第6話 自警団と貴族のウワサ


 城下町から戻り教育係のウォルターからありがたいお説教を受け、寝巻きから着替える。

「なぁ、もっとスッキリした服ねぇの?Tシャツとジーパンとかさ?」とシャーリーに尋ねる。


「Tシャツ?ジーパン?なんですか、それ?」


 ……まだこの国にはソレらはないらしいがそんな国、現代にあるか?

 

 着替えを終えたオレは姫様用の応接室?で自警団のリーダーを待つ。

 するとこんな声が聞こえた。


「俺がこの町の自警団のリーダー、ルチアーノだ!わざわざ俺のこと呼び付けになったお姫様はどこに居られますかなぁぁ?!!!」


 なるほど、グレゴリーの言ってた『ガラの悪い下級市民』とやらは本当のことらしいな。


「ルチアーノ!やめろ!ちょっとまて!!」


 グレゴリーの声が聞こえる。

 連れて来てくれたようだ。

 ドカドカとわざとらしい足音も聞こえる。


「ここか?!」ガチャ!


 廊下の声の主が扉を思い切り開けて入って来た。


 その勢いに「ひいっ!」とシャーリーは怯える。

 

 入って来た男は筋肉質で日焼けした肌、汚れて穴の空いたの服、歳頃は30手前といったところか。

 ずいぶんと労働者然としている。

 

 恐らく、さっきわざわざ廊下で叫んだのも、

 この入場の仕方もきっと、舐められたくないからなんだろうな。

 ふと懐かしい気持ちになる。

 

 (地元にもいたなぁ、こういう感じの奴ら。)


 男は先ほどの勢いをなくし所在なさげに辺りを見渡してるので声をかける。

 多分こいつは誰に呼ばれたかあまり理解してなさそうだ。


「アンタが自警団のリーダーか、とりあえず座れよ、話が聞きたい。」


「ん??なんだお嬢ちゃん……?」

 

「どうした?座れよ、紅茶は飲むか?安心しろよ毒なんか入ってねぇよ。」


 コチラをジロジロと見ながら、なにか怪しむような疑うような雰囲気の男は促されるまま席へ着いた。


「シャーリー、お茶を出してやってくれるか?」


 シャーリーの方を見てそう頼むと、男がコチラを警戒する以上にシャーリーは男を警戒した目つきで睨んでいる。


 どうやらシャーリーはこの男を敵として認識しているらしい。

 まぁさっき驚かされたから当然か。


 (コイツ、警戒しすぎでオレの声届いてねぇ。)


 仕方なく自分でお茶を淹れるが見様見真似なのでびちゃびちゃだ。


「ほらお茶。…………おいなんだよ、さっきからずいぶんと大人しいな。お前、ホントに自警団のリーダーか?」


「はっ!?……いや、待ってくれ……アンタが姫様なのか?……前に聞いた話の姫様と、あまりにも印象が違いすぎて……その、アンタ本物か?」

 あぁそうか姫様らしく座りっぱなしが正解だったか。


「なにを失礼な!!間違いなくこのお方はレオノーラ姫様ですよ!!」


 いきなりシャーリーがブチ切れた。

 あまりにもいきなりブチ切れたので思わず笑ってしまう。


「くっ……ふふっ、シャーリー落ち着け、くふっ!」


「なんで笑ってるんですか!」


「いやお前、さっきまでとテンションの落差が激しすぎるだろ……。」


 ルチアーノは目の前の光景に目を丸くしシャーリーを無視して「もう一度聞くけどアンタ本当に姫様なのか?」とまた聞いてきた。


「アンタって!誰に口き……姫様、離してください!」


 今にもルチアーノに飛びかかりそうなシャーリー羽交締めし止める。面白いから放っておきたい気持ちもあるがこのままじゃ話が進まない。


「おい!誰かいるか?!コイツ連れてってくれ!!」


「失礼しますっ!」ガチャ


 大声で使用人を呼ぶと同時にグレゴリーがすぐに入って来てくれた。

 おそらくルチアーノをここまで連れて来た後、廊下に待機していたのだろう。仕事のできる男だ。


「ルチアーノ!お前何して……え?シャーリーさんの方ですか?」


「おぉグレゴリー助かるよ。そう、コイツを連れてってくれ。」


「?!……わかりました。」


 グレゴリーがシャーリーを連れて廊下へ出た。


「アレがアンタの侍女ってやつか?ずいぶんと獰猛なの飼ってんだな。」


「あぁ面白いだろ。オレも昨日から侍女にしたばかりだからあんな姿は初めて見たがより好きになったよ。」


「なんだアンタせっかく可愛い顔してんのに女好きか?もったいねぇな。」


 (女好き?…………あーそうか、今オレ姫様なんだった……ダメだな、すぐ忘れちまう。)

 

「………ってこんな話するために呼び出した訳じゃねぇんだわ、本題に入る。いいか?」


「いいけどよ……アンタ本当にその見た目でその喋りはなんか色々ヤバいぜ、口だけはうちの仲間たちみたいだ。」


「あー?褒め言葉だな。よしっ!こっからが本題だ。オレはレオン……じゃなくてレオノーラ知ってるな?この国の姫様だ。」


 ……あぶな、思わず本名が出た。


「ルチアーノだ、自警団のリーダーをやってる。本業は別だがな。」


「……話ってのは最近、城下町を騒がしてるっていう《人攫い》についてだ。」

 

 ルチアーノの目が真剣なものに変わる。


「その目、見る感じなんか情報がありそうだな。」


「……ふん、アンタがどっち側かわかんねぇからな。余計なことは言えねぇよ。」


「は?どっち……ってまさか《人攫い》はここの王家の人間が関わってんのか?!」


 (くそっ!その可能性は考えてなかった、いや考えないようにしていた!!悪い貴族、悪い金持ち、悪い権力者、いくらでもある話じゃねぇか!)


「……!?いや、王家っていうか……まぁいい、今の感じだとアンタは関係なさそうだから話してもよさそうだな。」


「ちょっとまて。」


 ルチアーノの話を遮って廊下に出る。


「シャーリー!!金どこ置いた?!!」


 と呼びかけるとバスルームの方からシャーリーが走って来た。

 それについでグレゴリーと知らないメイドが出てくる。

 

 おそらく、グレゴリーがシャーリーを落ち着かせるのに他のメイドに手伝ってもらった、とかそんな所だろう。


「姫様、さっきは取り乱して……」


「そういうのいいから、さっき渡したお金出して。よろしく。」


 「はいっ!」とシャーリー小さく答え慌てて応接室へ入っていく。


「グレゴリー、助かったよ。」


「いえ、姫様、私だけじゃなく、あちらのメイドさんにもお手伝いいただきましたので。」


 と二人で廊下へ目をやるとさっきまでいたメイドは消えていた。

 仕事に戻ったのだろう。プロ意識の高いことだ。


「狂犬のお帰りかー?」


 なんてルチアーノがシャーリーを煽る。


 煽られたシャーリーは犬みたいに威嚇してる。


「シャーリー、いいから早く出して。」


 と急かすと、煽るルチアーノの前にシャーリーがカバンをだして、不遜な笑みを浮かべてる。

 

「んだこれ?」と怪訝そうなルチアーノに「開けてみろ。」と伝えると鞄を開けた。


「なんだこりゃ?!金……?いくらあんだよ!?」


「さぁな、とりあえず一般人が数年は安定して暮らせる分って言って用意させた。」


「はぁ……で?コレがなんだよ、まさか俺にくれるってのか?」


「あぁやるよ。自警団の活動資金に当てろ。」


「へへ、はぁぁ??!!マジかよ?!」


 自分で言ったくせに酷く狼狽している。


「で?話を戻してくれるか?」


 と問いかけるとルチアーノはシャーリーとグレゴリーを見た。

 二人に聞かせていいものか悩んだようだ。


「コイツらも聞いた方が話が早いだろ。」


「そうかい、そっちがいいなら話を戻すぜ。

 ……《人攫い》はどっかのお貴族様が我らが公国民を他国へ売り払うためにやってる、ってのが最近ウチらん中でもっぱらの噂になってる。」


「貴族が……。」


「一番怪しいのは北部にデケー領土を持ってる、

 《エスクラード辺境伯》だ。

 まぁ姫様に今更言うまでもねぇけどわかるだろ?」


 (わかんねぇ……エスクラード辺境伯……そもそも辺境伯がわかんねぇ……)


 仕方がない!


「シャーリーのために説明してくれるか?」


 シャーリーを生贄に捧げる!

 グレゴリーの説明を召喚!!


「はい、姫様。ここからは私が説明しますね。

 エスクラード辺境伯、北部一帯を治める貴族です。その領土はここ王家と並ぶほどだとか、しかしあの地はを隔てて……」


「ちょっとまて!…………」


 急に聞きなれない単語が出てきて思わず話を止めてしまう。


「え?姫様、私、どこか間違えてましたか?」


 とグレゴリーは怪訝けげんそうな表情でこちらを見つめる。


 グランツ王国とアルピン山脈……これがわからん。

 わからんがもし聞いたら色々とバレそうだ。


 オレが言葉に詰まっているとシャーリーが恐る恐る手を挙げた。


「……あの、グランツ王国とアルピン山脈が私わからないんですけど……。」


「シャーリー!!」


「ひぃっっ??!なんでしょうか……?」


 喜びすぎて思わず声を出してしまっていた。


 (シャーリー!いい仕事だ!よく聞いてくれた!)


 「そこからかよ……?」


 ルチアーノは呆れた様子を浮かべる。


「あぁん!?全員が情報と推測を共有するために話してんだ!わからないことはわからないって言って何がダメなんだ!?それにシャーリーは南部の生まれだから北部のことに疎くてもしかたないだろ!!」


 と怒鳴りつけるとルチアーノは驚いて目を丸くしてる。


 これはただ自分で自分を擁護してるだけだが、周りからはシャーリーを擁護してるように見えてるのだろう。


「姫様……。」とか言ってシャーリーとグレゴリーはオレに尊敬の眼差しを向けてるので間違いない。


「グレゴリー、説明頼む。」


「はい!シャーリー、私たちのいるこの国がタリアーノ公国なのは勿論知ってますね?」


「はい!」と元気よくシャーリーは答えるその横で俺は……

 (タリアーノ公国?初めて聞いたぞ?!)

 と衝撃を受けている。


「我らがタリアーノ公国の北部にはアルピン山脈って大きな山がいくつも連なる場所があって、その向こう側にはグランツ王国ってとっても大きな国があるんですよ。」


「なんとなく聞いたことはあります、南部で育ったのであまり詳しくはわからないですけど。」


 (……タリアーノ公国、グランツ王国、アルピン山脈……全部知らないなんてあり得るのか……?)


 この時ようやく自分が瞬間移動で知らない国に来たのではなく、異世界に転移していたことに気がついた。


「王国はアルピン山脈のせいでコッチに干渉しにくいから実質的な自治権はあげるよって感じで公国が誕生したんだよな?」


「はい。今、ルチアーノが言ったのがこの公国のおこりですね。」


「……そしてその公国の北部を治めるのがデスペラード変態伯……」


「エスクラード辺境伯ですね。」


「エスクラード、そいつを捕まえたらいいわけだな!!」


 間違えは勢いで誤魔化すに限る。

 

「いやいやいや、姫様落ち着いてくれよ。あくまでもこれは噂って俺は最初に言ったぜ?

 相手も貴族だ、いくらアンタが王族とはいえ、もし違ったら大変なことになる。

 アンタさ、俺が言うのもなんだけど血の気が多すぎるぜ。」


「ルチアーノの言う通りですよ。まだ証拠がなにもないのに…………え?もしかして姫様最初から?!」


 ??

 

 グレゴリーが何かに気づいたらしい。


「つまり、姫様は最初からエスクラード辺境伯が《人攫い》である、証拠を集める為にルチアーノを呼び出し自警団に献金したってことですね!!」


「なにぃ?!そうだったのか?!」


「え?違うよ?」


「違うんですかっ!??じゃあいったい、なんのために献金を……?」


 なぜかグレゴリーが肩を落としている。


「いや違くもないんだけど、自警団に警察的な仕事をやってもらいてぇなって。」


「警察?」


 ルチアーノは初めて聞いた単語に困っている。


「さっきも言ってましたけど、その警察っていうのは我々のような衛兵やルチアーノたち自警団とはどう違うのでしょうか?」


「いや、大差ないと思うよ。違うとしたらをメインにやってほしいなって感じ。自警団の中にさ、そういうのを主にやる部署とか作れねぇか?」


「捜査を……?」


 ルチアーノ、いや全員ピンと来てないらしい。


「捜査だよ、調べたり追っかけたり探したり、あとはなんだ証拠集めるために侵入しちゃったりさ。」


「え?姫様……それって合法なんでしょうか……?」


 シャーリーから鋭い意見が飛んできた。


 …………………………


「オレがいいって言ったら良くね?姫様だし。」


 開き直ってみる。


「ははっははっ……ワハハハハっ!」


 ルチアーノにはウケたみたいで爆笑してる。


「キサマ、ルチアーノ!いくらなんでもその態度は看過できんぞ!」


「いいよ、グレゴリー怒るなよ、あとシャーリーも飛びかかろうとするな。」


 シャーリーを抱き抑える。

 たまに獰猛になるのめっちゃ面白いけど今はダメだ。


「はっーはー……あー笑った、悪い、いや申し訳なかった……。でも姫様あんた面白いよ。変わってる、いやイカれてるよ。」


「つまり……?」


「気に入った。あんたの為に働くのは楽しめそうだ。

 エスクラード辺境伯のとこに仲間から選りすぐりのヤツらを忍び込ませる。」


「グッド!」


 握手しようと手を出す。


「なんだいこの手は?」


「握手の文化はないのか?」


 と尋ねると三人揃って目を丸くしていた。


 ルチアーノは少し悩んだあと握手を返してくる。


「契約成立だな。」


「アンタ変わってるよホント、俺みたいなのと握手とか普通の貴族はしねーぜ?」


「育ちが悪いもんでな?」


「お貴族さまがよく言うぜ!!はっはっー」


 と笑いながらルチアーノが出ていった。


「どうなることかと思いました……」


 落ち着いたシャーリーが呟く。


「姫様は最初からどこまで見えていたんですか?」


 とグレゴリーが不思議な質問をして来た。


「何が見えてたって?」


「ルチアーノとの話し合いの顛末を読んでいたんですか?こういう形の終わり方がまるでわかったいたような……」


「あぁそういう事ね、なんも考えてないよ。」


「本当ですか?」とシャーリーも詰めてくる。


「ふぅ、一応考えはあったよ。」


 というと二人とも耳をそばだてた。


「自警団はガラが悪いってグレゴリーが言ってたからじゃあ表立ってできないような噂とかに詳しいだろうなって思ったから話を聞くつもりだった。そんだけ。」


「じゃあ、あのお金は何故用意したんですか?!」


「情報料、あとコレからなんかあったらよろしくねって意味だった。最終的に《人攫い》の証拠集めを依頼する形になったから依頼金みたいになったけどね。」


「姫様が自警団に何をよろしくするんですか?!」


 とシャーリーが食いついてくる。


「……ほら城の目の前の城下町を守ってるんだろ、自警団ってやつらは、だからコレからも我々の町をよろしくねって意味だよ。」


「姫様が町の住人のために……そんな……」


 二人とも驚いてる、というか多分、感動してる。

 マジでレオノーラ姫様の過去の所業がヤバそうで震える。


 ちなみに本当はルチアーノたち自警団と仲良くしてればいざ自分が姫様じゃないってバレても助けてくれそうだから金を渡した。ってことは墓場まで持って行くことにする。


 バタンっ!


「姫様!」


 ウォルターがいきなり入って来た。


「うぉっ!爺さんか、ビビらすなよ!」


「全て聞かせていただきました!姫様は姫様として素晴らしい成長を遂げられたという事実に、このウォルター感激です!言葉もありません!」


「うるせぇ……」


 (つーかここホントに異世界なんだよな……どうやって元の世界に帰るんだ?)


 入れ替わり、異世界転移、二つの問題に加えて、さらに人攫いのことまで……まぁどうにかなるか。


 …………あっ自分の元の身体のこと忘れてた。


「ルチアーノが証拠集めるまで時間かかるだろうし地下牢いってみるか……」


「地下牢?!なりませんぞ!姫様が行くようなところではありません!!」


「ちっ!うるせー!!」


 その場から走って離脱した。


「姫様まってくださーーい!!」


 シャーリーが追いかけてくる。



 ――――地下牢――――


「ねぇ?聞いてる?」


ゴンッ!!


「はいっ!聞いてます聞いてます。上にいる姫様は本当は侵入者で不審者でコチラにいるのが本当の姫様なんですよね!」


「あら?本当に聞いてたのね……紛らわしい。」


「あんたがその話しかしないからだろ……」


 ボゴンッ!

 バキッ!

 

「なんか言った?」


「いえいえ……ホント大変ですねーって言っただけですよ、はいっー!」


「あらそう、わかってんなら良いのよ。」


「頭がおかしくなりそうだ……」


 

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