第23話 やつがまた来る

 一人家で過ごすのはなんだか心細く、かと言って外をふらふら歩くのもなんだか怖い。


 休日、折角声をかけて貰ったので、俺は瑠香さんと出かけることにした。とんでもない大金を握ってしまった俺は、その道の先輩に頼ることにしたのだ。


 向こうは一緒に出掛けたいという名目で声をかけてくれたのだが、こちらはお金の使い道を聞くために会いたい気持ちだ。


 約束の駅前にて、のんびりと待つ。家にいるのはなんだか気持ちが落ち着かないため、30分も早く待ち合わせ場所に来てしまっていた。

 こういうときにタクシーを使えないのが貧乏性なんだろうな。片道切符350円で来てしまった。安い!


 周りにも待ち合わせをしている人たちが沢山いて、皆片手にスマホを持ってポチポチと何かを入力している。俺はまだそのスマホぽちぽち時間つぶしに慣れていないので、のんびりと空を見上げていた。スマホって何をそんなにやることがあるんだろう?


「おい、また会ったな。よくお前と会うよなぁ」

 待ち合わせ場所に先に到着したのは、瑠香さんではなかった。最近聞き慣れたその声は、またあの男である。


 橘。銀行で出世コース一直線のエリート男。

 元同級生で、最近やたらと縁がある。


 今日は日曜日だというのにスーツを身にまとっていた。


「……ほんとな。嫌なやつほど良く会うよな」

「って、俺が嫌なやつってか!?冗談きついぜ」

 橘は陽キャオブ陽キャだからな。まさか自分が苦手な人物だという事実なんて頭の片隅にもないのだろう。ほんと幸せなやつ。


「野輪なにやってんだよ。待ち合わせか?」

「うん。てか、そっちこそ何やってんだよ。今日は休みじゃないのか?」

「ふふっ、よく聞いてくれた!」

 まさか、地雷を踏んだか?


 その様だった。そこから橘の怒涛のマウンティングガトリング砲が始まった。


 今日は業界の大物も大物、超VIPとの仕事があって、その立ち合いらしい。その総責任者に橘が指名されて、休日出勤だというのにうっきうきなんだと。


「知っているか?うちの銀行のCM。毎回大物芸能人を起用してるんだけどさ、最近はネットで有名になった人を起用する機会も増えてたんだよ。だけど、今回は本物も本物!」

「ああ」

 昔はよくTVでCMを見ていた気がする。大手銀行のCMに出てくる女優さんや俳優さんはどれも清潔感があってスタイリッシュな人たちだ。今の時代もそうなのかとぼんやり考えていると、まさかの名前が出てくる。


「今業界騒然の人、なかなか契約がとれなかったんだぜ?でもうちの資金力とブランド力だろうね。なんとか勝ち取ってCMに出て貰うことになったよ。こういうのに疎いお前でも名前くらいは聞いたことあるんじゃないか?Yoruって名前を」

 あっ、魔王か。


「良く知ってるよ。昔からの知り合いで、この前コンビニで話したな」

「は!?」

 この言葉に橘が表情を大きく変えた。

 なんかオコである。


「つまんねー冗談言ってんじゃねーよ。嘘もタイミングを選ばないとただただ他人を不快にさせるだけだぞ」

 本当のことを言ったら、なんか大人の説教をされた。


「お前なんかがこんな大物女優と知り合いなわけないだろ。俺でさえ、仕事関係でしか会えないし、マネージャーの許可がないと声すらかけられないんだぞ」

「そうなのか。あいつ好きな食べ物があって、苺に目がないんだ。駅前に美味しそうないちご大福の店があったから買って行ったらどうだ?」

「……なんなんだよ。きもいってお前」

 きもいか。

 せっかくお前の出世を手伝ってやろうと思ってやったのに。


 魔王ことYoruは本当に苺が好きなんだ。その恐ろしかった見た目とは裏腹に、魔王の傍らにはいつだって苺の加護を持った従者が控えていたくらいに。きっとこっちの世界に来ても、その好みは変わってないだろう。取り入るなら苺は最高の差し入れになるだろう。


「苺買って行かないのか?」

「買って行かねーよ。ったく、お前たまに意味の分かんねーこと言うよな」

「そうかな。そうだ、橘、お前今年収幾らだっけ?」

 少し意地悪してやりたくなってきた。


「あん?1000万円越えだよ。今後役員になればこの倍、もっと上に言えば3倍4倍はあるだろうな。お前、もしかしてちゃんと働き始めて俺の年収の凄さを実感したのか?」

 たしかに俺の年収はお前の半分もない。それは事実だが。


「俺、お前の年収の1万倍の金を持ってるぞ」

「は?お前本当に今日どうしたんだよ。虚言癖もいい加減にしろよ。良い歳して常識ねーのかよ」

 本当のことしか言ってないんだけどなぁ。


「金の使い道が分からな過ぎるし、使い慣れてもないから今日も350円の切符でここまで来た」

「ようやく本音が出たな。車も持ってねーカスが、夢みたいな物語語ってんじゃねーよ」

「……車か。それもありだな」

 確かに今まで必要性を感じなかったが、必要性を感じなくても買っていいのか。だって1500億円あるから!


「んじゃ橘。俺そろそろ行くよ。お前が俺の資産の1万分の1の年収で、知り合いと仕事している間、美人の女子大生とデートしてくる。じゃあな!」

 橘に散々マウント取られてきたので、最後に意地悪してやった。


「……なんなんだよ、あいつ」




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ニートが異世界平定の報酬で1500億円貰ったので、同窓会でマウントカウンターしに行った スパ郎 @syokumotuseni

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