第16話 バルコニーの暗殺者

「やぁ、来たね。」


 バルコニーへ着くと王子と数人の付き人が待っていたがオレの姿を確認すると少し離れた位置で辺りを警戒し始めた。


 きっとヤツらはボディーガードなんだろうな。


「シャーリーも、」


 と言い終わる前にシャーリーも移動してくれた。


「コレで二人だけだね。」


「座っても?」


「どうぞ。」


 バルコニーに備え付けられたテーブルに向かい合わせで座った。


 (ここはできるだけ言葉少なく話すしかない。)


 ちっ!姫様言葉を勉強してこなかったツケが回ってきたな……。


「もしかして緊張してる?」


「……いえ。」


「じゃあ普段の喋りが出ないようにしてるとか?」


「……っ!」


「図星みたいだね。安心していいよ。ウィスパーズから君の普段の振る舞いは聞いてるから楽にしなよ。」


「ウィスパーズ?」


 なんだそれは、初めて聞いた。


「ウィスパーズはウチの諜報機関みたいなものさ。」


「グランツ王国の諜報機関……。」


 スパイとか映画の中だけ……なわけないか。

 実際にいるから映画とかになるんだもんな……たぶん。


「いや、ウィスパーズは僕専用の機関だよ。国は関係ない。それはまた別の機関。」


「あー……その『僕』ってのが素のアンタなのか?」


 少しだけ驚いた表情を見せたがすぐに隠される。


「僕たちは貴族だ、それも王族。いくつもの顔を使い分けるのは当然だろ?」


「アンタにはそうかもな。」


「お互い素で話そう。話が早そうだ。」


 助かるよ。

 聞きたいことは山ほどあるからな。


「まず、影武者の件から説明しようかな。」


「妥当だな。」


「僕は命を狙われてる。」


 そんな話を表情ひとつ崩さず言えるのは王族としての矜持なのか日常なのかオレにはわからない。


 わからないが異常なのだとオレは思う。

 適切な相槌を打てず、ただマブタを見開いた。


「狙っているのは多分だけど兄のルーク、ウチの王国の第一王子の派閥だね。」


「兄貴が、いや兄の信奉者か?」


「いやいや、兄にそんな人望ないよ。兄を担いで傀儡政権でも目論んでるんだろう。」


「……なぜそんな話をオレに?いやそれが影武者をオレに接近させた話とどう繋がる?」


「……驚いた。本当に『オレ』って言うんだね。」


「あっ」と口に手を当てると王子は


「さっき『僕』をいじられた仕返しさ。」

 と言って笑った。


「話を戻すね。『なぜそんな話を』だっけ?それは簡単、君が手を組むに相応しい相手か確かめたいから、だよ。」


 手を組むだと……?

 なぜ大国の王子がその従属国の姫と手を組む必要が……?


「…………《人攫い》」


「正解、よくわかったね。」


「うちの捜査機関に依頼してたががどこへ行くのか、どこへ連れて行かれるのか、がずっとわからなかった。王国へ流されているんだな。」


 北部で消えてその後がわからない。

 つまりそのまま、さらに北部、アルピン山脈を超えた先にあるグランツ王国へ連れて行かれていたという話か。


「そう。本来なら兄、ルークはその出自から貴族の支持は多くなかった。にも関わらず近年少ない数が彼の陣営に加わり始めてる。」


「出自……」


「兄は第三王妃と父王の子だからね。ウチの国だと第一王妃の子である僕より人気がないんだよ。」


「なのに最近は支持を得てる……献金か?」


「あとはまぁ……君も男だ、わかるだろ?攫った中に美人がいればってやつさ。」


「チッ!!胸糞の悪い話だ…………は?今……男って……?」


 コイツ今、間違いなくオレを男扱いしやがった?

 

「ウィスパーズから聞いてるよ。君の中身は地下の牢屋にいる男なんだろ?」


「……なっ、」


「安心しなよ。それについての話もあるから。

 とりあえず席に戻って。話はそれからだ。」


 いつの間にか立ち上がっていた。

 動揺を隠せない、心臓がバクバク鳴るのがわかる。


「言ってる意味がわからない。」


 とりあえず席につき、そう呟いたが何の意味もない言葉だろう。


「君を元の身体に戻せる魔法に心当たりがある。」


「なっ?!」


 また立ち上がり……座る。

 

「とりあえず落ち着いて全部聞いてくれる?」


 怒った?

 いや、コイツが怒る姿が想像できない。


「わかった……とりあえず聞く。全部バレてるって前提なら、もう何を言われても動じないよ。たぶん。」


 助かるよ、と王子は微笑んで話し始める。


「タリアーノ公国のが《人攫い》としてウチの国に商品被害者を卸してる、そしてウチの国の誰かがソレらを貴族たちに売ったりあげたりしてる。そして貴族たちはその見返りとして兄、ルークの陣営に加わり彼を支持し始めている。ってことは理解してるよね?」


「今さっき聞いたばかりだからな。」


「オーケー、ウチの国の『誰か』はおおかた目星がついてるんだけど……ソイツが厄介でね。大魔法使いリナルドって言うんだ。」


「大魔法使いリナルド……そいつが?」


「うん。恐らくヤツが入れ替わりの魔法を使える。」


「……なるほどな、じゃあソイツを捕まえれば良いって話……じゃないんだな。」


「そう、だったら君に頼むことなんかないさ。こっちが欲しいのは《人攫い》の情報、そして証拠。」


「チッ!……結局そうなるよな。」


 事態は大きく進展したが、目の前の大きな岩が消えてなくなった訳じゃない。

 まだ道は塞がったままだ。


「まだ集まってないと?」


「この社交界の準備やらで時間がなくてな……頼んではいるが続報がまだ届かない状態だ。」


「そうか……その君の手下とウチのウィスパーズ、両サイドから情報をすり合わせれば何かわかるかもしれないな。」


「良いアイデアだと思うが……つーかアイツらは別に手下じゃねーよ。」


 ガタッ!


 と音がした。

 バルコニーの下からだ。


 音が聞こえた瞬間、王子の警備隊はバルコニーに入ってきて下を覗いた。


 オレと王子は立ち上がって城の中へ入ろうとする。


 そんなオレたちの目の前に女が立つ。

 ドレス姿の女はスカートを持ち上げると脚に隠したナイフを手に持ち王子へと向かう。


 その横っ面に拳を叩き込む!!


 ドッ!


 咄嗟のことで体重が乗り切らなかった。

 女はすぐに体勢を立て直しコチラへ目を向ける。


「こっちだ!」


 と王子が叫ぶと警備隊が女に気づく。

 数の不利を見て女はバルコニーから中庭へ飛び降りた。


 のをみてオレも飛び降りる。


「バカ!!!!」

 って聞こえた。

 多分シャーリーだな。


 ドスンッ!


 くうぅ〜〜……っ!


 落下の衝撃で骨が折れた、と錯覚するほどだ。

 痛すぎて頭が真っ白になる。


「姫様!生きてますか?!」


 と上からシャーリーの声が聞こえたが無視して女を追跡する。

 ……が脚に力が入らない。


「何事ですか?!」


 中庭を警備していた衛兵が近づいてくる。

 その姿に見覚えがある! 


「グレゴリー?ちょうど良い!!あっちに逃げた女を追え!絶対に逃すな!」


「え?!はい!」


 訳もわからないまま走り出したグレゴリーは忠誠心と愛国心に満ちた素晴らしい青年(便利)だ。


「ぐあっがぁ!!動け!動けヨォ!」


 と無理矢理テンションを上げてアドレナリンだからドーパミンだかを出して体を動かそうとする。


「ヒギィ!」と変な声が漏れるも何とか歩けるまで回復していた。

 

 戦う前からボロボロになった体でグレゴリーの追って行った方へ向かうと既に片はついていたらしく所在なさげに立つグレゴリーと倒れた女がいた。


「殺したのか?!」


 思わず大きな声を出してしまった。

 

 グレゴリーは事情も知らずに追跡をさせられたのだから反撃による負傷などを心配するのが先だったはずなのに、それよりも殺して情報が聞き出せないことを恐れてしまった。


「いえ、息はありますよ。鞘から抜かずに叩きました。誰なんですかこの人?凄く足が早かったです。」


「あぁそうか、生きてるのか。コイツは襲撃犯だよ。王子暗殺計画……って感じか。」


「王子暗殺計画?!!」


「いやわからんけど……とりあえずなんか縛るもんとかねぇかな……これで良いや。」


 ドレスの下の部分がボロボロになっていたので破り裂いて紐状にし、グレゴリーへ渡す。


「ええ??コレを?姫様、脚が!あと計画はないんですか?!」


「落ち着けよ、まず縛れ。脚はどうでも良い。オレは男だ。見られて困るもんなどない。」


「そうですけど……コチラが困りますよ…………」


 生足をチラチラみるグレゴリーに嫌悪感が走る……


「嘘だろ……精神が女になって来てるのか……?」


 襲撃犯を縛るグレゴリーは「何か言いました?」と聞いてくるが無視する……

 それどころではない。

 もしこの入れ替わりが長く続くほど精神が肉体に引っ張られるのだとしたら、いつかオレは自身のアイデンティティを失うかもしれない……。


「くそッ!!急いで大魔法使いとやらをブチのめして入れかわらねぇと!!間に合わなかったら洒落にならんぞ!!」


 大量の足音が聞こえて来た。

 どうやら警備隊が近づいてきているようだ。


「大魔法使い……リナルド、ですか?」


「あぁ。一番後ろで笑ってるクソ野郎がわかったとルチアーノにも伝えてくれ。」


 《大魔法使い》リナルド

 《人攫い》エスクラード辺境伯

 敵はもうわかった。


 あとは詰めるだけの証拠だ。


「姫様。」


 悪魔のように笑うウォルターの声がした。


 OK あとは逃げるだけだ。

 

 

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