第21話 ニート勇者の回顧録3

 異世界に来て、森で放浪。そんな俺にまるで女神様が同情したのか、聖女様の称号を持った美女と出会わせてくれた。


 しかもである!

 コンビニ前でヤンキーにナンパされていたところを、野球部キャプテンがクールに助けるというくらい格好良いシチュエーションで出会ってしまった。


 これは恋愛フラグが立ったに違いないと思っていたのだが、気づくと俺はガチムチ筋肉ダルマ連中に囲まれていた。


「ほう、お嬢を助けたのはお前か」

「随分と強いらしいな」

「なんたってセレスティア様いわく、貴族をワンパンらしいぞ」

「貴族を?そりゃ流石に嘘だぜ」


 彼らは冒険者。

 職業柄怪我をしやすく、そのため聖女様の治療を受ける機会が多い。聖女様にたいへんな恩を感じているため、噂を聞いて、彼女を救った俺にも関心を寄せていた。


 聖女様は街に戻ってからも大忙しだった。

 お金の無い人たちにも無償で治療を施しているらしく、街中から引っ張りだこなのである。デートイベントを期待してた?残念!俺の視界にはガチムチだけです……。街を散策していたはずがなんでこんなことに。


「あのよぉ、俺と腕相撲でもしねーか?」

 ガチムチの群衆から、スキンヘッドの巨漢が俺の前に名乗り出てくる。

 身長2メートルはありそうだった。


 彼を見上げていると、なんか周りが乗り気になって露店のテーブルを運んでくる。腕を乗っけて、ほら来いと呼びかけられた。


 え?なんで急に?

 野次馬も集まり出したので、俺もテーブルに肘を付けた。腕の長さも全く違い、まるで子供と大人のそれだ。


「掴んだな。俺は手加減しねーぞ」

 だからなんで?

 しかし、力を抜くと骨ごと持っていかれそうだ。筋肉の付き方からして違う。戦いの世界で鍛え抜かれた天性の得体。


 森での戦いを思い出して魔力を腕に集中させる。体が軽くなるのを感じ、手をがっちりと握り込んだ。


「むっ」

 何かを感じたらしい。魔力の圧力だろうか。


「はっ!」

 彼が気合を込めた声を合図に腕に力を込めた。筋肉が盛り上がり、気迫がまるで形を伴って俺に正面からぶつかってくる。


 ……けれど、俺の腕は一ミリも傾かなかった。


「ほい」

 軽く腕を傾けると、メジャーリーグで80本くらいホームランを打てそうな男に腕相撲で完勝してしまった。


「「「「うおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」


 圧倒的な結果に野次馬たちも盛り上がる。

 魔力ってすげーと思っていたけど、こんなにも凄いものだとは。俺も改めて自分の力にビックリである。

 草食動物に育てられた獅子が、初めて自分の牙と爪を理解した童話的なあれである。そんな童話、俺は知らんけど。


「やるな。お嬢を助けたってのも嘘じゃないらしい。俺は街一番の力持ちのゴメス。その俺に勝ったなら、あんたは間違いなく本物だ」

 そのお墨付きのために、腕相撲勝負をしてきたらしい。なんか晴れ晴れしい顔をしているし、陽キャたちなりの気遣いだったのかもしれない。


 陽キャって苦手だったんだけど、案外心を開けばいいやつらなのか?

 思い返せば、俺は元々人が嫌いでニートになった訳じゃない。学生の頃にイジメにあってしまい、それで人生に躓いてしまった。案外心を開けば、うまくやっていけるのか?


 その後は、ゴメス先輩の奢りで、酒場を貸し切って昼からみんなで飲みが始まった。陽キャの乗りはすごい!羽振りもいい!


 そこで聖女の逸話をたくさん聞くことになる。

 彼女は生まれこそ貧しい村だったのだが、魔力を独特の感覚で捉えることが可能で、普通のヒーラーとは訳が違うらしい。


 魔力を他の性質を治療のそれに特化した形に変換が可能らしい。魔力を実際に魔法という形で活用するための方法を街への道中で聞いていたのだが、聖女のはそのどれにもあてはまらない。


 魔力を超器用に扱う俺のそれとも違った。


「飲め飲め。あんたは俺たちの、そして街のヒーロだ」

 ゴメスはヒーローの発音が少し苦手みたいで、どうしても発音がニートみたいになってしまう。そこだけが気になったが、楽しい空間と、半年ぶりに人とのコミュニケーションをとれて心地が良い。いいや、ニート期間を含めると、こうして複数の人と関わるのはもっとブランクがあるかもしれない。


 そんな空間をぶっ壊すかのように、突如酒場の扉が蹴破られた。


「昼間から良いご身分だな。てめーら、誰に断って酒を独占してる?」

 やせ細って、背中の曲がった男が入ってきた。

 彼の後ろにはローブ姿の男たちが10名ほどぞろぞろと続く。


「清療協会の連中だ」

 誰かが俺にそう耳打ちしてくれた。

 飲みの席で、彼らの話を軽く聞いている。


 この街の治療魔法、薬を牛耳っている連中だ。

 聖女様は彼らに逆らって、貧しい人たちにも治療を施し、無償で薬も提供している。


 治療魔法と薬を独占して大きな利益を獲得している彼らからすると、聖女の存在はかなり邪魔であり、聖女を支持する連中も商売の弊害でしかない。


「ゴメス、てめーか。この席を設けたのは。どうすんだ。俺たちが今から酒を飲もうとしているのに、もう酒がほとんど無いと見える」

「……すまない。気遣いが足りなかったみたいだ。残りの酒はお前たちに渡す」


 先ほどの盛り上がりが嘘のように、場がしらけてしまった。あのゴメスが塩らしい態度で言われるがままだ。街一番の力持ちだよ?ゴメスが難癖付ける側じゃないの?

 あの背中の曲がった男は一体何者だよ。


「てめーらの残した臭い酒を飲めってか?随分と偉くなったもんだな、ゴメス!」

 どうやら態度が大きいだけじゃなかったらしい。

 背中の曲がった男はゴメスの後頭部を掴むと、酒場の地面に叩きつけた。木の床に穴が開くほどの衝撃。ツーバイくらいありそうな厚い床なのに!


 ……あの男、魔力を扱うのがうまい。ゴメスに手を出す直前、魔力の量が増えて力を増幅させていた。魔力操作が得意な人間のやる行動である。


「何すんだ!」

「大丈夫だ!俺は大丈夫だから……」

 清涼飲料水協会みたいな連中の非道な行いに、激怒した仲間が声を張り上げたが、ゴメスが倒れたまま腕を伸ばしてそれを制す。


「いいんだ。耐えろ」

「おうおう、やっぱりゴメスは賢いなぁ。俺たち清寮協会の力を分かっていらっしゃる。まず俺に勝てねーことを理解しているし、バックの強大さを考えると余計に手を出せないわな。くくっ、その賢さを聖女様にも教え込んじゃくれねーか?あいつが好き勝手動くから利益が減って仕方がねえ」

「……あんたらと対立する気はない。だから聖女様にも手を出すな」

「あん?」


 血管が浮き出た。

 ゴメスのことを軽く見ているから、反論されたことに怒りを感じているらしい。

 ……嫌いだ。こいつらはかなり嫌いだ。反吐が出る。

 自分たちの権力を、力を自覚しているからこそ、弱者に強く出れる。そういう連中が俺は大嫌いだ!


「てめーが俺様に口答えするんじゃねーよ!」

 倒れたゴメス目掛けて、サッカーボールキックである。それも何発も何発も。彼には人の痛みというものが分からないらしい。


その行いを、誰も止める気配がない。


「……おっおい。何する気だ?」

 気づくと俺は立ち上がっていた。

 彼らが怖くない訳じゃない。けど、もう我慢は嫌だ。


「相手は貴族崩れだ。力は間違いない。それに清療協会のバックには」

「関係ないね」


 背中の曲がった男に歩み寄る。


「なんだ?てめー」

「……や、やめろ。こいつらに逆らうともう街に居れなくなるぞ」

 大丈夫。森で半年もいたからな。もう慣れた。街にそんなに未練はない。


「お?見てられなかったのか、坊ちゃん。見るに耐えないなら消えてろ。それか俺様を殴ったらどうだ?ほら、その細い腕でなんとかしてみろ。やれるもんならやってみな!」

 頬を突き出して、指でとんとんと指し示す。

 ケタケタと笑いこちらを挑発する。ちなみに、お前の腕の方が細い!

 

「んじゃ、遠慮なく」


 魔力増幅、そして腕に集中させて、首をへし折ってやるつもりで殴り飛ばした。

 クリーンヒット!

 酒場を突き破って、数十メートルはぶっ飛んだかもしれない。

 流石に全力を出しすぎたか?


「おい、清涼飲料水協会ども。抵抗しない聖女やゴメスをいたぶって楽しいか?これからは俺が相手してやる。俺の名前はニト。無職だし、ニートだし、家もない。失うものは一切ないから、俺ととことんやろうぜ?」

 俺は抵抗するぜ、拳で。ニヤリと笑った。

 これが無敵の人の感覚なのだろうか?


「……ひっひひぃぃぃ!!」

 無敵の人の笑みに、常人は耐えれなかったらしい。

 清涼飲料水協会たちは逃げ去った。


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