第12話 北部交易路〜帰宅

「姫様!見てください!あれ、騎士団の人たちじゃないですか?」

 シャーリーがなにかを指さしてぴょんぴょんはねてる。

 

「えー、遠くて見えねぇよ……グレゴリーは見える?」

「いえ、どうでしょう……はい!確かに騎士団の旗が見えます!」


 二人とも視力が良いみたいで羨ましい。

 オレにはどうにも豆粒が動いてるようにしか見えない。

 

 なんて思ってるうちに一騎、先行してしてコチラへ向かってきている。


「誰か先行して来てますね。」


「うぃ、ほんじゃあ、ぼちぼち引き渡しの準備するか。」


「はい!帰りの準備もですね!」


 盗賊団の襲撃を受けてから、おそらく半日以上が経過していた。

 これだけの時間があれば当然、気絶していた盗賊団のメンツも起き出している。


 というか数時間前には全員起きて、やれ「縄を解け」だ、「逃がしてくれ」だのと騒いでいたので暇つぶしがてら話していたら意外と話せる奴らだった。


 なので最後に盗賊団オジサンたちへ挨拶にいく。


「お迎え来たぜ。みんな元気でな!」


「おう!」「姫様も元気でな」「ほんとに死刑はないんだよな?!」「悪かったな!」「迷惑かけたよ!」


 全員いっぺんに喋んなよ、聞き取れねぇ。

 盗賊なんかやるくらいだからやっぱ全員あんま頭良くねぇわ……嫌いじゃねぇけど。


 騎馬の足音が聞こえた、さっきまで向こうに見えたのにもう、着いたのか。

 

 公国の騎馬隊は最速!とかグレゴリーが言ってたのはあながち嘘じゃないのかも知れないな。


「公国騎士団騎馬先遣隊、現着しました!!」


「遠いところまでありがとうございます。連絡魔法ハトを飛ばした公国騎士団衛兵隊のグレゴリーです。」


「貴様がグレゴリーか。よく呼んでくれたな。」


「はっ!」


 ビシッ!と聞こえる様なキレッキレな敬礼をかましてるグレゴリーを見てると昨日あれだけ苦悩してたのがわかるな。


 オレやシャーリーは基本ベースがテキトーだから不測の事態にも柔軟に対処できるがグレゴリーは真逆だ。


『真面目が服を着てる』なんてレベルまではいかないがそれに近い。

『真面目の上に花が生えてる』とでも言えばいいのか、とにかく根が深そうだ。


 グレゴリーの方を見てると、騎馬兵が近寄ってきて騎馬の上から話しかけられる。


「姫様はどこだ?!挨拶がしたい。お連れしろ。」


 (汚ねぇカッコしてるから気づいてねぇのか……つーか、あれ?)


「アンタ、女?」


 近くで見て気がついた。


 ギロッ!と聴こえてきそうなほど睨まれる。

 

「だったらなんだ?!文句でもあるのか?」


「いや、べつに……」


「ちょっと!姫様になんて口聞くんですか!!」


 向こうで帰りの支度をしていたはずのシャーリーがすっ飛んできた。

 完全にブチ切れてるのか昨日食った鹿の骨を女騎士に向けてる。


 あと呼吸が「ふしゅー!ふしゅー!」って人型のなにかみたいでヤバい。


「は?貴様なにを言ってる?こんな汚らしい服を着た姫様がどこにいる!!ふざけるな!!どうみてもそこいらの物乞いか何かだろう!!」


「お前こそふざけるな!!姫様が汚れてるのは私たちを守るために盗賊と戦ったからだ!それをバカにするなっ!!」


「シャーリー!シャーリー!キレすぎ、落ち着けって……」


 シャーリーをなだめようとするが聞こえてない。猫科の飛び掛かる直前みたいに脚へ力を溜めてる。

 

「待ってください!!彼女の言ってることは全て本当です!あの方が我々の姫様、レオノーラ様です!」


 グレゴリーが仲裁へ入った。


「は?貴様までなにを言ってる?からかうのも大概にしろ!!」


 そう言って女騎士は腰の剣を抜いてシャーリーへ向ける、その瞬間気がついたらオレは飛び出していた。


 ドンッ!

 

「は?!」


 女騎士の剣を持った手を蹴り飛ばすと剣が飛んでいった。


「痛っ!?貴様……」


「悪いな、ウチの大事な侍女に剣を向けられて何もせずにいられるほど大人じゃないんだよ。」


「「姫様!」」


 シャーリーとグレゴリーがタイミングよくハモる。

 意外とコンビネーションが良い。


「貴様!化けの皮が剥がれたな!本物のレオノーラ様はそんなこと言わん!あの方は従者など持たないし、持ったとしても、その命なぞ使い捨ての様、ぞんざいに扱うはずだ!!それにあの姫様が誰かを守るために戦うわけないだろう!」


 …………おぉ、なんというか。

 姫様(本物)に対する皆のイメージがスゴイヤバイ

 この女騎士、姫様に対する解像度が高い。 


「…………」


 誰も何も言わない。

 誰も何も言えない。

 この空気を作り出した女騎士すら黙っている……


 全員が不意に訪れた静寂で気まずくなっていると騎馬隊の本隊が到着してくれた。


「本隊到着!公国騎士団騎馬隊本隊到着いたしました!姫様はどちらに!」


 片手を挙げ「ここっ!」と元気よく応える。

 

 どうせこの女騎士と同じ様に信じてもらえないんだろうなと半ば諦めていたら……


「そちらに居られましたか!」


 と一番大きく偉そうな騎馬が近寄って来て、

 近寄ると同時に馬から降りた騎士が片足をついた。


「姫様、お久しぶりです。騎士団長の……」


 と思ったら長ったらしい挨拶を始めやがった。

 

 シャーリーは死んだ顔で手に持った鹿の骨を見つめている。

 そして、自分の犯した過ちの重みから絶望の表情を浮かべる女騎士。

  

「つーか挨拶長いな。

 ……悪いんだけど、その挨拶まだ続く?」


「え?」

 と驚く団長とやら。


 貴族の話は長い。無駄が多すぎる。

 

「噂には聞いていましたが姫様はホントにずいぶんと変わられたらしいですな!」


 団長は少し砕けた喋り方になる。

 こっちの方が、話しやすい。


「前の方がいいか?」


「はい、いいえ。どうでしょう。どちらにせよ我々のすべき事は変わりませんので。」


 ふむ、なるほど。これはグレゴリーや女騎士よりは柔軟な性格だな。

 騎士団だからと言って全員が真面目でお堅いわけではなさそうだ。

 

「団長、盗賊団員はアチラに繋いでおります。」


 グレゴリーが声をかけると団長は部下たちに指示を出した。

 部下たちに付き添う形でグレゴリーと団員たちはこの場を離れる。


 これでどうやら後は任せるだけで良さそうだ。


「帰りの馬車はどうしましょう?」


 と、さっきまでとは別人のように落ち着いたシャーリーが聞いてきた。

 

 確かに御者は引き渡したし、オレとシャーリーは馬車の運転なんてできない……。

 と困っていると女騎士が馬から降りてこちらへ寄って来た。


「あの、先程は……」


 と何か言い掛けてる横でシャーリーがまたも威嚇を始める。


「何の用ですか!近寄らないでください!団長さんが来たから我慢しただけで貴女のさっきまでの発言は忘れてないですよ!」


「うっ……だからそれを謝罪したくて……」


 かわいそうに泣きそうだ。


「そもそも!騎士団のくせにちょっと汚れたからって姫様に気が付かないなんて、どうかしてますよ!」


「シャーリーステイ!!

 ちょっとじゃないからこの汚れ方は!な?

 こっちにも多少の非があるからここは退いとけ。」

 

「うぅ、まだ言いたりないです……」


「わるいな。ムカつく言い方だったのはわかるが、それは飲み込んでくれ。あと出発の準備は終わってる?」


「はい!終わってます!そもそもそんなに荷物なかったですし。」


「そうか、じゃあ忘れもんないか見て来て。」


「忘れ物するほど持って来たものないですよ?」


「忘れ物ないか見て来て。」


 と繰り返し伝えて真剣な目を向ける。


「……はい。」と言ってシャーリーはこの場を離れた。

 さすがに空気を読んでくれた。

 というか読ませた。


「これで三人だけだな。」


「すみませんな、姫様。何があったかはわからんですがウチの若いのがおかしな雰囲気なので親としては無視するわけにはいかんのですよ。なぁセヴィーラ?」


 と団長が苦笑いをする。


 この場にはオレと団長とセヴィーラと呼ばれた女騎士の三人だけがいる。

 というか団長が残ったのを見てオレが場を作った形だ。


「説明はオレからするか?」


 と聞くとセヴィーラは半泣きの声で語り始めた。


「団長、私は姫様が姫様であると気づくことが出来ず…………姫様本人や従者の方の言葉を無視し、自分の判断だけで……姫様の侍女に剣を向けました……」


 団長はムスッとし腕を組んだまま口を開き


「何が悪かったかわかるか。」

 

 とセヴィーラに問いただす。


「人の話を聞かず、自分の判断、考えだけで正誤を判断しました。」


 セヴィーラはいつの間にかオレが弾き飛ばした剣を拾って来ていたようで、その剣をコチラに両手でしっかりと持ち片膝を地面につけ


「姫様、私は騎士団を辞任致します。」


 と言った。


「は?」


「姫様!セヴィーラの助命を願います。もしそれが叶うなら私の身分も立場もお返しいたしますので是非に!」


 と言って団長も同じポーズをとった。


「そんな!団長まで!」

 

 セヴィーラは驚きの声を上げる。


「助命……つまり、二人で辞めるから殺さないでってこと?」


 団長は顔だけをコチラに向けて言った。

 

「虫のいい話なのは重々承知しています。」


 その巨体からは想像がつかないような

 絞り出すような、か細い声だ。


「よくわかんねぇけど……それは不敬罪?とかそういう類の話?」


「……はい。」


 とだけ返ってきた。

 重罪なんだろう。死刑を想定するほどの。


 団長は部下を守るために、その地位を返すと言ってる、よくわからんけど多分、王様から貰ったものなんだろうな。


 どれだけ努力して手に入れたものか……

 それを今ちょっと話聞いただけで手放そうとする。


「ずいぶんと部下想いだな。」


「はい、いえ、姫様……騎士団は家族です。そして私はその中のトップ、つまり親なのです。子を守るのは当然でしょう。」


『親が子を守るのは当然』

 よく聞く話だ。

 まぁ聞くだけ、だがな。


「その理屈じゃあ、さらにその上の姫様はお前らの婆さんか?」


「いえ、姫様決してそのような意味では……」


「あぁ別に怒ってるわけじゃない、わかりやすいなって感心しただけさ。わかりやすいのは好きだよ。」


「すみません姫様!私の命はどうなっても構いません!でも団長のことは……」

 

「セヴィーラ!黙れ!」


 団長の大声が響き渡る。


 向こうで仕事中の騎士団が皆、何事かとコチラを注視し始めた。

 目立つのは嫌いだし、早く終わらせるか……


「二人とも立てよ、ここままじゃ目立ちすぎる。」


「すみません姫様、この剣を受け取ってもらえるまでは立てません……騎士として、あるまじき行為を働いた罰を受けなければ……」


 団長の、いや二人の意思は固そうだ。


「じゃあ二人とも無罪。もうめんどいからこの話終わり。それよりお前ら二人ともさっさと切り替えて盗賊団の奴らからバックについてるヤツの話、聞き出して自警団と連携しろ。」


「え、無罪……?」


 セヴィーラは理解が追いつかないのか放心している。


「そんな!それでは示しが……」


「うるせぇ!!!」


 団長に思わず怒鳴りつける。


「オレが無罪だって言ったのに文句つけんのかコラ?!テメーはオレより偉いのか?」


 スカスカッ!スカスカッ!!


 意識せず胸ぐらを掴もうとするが団長は鎧を着ているので全然掴めない。


 掴もうとしたその手を持て余してしまい

「ふっ……」と自分で笑ってしまう。


「姫様……本気ですか……?」


 コイツら今の見てよく笑わないでいられるな……


「ふぅ……本気だよ。つーかお前らの進退とか不敬罪とかよりも大事なことがあんだろう……」


「っ!それより大事なことなんて!」


「まて、姫様の話を聞こう。」


 と何か言いかけたセヴィーラを団長が止めてくれた。


「団長、セヴィーラ悪いけどオレにとって二人が今、抱えてるもんはどうでもいい。」


「……っ!」


 セヴィーラはまだ何か言いたげにしているが続ける


「オレらがなぜ、ここにいるか知ってるか?」


「いえ、姫様。コチラへ届いた連絡魔法には『姫様とその侍女と私の三人で北部交易路の盗賊と戦闘、その後、盗賊団員を捕縛致したので連行の応援を求む』といった内容で、あくまで理由は書いてありませんでした。」


 なるほど…………

 

 意図的に連絡魔法に書かなかったのなら、グレゴリーはどうにも騎士団全員を信頼しているわけじゃなさそうだな。


 ただ警戒しただけ、というレベルなのか、何らかの確信めいたものがあるのかは本人に聞かないといけないな。


「……姫様?」


「んっあぁ悪い、考え事してた。」


 さて、どこまで話すかな……


「コチラへ来た理由を教えていただけますか?我々の問題が小事だと言う、理由を。」


 団長の圧が凄いな。

 そんなにめちゃくちゃ辞めたいなら止めなくていいかな。と思わなくもない。

 が、一応軽く話すか……


「オレらがここに来たのは城下町と王都、公国領土全体の為だよ。」


「公国全体の?」とセヴィーラ。


「なるほど、それなら確かに私たち二人のことなど小事……さらに、詳しいことを聞くことはできますか?」


「城下町に今活気がないのは気づいているか?

 ……その感じだと知らなそうだな。」


 騎士団は王都内に駐屯しているが城下町とは別の場所に構えているから知らないのも無理はない。


「その原因をグレゴリーに聞いたら盗賊団の姿が浮かび上がった。詳しい話は省くが、奴らの後ろにいる奴がどうも意図的に王都への交易を邪魔し始めたみたいなんだよ。」


「交易を?それは何の意味が……?」


 団長もセヴィーラもピンと来ていない。


「被害妄想だと思ってもらっていいんだけど、オレはこれを王都弱体化を狙ったもんだと仮定してる。」


「王都弱体化?!」


「そう。交易を邪魔して、食料なんかを買い占めて王都内を気付かれないように締め付ける。

 市民は不満が溜まるし出て行く奴や治安を乱す奴も出るかもしれない。そうなったらソレは弱体化だろ?」


「それは……何が目的なんでしょう?弱体化した先にはなにが……。」


「それを調べるためにここへ来たってわけ。

 だからお前らは捕まえた奴らからできるだけ情報を聞き出してくれ。」


「……なるほど、それで、さっき言っていた自警団というのは?」


「オレ個人的に頼んで前から調べさせてるんだよ。

 盗賊団の後ろにいるヤツの事とかな。」


 団長はなにやら思案するように押し黙る。


「その後ろのヤツ、とはいったい誰なんですか。」


「探らせてる。」とだけセヴィーラに伝える。


 向こうをみるとどうやら引き渡しは無事終わったようで全員が待機しているのが見えた。

 シャーリーがコチラへ向かって来ている。


「まぁそういうわけだからお前らの事より大事なことを優先してくれ。国民あっての貴族と騎士だ。」


 と二人の肩を叩いた。


「国民あっての……」とセヴィーラは小さく漏らした。


 雨降って地固まったかな?


 トットットッ!


 シャーリーが笑顔でこちらに走ってくる。


「姫様!あっちでグレゴリーさんが説教されてますよ!」


「なんでそんな面白そうなことに?!」


「姫様が戦っていた事を盗賊団の人たちから聞いた騎士団員の偉い人が怒ってグレゴリーさんに詰め寄ってました!!」


「マジかよ、見に行かなきゃ!」


シャーリーと二人でグレゴリーの元へと急ぐ

 

 ……「団長……本当に私たち」


「あぁ無罪らしい……姫様、本当に心を入れ替えられたようだ。」


 そんな声が後ろから聞こえた気がする。



 ――――――――


 グレゴリーの元へと辿り着いた時すでに説教は終わっていた。


「姫様!なんて無茶な事をなさったのですか!?いくら相手がただの盗賊団とはいえ考えられませんよ!!」


 全然知らない人に説教された。

 話からするとどうやら騎士団の副団長らしい。


「わかりましたか?!これからは気をつけてくださいね。」


 と聞こえたので多分、説教が終わったのだろう。

 

 しおらしい顔をして「はい……」とだけ呟いた。


「まぁまぁそのくらいにして、あとは教育係のウォルター殿に任せるのが良いだろう。」


 と団長が声をかけてきた。


「ウォルターに伝えなくて良いよ、今ので十分だろ。」


「さぁ?我々には判断しかねます。」


 と団長は戯けたポーズをして

「撤収!!」

 と周りに声をかけた。


 ほとんど準備は終わっていたようで皆騎馬に乗り込んでいく。


「じゃあさっきも言ったけど……」


「はい、ヤツら盗賊団の後ろのヤツのことを聞き出せば良いんですよね。」


「頼んだよ。……あっあと」


「任されよ!総員出発!!」


 そういって団長は自身の馬に乗り走り出した。

 団長たちも馬車も走り出す。


「タリアーノ公国バンザーーイ!」


 団長は機嫌が良いらしくコチラに向けてそう言った。



 


「あのぅ、姫様、私たち…………」


「……グレゴリー、来る時に使った馬車は?」


「回収していきました。証拠品として……」


 


 オレたち三人は馬車で半日の距離を歩いて帰ることになった…………。

 

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