ナミミと満月の夜(ナミミ視点)




 ムーンフォール辺境伯次期領主、ナミミ・ムーンフォール。彼女は自分の身体に起きている初めての変調に困惑していた。


「……満月の夜は辛い、とはいえ……私は軽い方だと思ってたんですが」


 普段は。今までであれば、自分は満月の夜でも普通に過ごせる程度には軽い症状であった。赤い月の時でも少しコシコシすれば解消できる程度だったのだ。


 しかし。今は違った。


 通常の満月。それなのに、前に経験した赤い月よりもはるかにキツイ。身体の奥底からぶわりと魔力が溢れてくるのを押し留めきれない。

 なぜこんな事になっているのか。心当たりは、一つしかなかった。


「……コガネ、ですか。ん、んんっ……」


 この1ヶ月にて、他に思い当たるような変化はない。

 まさか1ヶ月でナミミの体が急激な変化を遂げた、というのであれば話は別だが――それも恐らくコガネが関わる話だろう。最近はもっぱらキントキを食べまくっていたし。

 コガネが1MPで1本出せるようになったので、殆ど食べ放題状態だったし。


「これは……コガネに一言言っておかないと、ですね……」


 へその上をマッサージするようにさすりながら、ナミミはふらふらと立ち上がる。確か、鍵は、ここにしまっておいたはず。と。

 半ば無意識に、地下牢の閉ざした扉を開ける鍵を手に、部屋を出た。



 火照る身体に当たる夜風の心地よさを感じていると、気が付けばナミミは地下牢の前に居た。


「……はて……? 私は、ここで何を……?」


 手には何故か・・・地下牢の扉を開ける鍵がある。鍵穴に鍵を差し込み、回してみると、あっさりと鍵は開いた。当然だ、鍵穴に正しい鍵を差し込んで回したのだから。

 ギィィ、と扉があき、地下牢への下り階段が現れるのを、夢現ゆめうつつにナミミはぼーっと眺めて一言ぽつりと呟いた。


「あ。そうか。これは夢ですね」


 なにせ、鍵は部屋の戸棚にしっかり仕舞ってあるはずだから。こんな地下牢に自分が来るはずがないし、地下牢の鍵が都合よく手元にあるはずがないのだから。


 ――熱に浮かされ、ナミミは正常な判断が出来なくなっていた。


「これは、夢の中とはいえ、コガネに一言言わねばいけません。ええ、現実ではそんな理不尽なことを言う主人にはならないよう努めていますが、夢の中ですから。少しくらい、ちょっとだけ、いい、ですよ……ね?」


 と、『夢である』を免罪符に、ナミミは地下牢の中へと足を運ぶ。

 ナミミが近づくと、自動的に壁の明かりが点いていく。やはり夢の中では、多少不便のないように現実とは違う法則が働いていそうだ。


「コガネー……? いますか? 寝てますか? 少し話したいことがあります、出てきてくださーい……?」


 コガネには牢屋の鍵を渡している。もし鍵をかけた牢の中で寝ているのであれば、少し手間だ。いや、夢の中なのだから、開けと思えば簡単に開くだろうか? それとも、夢だからこそ、開けられないと思っている鍵は開かないのだろうか。


 そうして一番奥。懲罰房のすぐ近くに、コガネのいる牢が。ここまでは、ナミミも準備を手伝ったので知っている。しかし、本来あってはならない存在が居た。



「……ははっ、解りましたよ。さてはまさか、私は、嫉妬していたというのですね?」


 そこに居たのは、魔王軍四天王、嘆きのイロニム。

 そして、イロニムはコガネの隣で椅子に座り、余裕の表情でナミミを見ていた。


「あらまぁ。すっかりぴょんぴょんしちゃってるね。ナミミ・ムーンフォール?」

「な、ナミミ様? どうしてここに? もう朝、というわけではないですよね?」


 少し戸惑った態度のコガネ。こんな場所に二人きりで、何をしていたというのか。


「コガネに、私の許可なくコシコシしたのは、どうしても許せなかったということですか。夢の中にまで現れるとは――殺す。消す。コガネを、私で上書きしてやるッ!!」


 ナミミは吼え、炎の槍を周囲に浮かべてハルバードを構える。

 普段のナミミではあり得ないその激情に、ナミミ自身も驚きを隠せない。


 だが、今は。どうせ『夢の中』なのだから、感情の暴れるままに身を任せるのも良い。

 ナミミはそう決めて、イロニムに襲い掛かった。



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