第14話 プリズンブレイカー

筋肉痛でズタボロになった身体に鞭打って数日ぶりの地下牢へ辿り着いた。


「……今日の夜食はなんだ?前も言ったがビーツは抜いといてくれよ?」


 誰かと間違えているのか、コチラを向かずに看守が声をかけてきた。

 たぶん彼にはシェフの友人がいるとかそういう事なのだろう。


「悪いな、オレはシェフじゃないんだ。」


「えぇ?……姫様?!」


 驚きのあまり椅子から転げ落ちる看守。


「なんで?こんな時間に姫様が?いや、そうじゃなくて!私は姫様に、なんて口の聞き方を……」


「なぁ今の言動についてオレは忘れる。だからお前もオレがここにきた事を忘れてくれないか?」


 と、取引を持ちかけると彼は涙目で首をコクコクと縦に振った。


「オッケーてことだな。助かるよ。」


 看守の横を抜けて奥へと歩く。

 前に来たから目的の場所はもうわかっている。


「よう、姫様。話がある。」


 ガチャン!!

 

 鉄格子にゴリラのように飛び掛かるオレ(姫様)が吠える。


「ふざけるなクソがああぁ!!」


「出してやるよ。」


「え?クソ庶民……アンタ今なんて言った?」


「出してやるって言ったんだよクソ姫様。ただし交換条件……」


「出せ!今すぐ出せ!私を元に戻せ!」


 ……コイツやっぱ同情に値しねぇわ。


 と思ったが近くで見ると瞳に水が溜まっている。


「涙……?お前泣いてんのか?」


「うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!出してよ……出してよぉぉお!」


 自分がギャン泣きしてるのをこんな至近距離で見る日が来るとは思わなかった……。

 これが自分の姿じゃなかったらもっとグッと来るものがあったかも知れない。


「見た目と言動が一致しないのってこんなに不気味なんだな……。使用人のやつらがオレに普通の態度で接してることに感謝を覚えるよ。」


 まぁ姫様(オレ)の見た目はいいからギャップ萌えとかいうやつがあるのかもな。


「ぐずんっ……すんっ……で?……交換条件って?」


「ん?あぁ、お前王子と旧知なんだろ?グランツ王国のなんとかって名前の……第二王子?だったか、アイツとのことで覚えてる事あったら教えてくれよ。」


「第二王子……?サミュエル……?なんでアイツの事……あぁそっか、社交界ね、忘れてたわ。」


 完全に泣き止んでいつものクソ姫様モードに戻ってやがる……。


「そういうこと。国内でボロが出る分にはどうとでも誤魔化せそうだけど相手は国外の大物、宗主国って言うんだっけ?そらもう格上も格上だからな。揉み消しようがないだろ。」


「サミュエルとは昔、何回か会ったことがあるからアンタが偽物だって気がつく可能性がある。だから私から少しでもその時の話を聞いておきたいってことでしょ?…いいわ。その条件乗った。」


 ワンミスで国際問題とか話の規模がデカすぎてキツすぎる。

 多少は情報仕入れとくべきだろうな。

 

 たとえ、この怪物を出したとしても。


「交渉成立だな。」


「で、そのあとは?私をここから出してどうするの?キチンと住む場所は用意してあるの?」


「あ?」


「あ?じゃないでしょ!私を出した後どうするのよ?!庶民どもに混じって生きてけなんて言わないでしょうね!入れ替わりの解除方法はわかってるの?わかってないならキチンと私の生活を保証しなさいよ。とりあえずアンタの侍女を私に寄越して世話係にさせなさい。」

 

「うっぜ……。」


 ダメだコイツ。

 ……母親を思い出す。


「アンタ今なんて言った?なんなのその態度!助けて欲しいんじゃないの?」


「檻があって良かったな。なかったら顔面が真っ平になるまでぶん殴ってたよ。」 


「ひっ!……女の子を殴るなんて最低よ!」


「テメーは今男だろうが。」


「あっ!」


 もういい、対王子は自力でどうにかする。

 コイツに頼ったら自分で自分が許せなくなる。


 無言でその場を立ち去る。


「待ってよ!…………」


 また何か喚いてる。

 喚いて喚いて反撃をくらった時だけ落ち込んで同情を誘って、相手が弱みを見せたら、また喚く。

 本当にいい性格だな。


「あっ、姫様終わりました?」


「あぁもういいよ。…………一応聞くけど、アイツの言う事信じてる?」


「アイツ?……あぁ、あの不審者ですね?いえ、そもそも何言ってんのかわかんないので信じるも何も……」


「そっか。そのままで頼むよ。」


 看守に別れを告げて自室へ戻る。

 ボロボロの身体には階段が辛すぎる。


 ――――――


「じゃあ姫様から情報は聞き出せなかったんですね?」


 髪を梳かしてくれてるシャーリーの言葉にオレは頷くしかできない。


「頭動かさないでくださいぃ!」


「わりい、慣れてないから……」


 地下牢で決別を決めてから三日経った。

 つまり今日が社交界当日、決戦の日だ。


「もう……じゃあいったいどうするんですか?」


「ん?どうするもこうするもないだろ。」


 こちとらずっと場当たり的に生きてきたんだ。

 今回も同じだ。


 国の命運とかいうもんも背負わされてそうだが、知ったことか。

 

 そもそも異世界転移とかいう意味不明な出来事だけで精一杯なのにそこに男女入れ替わり、しかもど庶民(つーか底辺)から姫様へ。なんてもう無茶苦茶だろ。


「なるようにしかならん!」


「不安です……」


 バーンッ!!!!


「景気のいい言葉が聞こえたな?!いいぞ!俺は景気がいいのが好きだ!」


 いきなり扉が勢いよく開いたと思うとそんなふざけた言葉が飛んできた。


「誰ですかあなたは!?!!」


 シャーリーが手に持った櫛を構え臨戦態勢に入る。


「シャーリー、落ち着け。」


「でも!」


「サミュエル王子ですね?お久しぶりです。レオノーラです。」


 と挨拶をし、深々と頭をさげる。

 ウォルターから習ったやり方だ。間違ってたら知らん。


「え?この人が……この方が王子様?!」


「ほう、お前、レオノーラか。ずいぶんと景気の良いことを言うようになったな。」


 ……あのクソ姫様がどんなガキだったかはこの数日ずっと脳内でシミュレーションしてきた。

 もしどっかでなんかあって、あの苛烈な性格に変貌したとかだったらお手上げだけど、

 そうじゃなきゃ完璧なはずだ。


「サミュエル様こそ……お変わり……??」


 なんだ?どこかで見覚えのある顔だ……。

 つい最近どこかで見たぞ?


 必死に記憶の引き出しを開けていく。


「姫様、どうかなさいましたか?」


「お前は侍女か?ただの使用人か?どちらにせよ知らなかったとはいえ、この俺様に噛みついた責任は取ってもらうぞ!!」


「ひっ!?…………すみません、すみません……」


「レオノーラ!貴様もこんな使用人を雇ってるようでは程度が知れるな!」


 はーっはっはっ!!!と高笑いしている。


「どこかで会った気がする。」


「ふんっ!十年ぶりか?久しぶりの再会が散々なものになったな。恨むなら己を恨めよ。」


 そういってサミュエルは振り向き部屋を出ようとする、その振り向き際の横顔で気がついた。


「あーアンタこないだ城下町で奢ってくれたニィちゃんじゃねぇか。」


「ふふ、気づいてもらえましたか。」


 そう言ってソイツは出ていった。


「え?姫様今のって?」


「……意味がわからん。」


 本当にわからん……今のはどっちなんだ。

 王子のフリをした不審者?

 不審者のフリをした王子?


「と、とりあえずメイド長に報告してきます!」


「いや、少し待ってくれ。考える時間が欲しい……。」


「なにを考えるんですか?!不審者ですよ、あんなの!」


 ……不審者、だとしたら狙いは社交界へ来た王子?いや、狙いが誰にせよ、もしそうなら騒ぎを起こす可能性のある今みたいなことはしないはず。


 じゃあ王子?王子と仮定するなら今の行為はただのつまらない悪ふざけで説明がつく。

 が、そうなると先日の城下町で会ったのが腑に落ちない……あの日は確か一人だったはずだ。


 いくら我々公国がヤツラ王国の下に位置しているとはいえ他国の城下町を王子が一人でフラフラするとも思えん。


「なにか目的でもない限り。」


「え?どういう意味ですか?」


「ん?あぁ口に出てたか……まぁいいや、とりあえず仮定だけど今のやつはサミュエル王子で間違いなさそうだし気にしない方向で。」


「そうなんですか……変わった人でしたね。」


「そうだな。」


 グレゴリーやルチアーノに伝えておきたいが社交界の時間が迫ってる。


「グレゴリーは社交界に来るのか?」


「どうでしょう……?もしかしたら護衛や見張としてどこから近くにいるかもしれませんけど……。」


「見つけたら教えてくれ、共有しといたほうが良さそうな話がある。」


「はい。わかりました。……」


 コンコン


 とノックの音がする。

 今度は扉を勝手に開くことはなく


「姫様、そろそろお時間です。」


 とだけ扉の向こうから言われる。


「わかった。……はぁめんどくさいな。」


「私は楽しみです!」


 シャーリーはいつも楽しそうで羨ましい。


 それにしてもが素の王子だったんだろう。

  


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る