海岸
ふと気がつくと、海岸に横たわっていた。漣の音が繰り返され、そよ風の涼しい、気持ちの良い空間。雲ひとつない群青の空。とんびの声は聞こえない。起き上がると、眼下の白砂の反射光が眩しい。周囲を見渡しても海水浴客はおろか、サーファーとかそういう類の人も見当たらない。陸側を見ればひどく損傷した家屋しかなく、人は誰もいない、人類は滅んだのか...?一体何が...
ひび割れ道路の上の横たわった青の道路案内板によれば、ここは三浦海岸らしい。幸い携帯は生き残っていたが、電波は圏外だ。まあこの有り様じゃあパラボラもこと切れてるだろうし、そうでなくとも、設備を制御する作業員さんもいないだろうから当然か。時刻を確認すると、十四時を過ぎた頃を指していて日付は変わっていない。あの時意識を失ってから目が覚めるまでの間でこうなったのだろう。状況が全く理解できない。異世界に転生したとかそういう極めて月並みな類の事象の方がまだ飲み込めるが、この世界もさっきいた世界と同じなように感じられる。ふと、左どなりに柏原が僕と同様に横たわっていることに気がつく。外傷はなさそうだが、大丈夫かどうか不安になる。ともかく、彼女が目を覚ますまでは下手に動けないので、彼女のすぐそばに腰掛けて待つ。思いがけない彼女との再会に喜びを見出す一方、内奥に潜む繊維質の後ろめたさが喜びに水を差した。
柏原が意識を取り戻す。やはりあり得ない光景に混乱してるようだ。そりゃそうだ、彼女は旭川にいるはずなのだから。
「ここは?」
「三浦海岸だよ。怪我ない?」
「ん?もっちー?なんでここに?ていうか三浦!?私北海道にいたんだよ!?」
「僕もさっきまで友達と話していたのに急にこうなったんだ。というか久しぶり。かっしー。」
「うん。久しぶり。怪我はないから大丈夫だよ。」
「大丈夫そうでよかった!心配だったんだよ?」
「ありがとう。心配してくれて嬉しい。」
できることも見つからないので、とりあえずで二人渚を歩く。打ち上がっている物に有用なのがないか品定めするも、結局ゴミか瓦礫しかない。市街の方に行き、適当なアパレルショップを見つける。相変わらず廃墟で人もいないので侵入し、いくらか大きいカバンを回収。そこに今度はコンビニで見つけた包装が無事な飲食物を詰め込みんだ。
「ここにいてもしょうがないし、横浜方面に向かおうよ。人がいるかも。」
「それなら、金沢に行かない?私の実家あるし、土地勘あるよ。」
「いいね。そうしよう。金沢か、ちょっと寄り道していい?」
「?いいよ。」
京急沿いをひたすら歩いて数日。ついに到達したのは逗子・葉山駅。昼過ぎに着いたから、消費し切った飲み物や食べ物、電池をコンビニやスーパーから回収して補給した。その後海岸へ向かい、焚き火や寝床の準備を進める。
「かっしーここ抑えてくれる?」
「わかったー。」
「ありがとう。じゃあいくよ。よいしょ。」
簡易的なテントを設営し、その海側に焚き火を作る。寝床は立派なものは作れなかったが、夜は対して暑くないので、まあよしとした。ここまで歩いている途中、蚊はもちろん蝶や蠅、さらには鳥もいなかったので、刺される心配はなかろう。
あれこれを終えた頃、日も落ちていた。二人で焚き火を前にして、海岸を眺める。正真正銘の二人での逗子海岸。気まずい空気が流れる。
「久しぶりだね。5年振りくらい?二人でここ来るの。」
「そうだねぇ。高一の時だからそのくらいかぁ。なんだか懐かしくなってきちゃった。」
「ね。高校の時は色々あったね。」
「......。そういえば、三浦で意識が戻る前の最後の記憶ってどうな感じだった?」
かっしーがヤリチン野郎に食われた事実を知った瞬間だったが、そんなことストレートに言ったらセクハラだしドン引きされる。が、言うしかない。問題解決の糸口になるだろう。なんせその瞬間が世界がこうなるトリガーであることは明らかだから。
「かっしーが彼氏とその...えっちなことをしてるって知った瞬間だった...」
吐き気がする。目の前の女はヤリチン野郎に喰われた人間だ。僕が大好きな人間だ。そんな僕を察してか、彼女は返答に困っていた。
「そっか...ごめんね...またもっちーに辛い思いをさせちゃった。」
「いや、君が誰と付き合って誰と体を重ねよがそれは君の自由。僕が何か口を挟む筋合いはないよ。」
「そっか...」
焚き火の火の粉が舞う。なんの成果も残さずただ生まれては消える赤い光は僕の有様そのもの。そう思えてきた。
「かっしーは最後の記憶はどんななの?」
「んーとね。お昼ごはんにとんかつ屋さんに向かってるところだったかな。記憶がブツっと途切れてる。」
「かっしーやっぱりトンカツ大好きだね。というか結構お昼ごはん遅いんだね。」
「あはは...」
夜も深くなり、彼女が近くにいることに安心しきったのか、眠い。うつらうつらしてきて、いつの間にか眠った。
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