俺が急いで店頭に戻ると、赤バニーガールがカウンター越しにナミの胸倉を掴んでいた。


「ち、ちがい、ますっ、私はっ」

「間違いない。アタシの腕を切り落としたあの顔とまったく同じ! 忘れるもんか!」


 でもこのバニーガール、ちゃんと両腕あるんだけど――ああ、魔法で生える世界だったね。


「お客様? ウチの従業員に手ぇ出さないで貰えますか?」

「あん!? ヒバオスは引っ込んでろ! コイツはムーンフォールの首狩り兎ヴォーパルバニー、ナミミ・ムーンフォールだッ! どうしてこんなところに居やがる!?」

「違います、わ、私は……ひ、ヒバニンですっ、ヒバニンの、ナミですっ」

「バニーを脱いだからってアタシの目は誤魔化せねぇっつってんだよ!!」


 激昂している赤バニーガール。

 しかし、指摘自体はまさにその通り大正解で、ナミミ様の正体がバレてしまっているようだ。マズイな。どうしたもんかこれ……


「お客様、完全に人違いです」

「アタシは戦場で、この目で、コイツの顔を間違いなく見たってんだよ!!」

「そもそもナミミ・ムーンフォールだったらなんでイロニム様の店で働いてるんですか?」

「そりゃあウチの、敵情視察とかそういうのだ!」

「そこじゃない。ナミの事は、イロニム様もご存じで、イロニム様がしっかり確認してるんですよ? あなた、イロニム様よりもナミミ・ムーンフォールに詳しいんですか?」

「うっ」


 ここでようやく赤バニーガールが言葉に詰まる。


「だ、だけどよ。この顔は間違いなくナミミの顔だよ!」

「まぁ元々俺達はムーンフォール出身ですからねぇ。あっちじゃ良くある顔なんで、似てると言われても『そうなんですね』としか言えないんですが」

「え、そうなのかい?」

「そうなんですよ。なっ、ナミ?」

「は、ぃ……げほっ」


 と、ここでようやく赤バニーがナミの胸倉から手を離す。


「……いや、でも、イロニム様をも騙してるのかもしれないだろ!?」

「はぁー。じゃあ、いったいどうしたら信じてくれるんです?」

「そうだねぇ……そうだ! ナミミ・ムーンフォールなら絶対に言わないだろう事を言ってもらうとか? 『ナミミ・ムーンフォールは、ヒバオスに股を開いて情けなくぴょんぴょん懇願するウサビッチです』とかどうよ」


 ……それは、だいぶ尊厳を傷つける悪口なのでは?


「ちょっと。うちのナミにそんな汚い言葉を――」

「ナミミ・ムーンフォールは、ヒバオスに股を開いて情けなくぴょんぴょん懇願するウサビッチです!!」


 ……!? ナミ!?


「おっ、やるじゃないか。他にもなんか言ってみろよ」

「え、と。な、ナミミ・ムーンフォールは、バカで、マヌケで、ヒバニンにトントンしてほしいくせに言い出せず、毎晩一人コシコシしてる意気地なし、ですっ!」

「ははっ! 言うねぇ!」

「私から言わせればっ、ナミミ・ムーンフォールはっ、実はサキッチョダケもしたことないムッツリ箱入りバニーで、ヒバニンからのぴょんぴょん強制願望がある万年コシコシ兎ですっ!」

「あはっ、あははっ!」

「この顔の、この私が言うんですから! 間違いありませんっ!」

「そりゃ、あはっ! そりゃ傑作だぁ、あははっ!」


 手を叩いて笑う赤バニー。

 俺が止める間もなく、ナミは、ナミミ様は、そう叫んでみせた。


「あー悪い悪い。こんな事いうヤツがナミミ・ムーンフォールなわけないよね。ホントごめん、心から謝罪するよ。詫びだ、とっといてくれ」


 そう言って、赤バニーは金貨を1枚カウンターに置いた。


「ありがとうございます! 本当の事を言っただけで金貨いただけて、嬉しいです!」

「うん、そっくりなだけで、全然似てなかったねぇ」


 そう言って、赤バニーは帰っていった。


「お次の方、どうぞー!」


 ……そう言って、ナミミ様は笑顔で列を捌いていった。

 ……俺は、それを見ているしかできなかった。




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