王は、バニーの根絶を宣言している。

 いずれは国内すべてのバニーも、それこそ娘のイロニムでさえもバニーを剥ぐ対象として見ているのだ。


 そして、それを一方的に可能とする程の圧倒的な力を魔王は持っている。

 魔物を生み出す力すらその一部、しかも黒いもやの処理の結果という、老廃物の後始末程度でしかないのだ。


「イロニム。バニムーンに寝返るというのであれば、妾は容赦せんぞ? 娘とはいえ、いや、娘だからこそ、裏切りを許すわけにはいかんのじゃ」

「……」

「しかし。妾は優しい魔王じゃから、解決策も示そう。なぁに簡単な話じゃよ。恋人と共にありたいなら、イロニムが二人をこの国に留めればよい」

「え?」


 そう。バニムーンに寝返るのであれば、許さない。

 しかしこの国にいるだけなら、許すも何もないただのヒバニンである。


 この国に居続けるのであれば、ナミミも大した影響のないヒバニンのまま。

 ニンジン屋だってコガネがそのままやればいい。


 確かに、問題は何もない。


「……でも、ナミはムーンフォールに帰るって」

「決めるのはイロニムじゃよ。妾とて、幸せな恋人達を引き裂くような真似はしとうないのじゃ。親として、娘には幸せであって欲しいしのぅ」

「ナミ、ヒモは嫌だって」

「……ヒモ。あ、うん。確かにそうじゃな。うん、うん。であれば妾が仕事を斡旋してやるぞえ? 無論、妾の庇護も与えよう。元敵のバニーであっても受け入れる程度の度量はあるのじゃと示せるしの」


 それが大怨たいえんある敵将の元バニーであるなら、むしろそこまでの相手であってもバニーでなくなれば庇護するのだと示せる。

 魔王に全く利のない話というわけでもないのだ。


「なに、あのムーンフォールの小娘が飼いならせるなら安いものじゃ。お友達も一緒で構わんよ、妾が守ってやろう。どうじゃ? 良い話じゃろ?」


 魔王であれば追手を差し向けられても簡単に退けられる。

 実際、既に黒尻尾のバニーをいとも簡単に追い払った実績がある。



 それはとても現実的で、とても魅力的な提案だった。



「……一旦持ち帰って相談していい?」

「勿論良いぞえ。ただし、この国を裏切る選択をした場合は――妾、容赦せんからの?」


 そして魔王は、魔王らしくニヤリと笑った。



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