エピローグ中編・裏切り

「今日もお疲れ様。貴方」

 膨大な数の書類仕事を終えた王様に王妃はホットミルクを渡す。


「ああ、今日もよく働いのう。だがその分民が幸せになれると思うと疲れも吹っ飛ぶというものじゃ」

 特に疑うこともなく王妃から受け取ったホットミルクを飲む王様。


 そして変化はすぐさま訪れた。


 パリン


 ホットミルクの入っていたカップを落として胸を抑える王様。

 王様の身体中には激痛が走り魔力回路も阻害されて、魔法が練れなくなってしまっていた。


「グハ、こ、これは何じゃ。魔力が練れない・・・まさか」

 ホットミルクに魔力阻害系の毒が盛られた可能性を考えて王妃の顔を見る。

 

 王妃の顔はこれまで見たことない程醜く歪んでいた。


「フフフ。ハハハ。貴方が貴方が悪いのよ。いつもいつもいつも民民民、民にばかりかまけて、私をないがしろにする貴方が悪いのよ」

 王妃は自分の想いを醜く歪んだ顔でぶちまける。


 だが、王様は決して王妃をないがしろにしたわけではなかった。

 むしろ、王様として膨大な仕事に追われながらも出来る限り一緒に入れる様に時間を作り記念日や誕生日も忘れず必ず祝っていた。

 王様は建国時から一緒にいて自分を支えてくれていた王妃を心の底から愛していた。

 だからこそ優しき王様は自分の足りない所に目を向けて反省をする。


「そうか。すまなかった。マーヤよ。どうか愚かな儂を許してくはくれないか。これからは」


「これからはありませんよ。敬愛なるお師匠様」

 転移魔法を使い、目の前に現れるは王様の一番弟子にして最も王様が信頼、信用する存在。

 アーシンであった。


「どういうことじゃ?」


「こういうことですよ」

 アーシンと妻が目の前で濃厚なキスをした。

 妻の顔は若かりし頃にしか見せてくれなかったメスの顔であった。


 王様は理解してしまった。理解してくはなかったが理解してしまった。

 愛する妻と愛弟子のアーシンがそういう関係だと。


「アーシン、お前、何かの冗談じゃよな」


「ハハハハハ。ハハハハハ。フハハハハハ。冗談。冗談な訳ないですよ。私はずっとずっとずっと貴方が嫌いでした。大嫌いでした。

 それだけの絶対的な力を持ちながら、民の為民の為と馬鹿の一つ覚えみたいに民の奴隷に自らなる貴方が。

 貴方は力があるのだから、もっと暴力的に自由に生きればいいじゃないですか。

 だから決めたんです。私が貴方から全てを奪うと」


 アーシンは自らの歪んだ欲望を吐露する。

 貴族として生まれ一切の苦労を負わず、更には圧倒的な魔法の才能を持ち、誰からも褒められ認められながら、最高の賢王の一番弟子となり、何の苦労もせずに地位と権力と莫大な財まで手に入れてしまったアーシンにとって世界とは自分を中心に回るものであり、自分の為に世界が存在していると勘違いしてしまっていた。

 そして、それ以上に自分以上の力を持ちながらも、その力をたかだが平民の為に使う王様が気に喰わなかった。

 だからアーシンは王様にバレないように緻密に計画を立てて実行した。

 気に喰わない王様を地獄に叩き落して殺す計画を。


「そうか、アーシン。これは儂のミスじゃ。大きな挫折も苦労も背負わずに生きさせてしまった弊害じゃな。もっと厳しい試練を与えて挫折を教える必要があったのじゃ」

 王様は今までの人生経験からアーシンの心情を完璧に見抜いていた。見抜いた上でどうしてもっと早く気が付けなかったのかと自分も責めた。


「何を世迷言を、今更魔法を使えない貴方に勝てる道はない。大人しく死ぬがいい。それにもうそろそろです。彼らが来る」


「それはどうかのう、これでもこの身一つでこの国、ローズ王国を作ったのが儂じゃ。魔法が使えない程度でどうということはない」

 普段は幻覚魔法で隠されている王様の肉体に刻まれたるは何百何千という夥しい傷、そして筋肉、圧倒的な筋肉であった。

 盗賊によって全てを滅ぼされた後、魔法と一緒に格闘術も鍛えた。

 魔法を使い効率的に肉体を鍛錬し、その身一つで魔法を使わずに何百という盗賊を殴り殺してきた。

 格闘術においてはあの格闘王がいたから、目立たなかったものの王様の格闘能力でいえば世界でも5本の指に入る圧倒的な強者であった。


 パリパリパリパリパリパリパリン


「は?」

 アーシンが事前に準備していた上級魔法・七重障壁がたったの一撃で全て割れた。

 町を焼き滅ぼせるドラゴンのブレスですら無効化する七重障壁がたったの一撃で全て割れたのだ。

 それは王様の素の肉体から繰り出される拳がドラゴンのブレスを凌駕しているという証明であった。


「少し眠れ。儂がお前に足りてなかった挫折を味合わせてやろう」

 

 キック


 その一撃はパンチのおおよそ3倍といわれている。

 アーシンの緊急用障壁全てを破壊し、それでも衰えることなく放たれた一撃はアーシアの足を破壊、更に衝撃で全身の骨が折れ、罅割れ、そのまま3メートル先にある壁に激突して小さなクレーターを作る。


「回復魔法・完全回復、クソ、この化け物め」

 常人ならば瀕死の重傷、しかしアーシンは腐っても超一流の魔術師であった。

 事前に詠唱を済ませておいた回復魔法で自分の身体を回復させる。

 しかし痛みは感じる物、蹴りによって受けた苦痛は今も体の芯に響き激しい痛みとなり襲い掛かっていた。 

 それをグッとこらえて王様を睨みつける。

 

「立つか。アーシンよ。その根性は認めてやろう」


「うるせぇ!爆裂火炎弾」


「そのようなちゃちな炎如き、我が肉体の前では無力」

 最高温度は鉄すらも溶かす、1538度を超える炎を上半身にもろに喰らってもなお、服が焼ける程度の済む。

 魔法で徹底的に改造してきた王様の肉体は常人のそれを優に超えた性能を持っていた。


「ならば、切り裂け、死風鎌」

 爪の部分に敢えて当てて、少し伸びた爪を切らせる。


「爪切りとしては100点、いや80点をやろう」


「爪切りだと。ふざけんな!その余裕を打ち砕いてやる。雷魔法・雷伝g」


 パン


 魔法を唱える前に猫だましによって強制キャンセルをされる。


「その魔法は広範囲魔法だ。不倫したとはいえ儂の愛する妻に当たるだろうが。それとも何だ。お前、本当にマーヤの事を愛してるのか?

 愛しているのなばら雷伝轟雷なんて魔法使わないじゃろう」

 アーシンの首根っこを掴み、締め上げる。

 その姿には怒気が宿っていた。


「もう、やめて、貴方」


「な、マーヤ・・・」

 裏切られたとはいえ、長く愛していた妻の言葉に力を緩めてしまう王様。

 それが命取りとなる。


「ナイスだ。マーヤ。後で可愛がってやる。音魔法・一斉合図」

 

「一斉合図だと?誰に合図をした。答えろアーシン」


 ドン


 ドアが突然蹴破られ、ローズ王国の騎士団長、副騎士団長が侵入する。


「王様、いいえ、禁忌の使用者・最悪の犯罪者マグニよ。そのお命頂戴致す」


「何をふざけたことを。儂が禁忌を犯すなぞ・・・まさか、アーシンお前ぇぇぇ」

 アーシンに殴りかかろうとするも、騎士団長の剣によって阻まれる。

 王様は世界で5本指に入る最強の格闘家ではあるが、最高の防具と武器を携え、支援魔法をかけられた状態の騎士団長は容易に倒せる相手ではなかった。

 ただ、倒せないわけではない一人であれば、王様の目の前に広がるは、数十人の騎士団長と副騎士団と技量に多少のばらつきはあれど、その力は王様が自ら選び任命した一騎当千の強者達であった。


「何故、お前たちが儂を裏切る。儂が禁忌を使用するような人間ではないと知っているであろうに」

 王様は対話を試みる。自分が選んだ騎士団長や副騎士団長達は確かな清廉さと高潔さと騎士道を兼ね備えた英傑達だと信じていたから。


「ええ。知ってますよ。ただ、怖いんですよ。たった一人でローズ王国の全ての戦力を超える力を持っているのに何も求めずただ民に尽くす貴方が私達は怖いんですよ」

「そうだ、そうだ」


「憎いんですよ。貴方が無駄に倹約家のせいで私達は王様よりも贅沢が出来ないから、せっかくの給料も地位も権力にろくに使えないことが」

「ああ、本当にその通りだ」


「大国であり最も栄えているローズ王国の栄えある騎士団長になったのだから、もっと贅沢がもっと権力を振いたいんだ。俺達がこの国を守ってるんだ。じゃあもっと自由にやらせろよ」

「俺も同じ気持ちだ」


「それに王様が余りにも優秀過ぎるせいで、俺達が何をしても王様ならばって比較されんだよ。オークの軍団から何とか民を救ったのに王様だったらもっと早く終わらせてた。王様だったら更に畑に豊作の魔法をかけてくれてたと、文句を言われる俺の気持ちが分かるか」

「私も同じ気持ちだわ」


 王様は民の為に尽くしていた、尽くし過ぎていた。

 だから、民にとってはそれが当たり前になっていた。そして、その当たり前を民は騎士団にも求める様になっていた。

 騎士団も最初は王様に憧れて立派な騎士道を貫き通し民の為に尽くせていたかもしれない、それでもどれだけ自分が尽くし努力しても王様という超えられぬ壁は一部の例外を除き騎士団員達の心を折ってしまった。

 更に言えば王様は清廉潔白で清貧であった。

 権力を振いたい贅沢をしたいそういった欲を持った人間とは根本的に相性が悪かった。

 そして、何より王様は強すぎた。

 魔法一つで天候を操り災害を食い止め、全てを破壊し創造出来る力を持った王様は一定以上の力を持った存在からしたらある種の恐怖の対象になってしまっていた。


「そうか、そう思っていたのじゃな。では言ってくれれば良かったのじゃ。お主らも儂にとっては大切な民なのじゃ。

 法律を破らないのであればどれだけ自由に振る舞っても良いし、自分で稼いだお金をどう使っても良いのじゃ。文句をいう奴がいれば儂自ら叱ってやろう」


「そういうところですよ。王様。僕達は今反逆を起こしたんです。何、それを許すどころか要求を呑む。そういうところがどうしようもなく怖いんですよ。

 だから死んでください。僕達が貴方という恐怖から解放される為に」


 シャキン


 各々がそれぞれの武器を抜く。


「ならば、しょうがない。何、殺しはせん」

 王様はホットミルクの中に魔法封魔痛薬と呼ばれる、常人が飲めば激しい激痛と魔力回路不全により一生魔法が使えなくなるという恐ろしい効果を持った劇薬を飲まされていた。

 ただ、王様の身体はこの魔法封魔痛薬に対しての耐性を作り始めていた。

 まだ万全ではないものの、0.1%程魔法を使えるようになっていた。

 そして、世界最強の魔法使いである王様にとってはその程度で充分であった。


「お前ら、かかれ~~~。俺は支援魔法を行使する」

 アーシンの叫び声と共に王様に襲い掛かる。


「身体能力強化」

 今使える全ての魔法力を使い、自分の身体能力を補強する。

 

 騎士団長を殴り飛ばし、次々と襲い掛かってくる剣を躱し破壊し、副騎士団を蹴り飛ばし、騎士団長を蹴り飛ばする。

 一人で戦って戦って戦った。


 グサリ


 ただ、多勢に無勢であった。

 王様は強かった。

 強かったがしかし、魔力のほとんどが封じられた状態で殺さないという手加減をしながら一騎当千クラスの戦士達と超一流の魔法使いの戦闘には敵わなかった。

 腹部を剣で貫かれ、その剣には魔力阻害に特化した魔法封魔薬が塗られており、また魔法が使えなくなってしまう。

 そこからは一方的な戦いであった、バルコニーの窓の所まで追い詰められ、身体から多量の血を流していた。

 もうまともに戦える状態ではなかった。


「儂も衰えたのう」


「衰えた・・・ですか。魔法もろくに使えない状態で魔法使いが一騎当千の戦士を数十人殴り蹴り倒して、衰えたですか。

 ハハハハハ、お師匠様は本当に化け物ですね」


「いいや、衰えた。しかし、そうか儂はここで死ぬのか」


「そうですね。ですが、その前にこれを見てください」


 バン


カーテンが開かれる。

そこにはヤジを飛ばす大勢の国民がいた。


「クソったれた愚王め」

「今までどれだけの人の命を奪ってきた」

「死ね、この最悪の犯罪者が」

「狂人め。俺達はおかしいと思ってたんだ」

「とっとと死ね、死んで償えクソ王が」

「最悪の禁忌を使用しておいてよく俺達の為とかいえたな」

「返して、私の子供を返して。貴方が生贄に捧げた私の子供を返してよ」

「殺せ、とっとと殺せ。殺さなければまた犠牲者が出る」

「今までよく王なんて出来たな」

「死ね、クソ王が。死ね」


 大勢の国民は王様に対して怨嗟の声をあげる。

 

「これは、一体どういうことじゃ・・・」


「お師匠様は余りにも強すぎました。強すぎる上に民に対して優しすぎた。だから民はずっと怖かったんですよ。何で王様はこんなに強くて優しいのか。

 だから僕は理由をあげました。

 実は王様は民を誘拐して生贄にしているから強いという出鱈目な噂を」


「この、クソ野郎がぁぁぁぁぁ」


「結界魔法・結界・障壁魔法・七重障壁。

 まだ殴る力があるとは怖いですね。

 でも、お師匠様、私はあくまで少し噂を流しただけ、正直ここまで噂が広がって民が憤るとは思ってませんでした。

 実際はただただ王様は優しいだけ、その力も努力によるものなのに。

 やっぱり民も怖かったんですよ。強大な力を持つお師匠様がね」


「そうか・・・そうだったのか」

 心の底から愛していた妻には不倫され、心の底から信頼していた愛弟子に裏切られ、良き理解者であると思っていた騎士達には反乱を起こされ、何よりも大切に尽くしてきた民からは根も葉もない噂ただ一つで死んでくれと罵倒され暴動を起こされた。

 王様の心は擦り切れてしまった。


「では、お師匠様、これでさよならです。貴方がもっと人間らしい欲望を持っていればこうはならなかったと思います。来世ではもっと自由に人間らしく生きることをお勧めします。弟子である私からの最後の忠告です。

 せめて、最後はお師匠様の最も得意な魔法で殺してあげましょう。

 雷魔法・雷刺」

 一筋の雷が王様を貫ぬいたかにみえた。


「魔法理解・逆演算

 愚かな。儂の魔法だぞ。逆演算も容易だ。そして逆演算のおかげで宙に浮いた魔力が手に入った」


「クソ、不味い、騎士共、今すぐお師匠様を殺せ~~~~~~」


「もう、遅いのじゃ。転移魔法・ランダム転移」


 そして、ローズ王国に建国者であり、史上最高の賢王にして史上最強の魔法使い・マグニは何処かに転移をした。




―――――――――


 補足説明

 マグニ王は偉大な王です。

 王として優秀過ぎるくらい優秀な王です。

 王に必要な素質である1を捨てて100を救うという言葉を、その実力をもって1も救って100も救うを実現できる王です。

 自分が飛びぬけて優秀過ぎることを自覚しており、自分の身に何かあってもローズ王国が存続できるように弟子を取ったり優秀な騎士を育成したりしています。

 心も清廉潔白にして高潔にして慈愛と慈悲に満ちています。

 マグニ王の過去編はおいおいやってくので、また後々。


 因みにしっかりこいつ等のざまぁはやりますので安心してください。

 というか、常識的に考えて圧倒的に優秀で正義の心に満ちた最高の王を欲望のままに殺したら、他国との関係悪化はもちろんのこと、今回の件に加担していない真にマグニ王に忠誠を尽くしていた騎士や臣下が全員敵に回るんだよ、そんなのって絶望じゃん。

 正直、このざまぁが一番の盛り上がり所まである。マジである。

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2024年12月17日 19:00

史上最高の賢王~愚かな民と弟子と不倫した妻に革命を起こされて殺されかけたら何故かTSして美少女になった挙句、ダンジョン溢れる日本?って国飛ばされたのでのんびり平和に無双します~ ダークネスソルト @yamzio

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