第22話 ニート勇者の回顧録4

 ギャンブルはやるもんじゃない。


 あれは勝てない。

 一時の楽しみの代わりに、大きなものを失うこととなる。

 特に、金を借りるとなると、余計に問題は大きくなる。それがあのトリリオン商会から借りたともなると、頼まれる仕事も相応にどでかくなってしまう。


「剣士アルザス。仕事だ。我々の商売を邪魔する男がいるらしい。そいつの始末で、借金は帳消しだ」

「あいよ」

 乗り気はしない。

 トリリオン商会の連中がろくでもない連中だということは知っている。そんな奴らから金を借りる自分はもっとろくでもないが……。


「かなり強いらしい。油断するよな」

「誰に言っている」

「……それもそうか」


 数年前、冒険者として頂点に上り詰めた。そこで大人しく華々しく活躍を続ければよかったのだが、王族の女性に手を出したのが運の尽き。匿いきれない冒険者協会は、アルザスを殿堂入りという名の実質的に追放処分とする。そこからだった。剣士アルザスの人生が狂い始めたのは。


 あれさえなければ栄光の人生を歩めたものを……。後悔してももう過去は戻らない。


「さてさて、汚れ仕事の時間ですか」


 ――。



「清療協会の人を殴り飛ばしたの!?」

「……ごめん」

「いや、最高だよ!あの人たちすんごい嫌な人たちだから」


 みんながまずいまずいと口にしていたあの件だが、聖女セレスティアは好意的に受け取ってくれたみたいだ。


「でもちょっとだけ大変かも。彼らは貴族崩れや冒険者崩れを雇って、暴力に訴えかけるような連中だから。でもあなたには勝てないみたい」

「あの程度ならなんとかなりそう」

「それはよかった。でもみんなが恐れているのは彼らのバックについているトリリオン商会ね。この街だけじゃない。大陸に股をかける大商会だよ」


 へぇー、大陸ね。

 ……やばくね?


「たぶんそのうち刺客を寄こしてくるわ。信じられないような強者や、極悪非道な連中を」

 森からやっと人のいる場所に来たかと思えば、俺はいきなり蜂の巣をつついてしまったみたいだ。それもこの大陸で一番危険な蜂の。

 貴方たちの蜜を取るつもりはないんです。ただマナーの悪い働き蜂の一匹をぶっ飛ばしただけで!


「……ニトさん、やりましょう!」

「え?」


 聖女セレスティアが悪い顔をしていた。


「私以前からずっと考えていたの。清療協会はこの街だけでなく、あらゆる街や国で勢力を伸ばし続けている。トリリオン商会も非道な連中で知られている。彼らの好きなようにはやらせたくない」

「といいますと?」

 怖ろしい答えが返って来そうだったが、とりあえず聞いてみた。


「もう喧嘩を売っちゃったし、私たちで清療協会とトリリオン商会を潰しましょう!」

 聖女とは思えない発言来た!


「とにかく、もう街にはいらないかもしれない。旅に出ましょう。そうね……街々を巡るにはもっと大儀名分があった方がいい」

「大儀名分?」

「ええ、身分が怪しいと街に入れなかったりすることがあるから。私は聖女の称号を得ているとは言え、あなたはうーん……。いっそのこと、もう世界救っちゃう?」

「はい?」


 どんどんと話が大きくなってしまっている。


「決めた!私たちはもう運命共同体よ、ニトさん。あなたはトリリオン商会に喧嘩を売っちゃったし、私も彼らは嫌い。今大陸の西では魔王軍が組織され、大陸を覆い尽くそうと野望を企ているの。本当は人間同士でこんな争っている場合じゃないのよ」

「魔王がいるのか?この世界は」

「いるよ。聖女はそもそも魔王に対抗するために作られた称号だし」

 この世界は……。

 俺が思っているよりずっと大きくて、危険だったりするのか?


「勇者パーティーを作っちゃいましょう。んで、世界中の嫌な奴ら全員ぶっ飛ばすの!森でニトさんが私のことを救ってくれた時、ビビッと来たの。この人こそ、世界を救う勇者になるんじゃないかって」

「ちょっと待って」

 興奮気味に話している聖女様に俺は告白しなければならないことがある。


「どうしたの?」

「俺、実は……」

「なんでも言って」

「実は俺、ニートなんだ」

「はい?」

「無職で、しかも仕事に就くために何か努力をしている訳でもない。毎日引きこもってゲームしたり、妄想したりしてる」

「……はい?」


 自分が異世界からやってきたことをなんとか伝わるように伝えた。しかも向こうじゃ底辺も底辺。キングオブニート。そんな俺が、大それたことなんてできやしない。


「関係ないよ!そんなの全く関係ない!だってあなたは森で私を救ってくれたじゃない。あなたが清療協会の人たちを殴り飛ばしのを聞いて、みんなスッキリしたと思うんだ。過去なんていつだって清算できるんだから!向こうの世界でうだつが上がらなかったって、こっちの世界では適性があったんだよ。それってラッキーじゃん!」

「ラッキー……」


 聖女の言っていることを咀嚼して飲み込んでいると、カフェの扉がゆっくりと開いた。


「人生をやり直すね。そんな簡単じゃないと思うぜ」

 話に入ってくる男が一人。

 浪人みたいな成りで、酒臭く、妙に不潔。

 帯刀しており、どう見たってカフェに来るような人間には見えない。


「人生一度踏み外すと、なかなかどうして、元の路線に戻るのにはそうとうな労力がいる。いや、ほとんどの人間は戻れないだろうな。特に、トリリオン商会に金を借りたやつと、喧嘩を売ったような連中は特に」


 トリリオン商会の名前が出た瞬間、俺と聖女は警戒した。

 こいつがおそらく送られてきた刺客だと理解したからだ。

 金を借りた?俺は借りてないし、聖女も借りてるとは思えない。まさか、借りたのこいつ?

 借金で仕事させられてるってマジ!?クズじゃねーか!


「恨みはないが、あんたを斬れば借金が清算される。表に出な。こんな綺麗なお店を汚したくない」

「いいぜ。俺も失うものはないんだ。無敵の人同士、やりあおう」


 今後こういう刺客が来るなら、確かに街にはもう居られないかもしれない。


 表に出た俺は、浪人風の男から忠告を受ける。


「俺は剣士アルザス。今はこんな也だが、元は最強の冒険者。あんたも相当腕が立つと聞いているが、間違っても俺には勝てない。ということで、遺言を残しな。恨みはないから墓も作ってやるし、誰かに言葉を伝えたいなら俺が伝言する」

「遺言は来世があるならちゃんんと仕事します、だ」


 拳に魔力を纏い、アルザスに殴り掛かる。

 剣の鞘で受けられた。


 おそらく今の威力なら鉄だろうがなんだろうが、物体なら大破させられる威力だった。しかし、鞘は壊れるどころか曲がりもしない。


「鞘に魔力を纏っているのか!そういうこともできるのか」

「何を笑ってやがる。楽しそうにしている場合か?」

 だって、そんなことできるって知らなかったから。


 アルザスは魔力量も魔力の操作も俺より劣る。しかし、戦いの経験は遥か高みにいるし、武器をまるで体の一部であるかのように魔力が自然に覆っている。


 なんどか攻撃を防がれた後、少し質問をした。


「お前の魔力少しおかしくないか?」

「魔力馬鹿が、なんて威力してやがる。この俺が防戦一方とはな。戦いの最中に質問なんてするやつがあるか」

「でも気になるんだよ」


 アルザスの魔力は体の回りよりも、剣の回りの方が多い。ようやく鞘から剣を抜きだすと、剣の回りの魔力がより一層高まった。

 やはり、こんなやつは始めて見る。


「なんで武器の回りにそんな大量の魔力が?体の回りを覆っている魔力の数倍量が多いぞ」

「俺は剣が好きでな。自身の体で魔力を操るのは苦手だが、剣を媒体とすると途端に器用に、そして膨大に魔力を操れる。子供の頃からこいつ(剣)と過ごしてきたからな、たぶんそのおかげだろう」


 まじかよ。

 こいつ……。


「すげー!!お前すげーな!俺、魔力大好きなんだけど、お前の魔力の扱い方が特殊過ぎて見ててワクワクする!」

「……なんだかな。おい、無職。お前、俺の一太刀を受けて死ななかったら、提案がある」

「なんだ?」


 返答の代わりに、居合切りが来た。

 剣が届く間合いじゃない。しかし、魔力が鋭い形に変形し、俺の視線と平行に飛んでくる。


 両腕に魔力を集め、盾をイメージしてがっちりと固めた。

 魔力の居合を受けとめる。


 ギリギリと腕を焼かれるような痛みがあったが……ふう。

 俺の魔力が優って、魔力の居合切りはかき消された。


「……まじかよ。生身で受け止められちまった。お前、マジで何者だ?」

「違う世界から来たニートだ。これから勇者になる旅に出る」

「……決めた。お前面白いな。その旅、俺も連れていけよ。戦力になると思うぜ」

「いいのか?」

 アルザスの魔力の捉え方は独特だ。もっと学びたいことが沢山あるので、一緒に来てくれるのは助かる。


「しかし、俺には借金がある。トリリオン商会から余計に追われることになるかもな」

「それなら大丈夫だ。俺たち、あそこを潰すことにしたから。だよな?」

 振り向いて聖女に確認すると、「うん!」と返事があった。


「おもしれー。元の鞘には戻れずとも、新しい持ち主と出会えれば刀もまた輝きだす……か。父の教えを久々に思い出したよ」

「早速仲間が出来たみたいで、幸先いいな」

「ところで、お前たち金はあるか?」

 無職になんてことを?


「ない……」

「旅には金がいるだろ。まあいい。旅に出る前に、国王をゆすりに行くか。魔王を倒しに行くんだ。金くらい出してくれるだろ」

「凄いこと言うな。そういえば、魔王を倒したら報奨金に金が貰えたりするのかな?」

 現金な話だが、少し気になる。


「1000億モラくらい貰えるんじゃねーか?魔王を倒した奴はいないから、知らねーけどな」

「1000億!?」

 ま、魔王、倒させて頂きます!


「1000億だと三人で分けづらいから、1500憶モラにして貰わないか?」

「ふんっ、それは国王と相談しな」

「なんか、この旅、すんごい楽しみになってきた!」


 こうして、俺と聖女、剣士アルザスの、すんごく個人的な欲望による『トリリオン商会潰しの旅(ついでに魔王討伐)』が始まった。

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