第3話  ある日ヤンキーくんはお姫様になりましたとさ

「あーあー!嗚〜呼〜!」


 声を出してみる。

 

 出し方がどうあれ高い。

 誰がどう聞いても女子の声だ。

 

 窓ガラスにうっすら映る自分の姿は過去、十八年間付き合ってきたそれとは大きく違っている。


 髪が長い、ブロンドになってる。

 瞳の色も青い。

 背が低い、顔も小さい、肩も小さい。

 股には大切なものがないし、胸もある。

 誰がどうみても外国の女の子だ。

 

 服なんか嘘みたいにヒラヒラしてる。


 誰がどう考えてもオレは女の子だ……。何度見ても窓ガラスに映るのはオレではなく可愛らしい女の子だ。


「??……コレがオレ……??」



 あれ?もしかしてオレと、この女の子、入れ替わってる?


「気づいたら瞬間移動で海外にいて、そこのお姫様とぶつかって入れ替わるって、なんだよそれ……つまんねぇドラマかなんかかよ。」


 そう呟き窓ガラスに手をつく。

 

「あのぅ、姫様。」


「うおっ?!!んだコラ?!ヤンのかこら?!」


「ひっ!すみません、すみません。」


 いきなり声をかけられ、驚きついでに恫喝してしまう。

 振り返ると声をかけてきたヤツが地面に頭をつけて謝っていた。


「すみません、すみません、許してください!!」

 

「いきなり話しかけんな!ビックリするわ!」


 謝罪を繰り返しているのはさっき見かけた古風なメイド服を着た少女だ。

 いや、服が同じなだけか。

 


「クビにしないでください!!!私には田舎に親と妹と……」


「いや謝りすぎだって、別にオレそんな怒ってないって、な?オレも言いすぎたよ。悪かったな。」

 クビにしないでってことはコイツにもオレは姫様?に見えてるのか……。

 残念ながら入れ替わっているのは確定だな……。


 笑えるわ。地元最強とまで言われ恐れられたオレがこんな喧嘩もしたことなさそうな姫様になるなんて……。

 


 ??


 メイド服の少女は不思議そうな表情を浮かべてフリーズしている。


「どうかした?」

 

「あっすみません。姫様に謝られるなんて、じゃなくてそんな!その……すみませんでした!」


 と背中を向けて小走りで駆け出した。


「えー……??」


 オレが姫様の姿でこんな口調だからなにか疑われてるのかと思ったがどうやら違うらしい。


 ……つまりなんだ、この身体の元の持ち主は


 そんなヤツいるか?


「おーい!つーかさ、あんた今、なんか話あったんじゃねーのか……」


 とその背中に声をかける。


「すみません、すみません、そうなんです。お話がありました!……えっと、姫様のお呼びになった仕立て屋さんがいらしてます!」


 と言いながら大急ぎで戻ってきた。


「えーと、君は、メイドさん……?」


「はい!この四月からお世話させてます!シャーリーです!よろしくお願いします。」


 どちゃくそ噛むじゃん。

 そんで訂正しないじゃん。

 それでいてスゲー笑顔。

 

 オレはこの子のことを初対面で気に入った。

 

 おもしれー女だからだ!

 

「シャーリーな、覚えたわ。そんでオレはどこに行けばいいの?」


「はい!仕立て屋さんが待ってますので、そちらへ行っていただけると……。」


 (仕立て屋さん……ホントに姫様なんだな……)

 

「えー、……そちらって?」


「姫様のお部屋ですよ??あっ姫様用の応接室でした!」


 (ソコがドコかわからんのよな……。でも、そんなこと聞いたら怪しま……れる……?怪しむか、普通?)


 人の中身だけ入れ替わるなんて普通あり得ないし疑わないよな。


 当事者のオレですら未だ実感なくて信じられないんだし。 

 

 つまり……どんなに怪しい言動しても平気だろ!

 


「おっけおっけ、応接室な。シャーリー、悪いんだけど今からソコまで案内してくれるか?」


「え……??応接室までですか?……はい、わかりました……」


 (むっちゃ怪しんでる?!!)


「姫様……失礼ですけど、いつからご自分のことを《オレ》なんて下品な呼び方……」


「え?!オレ?!そんなこと言ってないわよ!怖いわ!ワタクシ怖いわ!!」


「ひぃっ!!すみません、すみません、忘れてください私の勘違いでした!!」


「早くその仕立て屋さんの所へ案内してくださる?ワタクシ待ち遠しいですことよ??」


「はいぃ!今、今すぐ!!」


 シャーリーについて行く形で歩く。


 スカートがヒラヒラしていて歩きにくい。


「その……姫様、歩き方が……」


「え?あぁうん、ちょっと股が痒くて。」


「えぇっ?!そうだったんですか……」


 なんか納得してる。すまん姫様、もし体が元に戻ったあと変な噂がたってたら謝る。

 

 (しかし姫様らしい歩き方とか話し方とかめんどくせぇな……。つーか正解がわからん。)


 そんなことを考えながらシャーリーの後ろをついて歩くと、すれ違う人がみんな頭を下げてくる。


 使用人ってやつなのか?

 そんでこんだけ頭下げられるってことはオレは今、その使用人たちの雇用主……ホントに姫様なんだな。


 いちいち会釈に「ごきげんよう。」なんて返すと後ろの方から小声で(姫様から挨拶を返されたぞ……)とか言ってるのが聞こえる。


「挨拶返しただけでざわつくとかどんな人間なんだコイツ……。」


 

 (なんかちょっと姫様のヤバさに興味出てきたな……)

 

 とりあえずこの「姫様」のふりをして情報を集めるしかない。

 

 最優先は地下牢のオレ(中身姫)を助け出すことだ、なんの刑になるかわからんが死刑とかになったらヤバいからな。


 その次は日本へ帰る飛行機の手配だ。

 1円も持ってないから大使館的なのに頼るのも手か。 


 (とにかく無駄に怪しまれたりしないようにオレの中の姫様のイメージで乗り切るしかねぇな。)


 

 そんな事を考えていると大きな扉の前でシャーリーが立ち止まった。


「こちらでお待ちです。」


 と言って扉に手を添える。


 それに気づかなかったので自分で開けると「あぁ姫様がご自分で扉を……」と中にいた白髪頭の老紳士ってぽい爺さんがつぶやいた。


 (なるほど姫様は自分で扉はあけないもんなのね。めんどくせぇ。)


 中に入ると数人の男たちが立っていた。

 大量の衣服がなんか、動く服掛けみたいなのにいっぱい掛けられている。

 

「で?誰が仕立て屋さんだって?」

 

「「「え?!」」」


 (しまった。今日が初対面じゃないのか!?くそっコイツらの中からピンポイントで仕立て屋さんを当てるとか無理ゲーだろ!)


 ヒソヒソ


 って目の前で噂話をするバカがいるか。


 (仕立て屋って今……)


 聞こえてるぞバカ。つかそっちに驚いたのか。


「ごほんっんんっノドが調子悪いな、うんっうんっ!……で?仕立て屋は最近調子とかどうよ、え?」


 と当て感で話しかけたヤツはどうやらただの使用人だったようだ。


「あの、仕立て屋は私です……あの体調が悪いようでしたらまた別の日に改めて来ますけどいかが致しましょう……?」


 細身の男が手を挙げた。

 コイツが仕立て屋さんか。

 いや仕立て屋か。


 もっと肩からメジャーとかぶら下げてそれっぽい格好しとけよ!!紛らわしいっ!

 

「あの、レオノーラ様、つい先月も大量に買われたばかりですので今回は余り……その、控えるべきかと……。」


 謎の白髪頭の老紳士に小言を言われた。

 なんだこいつ執事とかそういうのか?


「ん?じゃあ爺さんもこう言ってるし、いらねぇわ。」


       ?!


「ええ!?……いらない……?」


 (いやアンタが控えろって言ったんじゃん。) 


 全員驚いた顔を向けるが仕立て屋が一番驚いたようで虚空を見て口をパクパクしている。


「え?だってこないだ買ったばっかなんでしょ。着るもんあるなら別にいらないよ。悪いな、来てもらったのに。」


「悪いなっ?!!」


  爺さんが今度は腰を抜かす勢いで驚いている。


「姫様が謝った……姫様が庶民に……。」


「ひいぃぃ。こわい……。」


 使用人のやつらも驚いてるしシャーリーに至っては怖がってる。


「……まぁそういう事だからとりあえず、今日は帰ってくれ。な、また頼むかもだけどさ。」


「」


 言葉も出ないみたいだ。悪いことしたな……

 この山のような服を見るに大変な仕事だっただろう。少し心苦しく思わなくもない。

 

 放心状態の仕立て屋を部屋の外で待機してた鎧コスプレの警備員たちが連れ出してくれた。

 

 コスプレ警備員も味方になると便利だな、なんて思っていると爺さんが寄ってきて頭を下げる。

 


「レオノーラ様、私は嬉しいです。よく私の助言を聞き入れてくださいました。何があったか知りませんが急にずいぶんと大人になられましたな。」


「え?あぁうん、まぁな!」


 爺さんは「おおー」とか言って拍手してる。

 残ったヤツらも拍手してる。

 シャーリーもよくわかってないけど拍手してる。

 


 (えー、これだけでこんな褒められるって姫様って結構チョロいなぁ。)


 ―――― 


「さて、では我々は失礼いたします。」


 そう言って使用人たちと爺さんはどっかへ行った。


 シャーリーは手持ち無沙汰そうにオレの横に立っている。


 (よくみるとコイツ結構可愛い顔してんな。)


 シャーリーの顔を覗き込む。

 栗色の髪に薄ら赤みがかった瞳がよく映える。

 やっぱどうみても日本人じゃないし。


「ここはホントに日本じゃないし観光地でもねーんだな……」


 (瞬間移動して知らない国に来てそこの国のお姫様と入れ替わって……なんだこれ、もうここが実は異世界でも驚かねぇわ。)


 そんなことを考えていると

 

「……えっと、あの、姫様、」


 と顔を赤らめたシャーリーが呟く。

 

 顔を覗き込んだまま考え込んでしまったので恥ずかしかったのだろう。

  

 (しかしコイツも歳はオレより下だろうに、こうやってしっかり働いてるんだから偉いな……しっかり?)


  

「シャーリーはさ、」


「はい!姫様。」


「オレに付き合ってくれるの助かるけどさ、

 自分の仕事はないの??」


「え?……ひいいぃぃぃ!」


 本業をサボっていることを今、思い出したようだ。


 (オレを仕立て屋のところまで連れてった段階で仕事に戻るべきなのに戻らないでいたのはサボりたかったからじゃなくて無自覚だったのか。)

 

 こちらに頭を下げ謝罪しながら後退していくその様はなんだか変なザリガニみたいで面白い。


「ごめんなさい、ごめんなさい、すぐに掃除にもど……」

 

 ガシャーーンッ!!


 後ろを見ずに後退するシャーリーが廊下に置いてあった花瓶を落とした。というか割ったわ。


 そしてその中の水をモロに被った。


「ひぃいい!ひやぁあああ冷たっ!!ごめんなさいぃぃ!!!」


 大きな音に反応して近くの使用人たちが集まってきた。


 オレはその姿があまりに面白くて笑いが止まらなくなる。


「あはっははっ!やべー……面白すぎる!」


 抱腹絶倒状態のオレを集まったヤツらが何事かと見守っているのが見えたが気にせず笑い続ける。


 シャーリーが泣いて謝っているのを見るに割ったのは高い花瓶なのだろう。


 なんか偉そうなメイド服のオバサンがシャーリーに「クビよ!クビ!」とか怒鳴っているので助け舟を出してあげることにした。


 だって、こんなに面白いヤツ、クビにしたらつまんねーし。


「はー、くっそ笑った。」


 シャーリーのところへ向かう。


「姫様、誠に申し訳ありません。ただちにこの小娘はクビにいたします。」


 メイドリーダー的なオバサンがこちらに謝る。


「あーいいの、いいの。シャーリーは面白いからクビにしないで。」


「ええ?!!良いのですか?」


「あとさ、シャーリーは一人仕事だとサボるからオレのアレにしてくれる?あの、ほらマネージャーみたいな。身の回りの世話してくれる仕事。」


「マネージャー……??……え?それってシャーリーを姫様の侍女にということですか?」


 侍女って言うんだ。

  

「それそれ、侍女にしてよ。」


「いいんですか?姫様は侍女を持つことをずっと嫌がってましたのに……?」


 (やっべ……そうなの?)


「あーでも気が変わったわ。うん、今からシャーリーはオレの侍女ね。あと誰かタオル持って来て、それか風呂場に連れてってやって。」


「姫様……!!!ありがとうございます!私、一生姫様について行きます!姫様のためにならなんでもします!!」


 花瓶の水を被ってびちゃびちゃのシャーリーが両手でガッツポーズをしている。


「ちょっと重いな……まず最初の仕事な、濡れたまんまだと風邪引くから乾かすか風呂いってこい。」


 そういうとシャーリーは元気にどこかへ走って行った。

 

 (そういえば本物の姫様ってどこ行ったんだろ。…………まぁオレの身体があるからどんな状況でも余裕か。)


「姫様が侍女を……?」


「しかもその侍女がポンコツシャーリーって……」


「それより姫様、さっきから自分のことオレって……」


 なんて声が集まった使用人っぽい奴らの方から聞こえてきた。

 ココの奴らは聴こえるように噂話するバカが多すぎる……


 (つか、やべぇ!……一人称変えるの忘れてた。)


 まぁ今更だし、もういいか。


 


 ――――地下牢――――


 

「誰かーー!出してよー!!私が本当のレオノーラなのよ!!アイツは偽物なのよーー!」


暗い地下牢の中を悲痛な声がこだまする。 


 ドンッ!!!

 

「うるせーぞ!テメーみたいなゴツい男がレオノーラ姫さんなわけねーだろ!」


 隣の牢屋からガラガラの声で怒鳴られる。

 

「ひー!暗いよー怖いよー汚いよー臭いよーーー誰か助けてーー!!!!」


「うるせぇーつってんだろ!!」

 

ドンッ!ドンッ!

 

「ひぃぃぃい!!もういやーーー!!!!!」


 不良少年(姫)の苦悩は続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る