第19話 最終決戦 1

「様子はどうだ?」

「大丈夫逃げた奴はいなそう……あれ?なんかボロボロの服着たエラい可愛い子がいるんだけどあんなのいつ攫ったっけ?」


「しらねぇよ。夜だから顔なんかいちいち覚えてねぇし。」

「あんな上玉いたかなぁ?」


「おい!絶対手出すなよ!」

「わかってるよ。……はぁもったいねぇな。」


「そいつ売って稼いだ金で豪遊すりゃいいだろうが!」

「女売った金で女買うってよぉなんか虚しいよ。」


 そんな声が聞こえてくる。

 悲しいことにバカの話す内容はどこの世界でも同じらしい。

 

 現在オレは《人攫い》の被害者を演じて北部交易路を運ばれている。

 何時間も縛られたふりをしているので疲れてきた。

 

(まだ着かないのか……)


 揺れるたびに吐きそうになる……

 というか実際は何回か吐いた。


 他の被害者はみな、それどころではないので気にしてないが申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 (必ず救うからな)と言いたいが口に縄を掛けられているので上手く喋れない。

 まぁ腕は縛られたフリなので外せるけど他のモンが逃がしてほしくて騒ぎ始めたら元の木阿弥なので我慢してもらうしかない。

 心苦しいが。

「………………」


 外から話し声が聞こえると馬車が停まった。

 もう着いたのか?と思ったがどうやら違うらしい。

 聞こえてきた話によると憲兵隊による簡易検問のようだ。

 憲兵隊は確か、騎士団や衛兵たちとは違う組織だってグレゴリーから聞いたことがあるが……。


「………………」


 なにやら和やかな雰囲気だ。おかしいな。

 荷台に積まれた他の人たちは皆「助かった。」とでもいうような雰囲気だ。

 なら荷台に変なものがないか確認するだろう。この雰囲気になるのもわかる。


 が、案の定誰一人、荷台を確認しに来ないまま馬車が動き出す音がすると被害者たちは状況を半分理解できないまま騒ぎ出す。


「んー!!ん!!!んー!!」

 バンっ!バンっ!


 声を出せないまま叫んだり縛られたままの身体や足で暴れて音を立てている。

「助けてください」そんな悲痛な音が響く。


 すると馬車が停まった。

 荷台を隠しているカバーが開き憲兵隊らしき男たちが見える。


「ウルセェんだよ!!殺されてぇのか!」


「死んで捨てられるのと売られて生きるのどっちが良いか考えろ!!!!」


 やはり憲兵隊は側だったか。

 こういうときの嫌な予感ってやつは大体当たっちまうんだ。

 

 助かる、と直前まで思っていた被害者たちは全力で泣いたり恐怖で漏らしたりしたので荷台の中は凄惨な状況になっていた。

 これならオレが吐いたもんも目立たない。


 そんな状態でさらに数時間経ったのち、ようやく目的地に着いたようだ。


「…………」


 また誰かと話す声が聞こえたと思うとカバーが開いた。


「そいつとそいつとそいつと……」


 知らない男が何人かを指さして行く。

 ありがたいことにオレも漏れなく選ばれた。


 選ばれたのは全員、比較的見た目が整っている被害者たちだったのでが行われたことがわかる。


 全員がひとつなぎのロープで繋がれて連れて行かれる。数時間ぶり外気はとても冷たかった。

 おそらくここはアルピン山脈のどこかなのだろう。

 

 いくらか歩くと屋敷が現れた。

 山道から直ぐに見えないようにしてあったようだ。

 

 連れて行かれた先には、こちらの世界では中々見ない小太りで金持ちそうな男がいた。


 (コイツがエスクラード辺境伯か。会えるのをずっと楽しみにしてたぜ。)


 必死になって殺意を隠す。

 するとなにかに気づいたエスクラードがこちらへ駆け寄ってきた。


「んなあ!!!そんなバカな!何が起きてる!!?これは現実なのか?!!!!」


 エスクラードはオレの顔に両手を添えて

 そう叫んだ。

 

「辺境伯、なにをそんなに驚いておられるのですか?」


「ゴードン!貴様なぜわからん!コレは!コイツは!かの姫様!公国王が娘レオノーラではないか!!」


 ピンポーン!

 大正解。こんだけ臭くて汚いのによく気がついたな。


「え?……辺境伯、何をおっしゃっておいで……」


「ワシは彼女を王都で何回も見たことがある!間違いない!この美貌!身体!人を見下すような目つき!あぁ本物だ!絶対に本物だあ!!」


 ゴードンと呼ばれた執事のような男は呆れてるような表情を浮かべる。

 安心しろよゴードン。もう直ぐ全部終わってお前はそいつから解き放たれるんだから。


「辺境伯、もし仮にソイツが本物なら我々がどうにかするわけにはいかないのでは?」


「……はぁ。ゴードン、お前の言う通りだ……はぁ」


 辺境伯は、肩を落として項垂れている。


「ゴードン、リナルド卿へ通信魔法ハトを飛ばせ。アレの処遇を決めよう。」


「すでに準備はできております。」


 話が着々と進んでいる。ここまでは読み通りだ。


 あとは辺境伯とリナルドが二人揃ったところをとっ捕まえる。

 この世界の魔法はオレがいた世界の物語に出てくるような便利なものじゃないのは知ってるし、護衛が数人程度なら問題なく勝てる。


 いくら《大魔法》といえど軍を動かせるはずはないし……たぶん問題はなにもない!


「じゃあ返事が来るまで他ので愉しむとするか。」


「はい、どれにします?」


「適当でいいお前が見繕え。」


 そういってエスクラードは隣の部屋へ消えた。


 ゴードンが近くに来る。


 ひとつなぎのロープから被害者たち全員の緊張が走るのを感じる。


 (このクソ野郎ども、今ここで誰か犯す気でいやがる!)


 心臓の動きが加速するのを感じる。

 全身を血が巡り、身体全体が熱くなる。

 代わりに頭はすこぶる冷静だ。


 あぁオレは今、怒ってるんだ。

 男が女を搾取することでも、抵抗できない人間から尊厳を奪おうとしていることでもなく。


 ただ……

 

 ただ、こういうクソの塊みたいな生き物が生きているこの世界に怒っているんだ。


 わかってる。

 もし、ここでコイツらを懲らしめたとしても、

 リナルドから返信がきて直ぐには来れないことがわかったらオレには魔法が使えないから対応ができなくなるので今は我慢しなきゃいけない。


 この繋がれた内の誰かを犠牲にして時間が経てば一網打尽にできる。

 そんなことはわかってる。


 ダメだ。


 わかってるのに止められない。


 だからオレは不良品なんだ。



 ゴンッ!!!!



 縛られたフリをやめてゴードンと呼ばれた執事に飛びかかりその脳天に拳を振るった。

 バタっと受け身も取らずに倒れたのでおそらく気を失ったのだろう。


 縛られたままの被害者たちは何が起こったのかわからず放心しているので静かにするよう伝えると皆一様に頷いてくれた。


「オレは姫様の影武者だ。荒事に慣れてる。だからココは任せて欲しい。絶対に救う。だから静かに待っていてくれ。」


 と小声で説明すると皆声を殺して泣いていた。


 ゴードンの身体を探るとナイフがあった。

 ロープを切るためのものだったのだろう。


 そのナイフを被害者の一人に渡して全員を解放するよう頼む。


「でも直ぐに出ないでくれ。外に誰がいるかわからないからな。」とも伝える。


 そしてオレは静かにエスクラードの待つ部屋へと向かった。


「遅いぞ!」


 ゴードンと間違えたのだろう下着姿のエスクラードが仁王立ちで待っていた。

 ありがたいことに後ろを向いていた。


 コチラを振り向く方向に合わせて身体をずらし首をキメる。

 チョークスリーパーは得意なんだよ。


「首絞めプレイはお好きですか?」


「おまっ……え………………」パタッ


殺すわけにはいかないからな、感謝しろよ。」


 倒れるエスクラードにそう声をかけた。


「さてと……やっちまったな。」


 寝室から出ると解放された被害者たちがこちらを拝んでいた。

 悪いがオレは救世主じゃない。

 守護者でも英雄でもない。

 ただムカつく奴らを許せない狭量で子どもな……姫様だ。


「そういうの要らないからロープでコイツら二人縛り上げて。間違っても殺さないでね。まだやることあるから。」


「はいレオノーラ姫様!ありがとうございます。」


「え?いやオレ姫様の影武者……もうどっちでもいいか。」


 戦える姫とか訳わからないものを見せるよりは影武者って言ったほうが説得力あるかと思って咄嗟にウソついたけど、彼女たちにはそんなこと、どうでもいいのか。


 たとえ悪魔でも地獄から救ってくれたなら救われた側には神に見えるのかもれしない。

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