ドデカ白ニンジン


 ……そして、俺はこの世界で新たな生活を始めて5日。

 俺は執務室で書類仕事をするナミミ様の傍に控えていた。


「キントキください」

「どうぞ」


 スッと金時ニンジンをお渡しすると、ナミミ様は美味しそうにポリポリと齧る。

 この5日で、俺の金時ニンジンは執務のお供に欠かせないオヤツとなっていた。


「それで、何か新しいニンジンは出せるようになりましたか?」

「はいナミミ様。一応、種は出せるようになりました」


 そう。種まき予定の種を見せてもらったところ、ニンジンの種を出せるようになったのである。そして出せる種は1個でMP10使うので、普通に成長済みニンジン1本出した方が効率がいいというね……


 しかもキントキの種は出せていない。鑑定スキルで見てもらったところ、この世界で普通に育てられているニンジンの種だった。

 おそらくだが、『金時ニンジンの種』というイメージがないのが原因じゃないかと思っている。


「ふーむ。逆に、こちらの世界で育てている他の種類のニンジンが出せるようになるかを試してみましょうか?」

「他の種類のニンジン、ですか? こっちの世界にもそういうのが?」

「はい。ドデカ白ニンジンとよばれる大きなニンジンがあります。普通のニンジンとは違った食感で、好き嫌いは分かれますが私は好きなやつです」


 ナミミ様の好きなニンジンか。であれば、出せるようになって損はないだろう。


「というわけでコガネ。今日は畑に行ってドデカ白ニンジンを見てきてください。話は通してありますので」

「わかりました! じゃ、ちょっくら行ってきます!」


 俺は砦の中にあるという、ドデカ白ニンジン畑に向かった。


  * * *


 畑仕事をしていたのは、バニーではない男の人。普通のシャツとズボンを着て麦藁帽を被り鍬を持っている金髪のオジサマだった。

 この世界に来てから始めて男の人を見た気がする……! ここで働いているのも基本バニーさんだもの!


「男の人、この世界で初めて見ました……!」

「おや、そうかい? まぁ確かにここでは男は珍しいか」


 曰く、前線に近くていざという時に危ないから「バニーガールじゃない『か弱い人』」がここで働くのは最小限になっているらしい。コックさんとか。


 で、そうなると当然『男』なんて雇用条件から外れて減る。宿に泊まった町の方には多少いるらしいが、そこまでの遠出はここで生活し始めてからまだしていなかった。


「あ、俺はコガネって言います。お名前をお聞きしても?」

「僕はバルオウだ。よろしく頼むよ、コガネ君」


 バルオウさんと握手する。がっしりとしている畑仕事に慣れている手だった。


「それで、話は聞いてるよ。ドデカ白ニンジン、を見に来たんでいいのかな?」

「あ、はい」

「そこに埋まってるのがドデカ白ニンジンだ。どれ、食べごろのヤツを一本抜いてあげよう」


 そう言ってバルオウさんはドデカ白ニンジンを一本、土から引き抜いた。土を払うと、白くツヤのある表皮。大きく太い白い根菜だ。


「……大根だこれ!」

「うん? そいつがドデカ白ニンジンだよ」

「え、これがドデカ白ニンジン……ニンジン……ニンジンなんですか?」

「? ああ。見た目からしてニンジンだろ?」


 試しに二つに割ってみてもらうと、みずみずしい大根の香りがした。


「ちなみにこれ、どう食べるんです?」

「煮物にしたりするかな。干してもいいし、摩り下ろして薬味として食べても悪くない」

「大根じゃん……!」


 もしかして、と俺は『ニンジン召喚』で大根――ドデカ白ニンジンを召喚しようとしてみる。

 ……できた。できてしまった。試しに二つに割ってみると、やっぱりみずみずしい大根の香りがした。


「おお。できたのかい? それが話に聞いていた『ニンジン召喚』か」

「え、ええ。そうなんですが……」

「いやぁ、ドデカ白ニンジンは大きい分食いごたえがあるからね。きっと重宝されるよ」


 そう言って笑うバルオウさんに、俺は苦笑いで返した。

 言えない。これニンジンじゃなくて大根ですなんて。いや、あるいはこの世界においては本当に大根ではなくドデカ白ニンジンで、ニンジンなのかも……


 ……もしかして、判定が結構ガバいのかもしれない。


 だってここはバニーガールが支配しているなんとも頭の悪い世界。

 俺の『ニンジン召喚』も、「これ大体ニンジンだな」という曖昧さで召喚対象にできてしまっても可笑しくないのである……


 かくして、俺は新たな『ニンジン召喚』、ドデカ白ニンジンの召喚を習得した。




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