第20話 円安もいいよね!
「元気にされていましたか?」
本部に行く道すがら、雲雀さんから「空が晴れていますね」みたいな会話を振られる。もしかしたら俺といるのが気まずいのかもしれない。
「もちろん。超元気だった」
「それはよかったです。……ごめんなさい。なんか上手に話せないです。兄のことでもっとお礼がしたいのに、ずっと兄のリハビリに付き添ってばかりで」
「大丈夫。そっちの方が俺も気が楽だ」
こんな美人に負い目を感じられて毎日お礼をされるよりも、いつも通り毒舌を吐いて貰った方が助かる。そういう趣味を持っている訳じゃないが、雲雀さんには不思議と毒舌が良く似合う。
「雲雀先輩、そういうときはおっぱいの一つでも見せてやりゃいいんっすよ。男はそういうの大好きっすから」
「黙れ元無職。今すぐ私の権限でクビにしてやって、また元の鞘に収まらせてやろうか。それとも今すぐ海に沈めてやろうか」
「ひっ!?」
これこれ!
雲雀さん節全開だぜ!
気遣いの一馬君には申し訳ないが、おかげで彼女も本調子に戻りそうだ。
本部と呼ばれた場所は東京競馬場の地下深くにあり、実際に馬主をやっている幹部も多くいるらしい。やっぱりな!とは思ったが、口には出さない。
「どうぞこちらへ。室内には既に組織の幹部たちが集っています」
雲雀さんと一馬君は入れないらしい。中にはVIP中のVIPが押し寄せてきているとのこと。
室内に入ると、エリートコースを歩んでいる雲雀さんも入れない理由がわかった。外国人のお偉いさん方まで来ており、皆自動翻訳機を傍に配置してこちらを一斉に見つめる。
あまりの異様な光景に体がギョッとする。こんな体験は、多種族集まる『クレアの街』でカエル頭の男を見かけたときに「うわっ。きもちわるっ」と不意に発して大騒ぎになって以来だ。かなりの差別発言だったらしく、囲め!囲め!騒動に繋がった。俺はもう二度とあんなにヘイトを向けられたくないので、今後どんな人種、生物種を見かけてもニコリと笑うようにすると決めている。
なので一瞬驚いた後に、ニコリと笑った。
「笑っていないで、席に着き給え、野輪二都くん」
「あっはい」
ここの司会進行役おじさんが俺に着席を促す。なんかちょっと嫌なやつだな。
そこからは圧迫面接みたいなのが始まった。上から目線と言うか、超上から目線と言うか。富士山からの見下ろされているような態度だ。
異世界では何をしていたのか!!向こうはどういう状況なのか!!王とは、魔王とはどういう存在なのか!!
尋問!?
「えーと、ちょっと待ってください。王はですねー。結構けち臭いと言いますか、うーん。だって旅の出発にお小遣い程度の物しかくれず。まあ魔王を倒した後はパレードを開いてくれたり、仲間を要職につけたりといろいろ取り計らってくれたのですが」
「そんなことは聞いていない。政治的にどういう立場なのかと聞いている。世界への影響力、民衆からの支持。君ほどの立場ならそういうことを知っていると思って聞いているのだ!」
「そんなこと聞かれても」
知らないものは知らない。
異世界じゃ、魔王を倒す使命こそ背負ったものの、なんだかんだ自由に生きていたからな。
「うーん、正直よくわかんないかな」
「君という男は!……ふん、向こうに行く前はニートだったらしいな。そういう社会性の無さが、ニートという結果に落ち着いたんじゃないのか?」
あー、言っちゃたね。それ言っちゃたね。
「次の質問に入る。女神についての質問だ。ん?」
俺は立ち上がった。
もう我慢の限界だ。
報奨金が貰えると聞いて来たのに、飛んだ無駄足だった。雲雀さんの上司たちだから話の分かる連中だと思っていたのに、ただの権威を着飾ったくだらない連中じゃないか。
「帰る。くだらねー。もう二度と俺に関わってくんなよ」
「なっ!?待ち給え君!この場には日本だけでなく、世界中の権力者がわざわざ足を運んでくださっているんだぞ!勝手に帰るなど許されるはずもなかろう!」
「……黙れよ」
「!?」
一睨みしてやると、場も凍り付いたが、司会の男も体を硬直させて黙った。
魔力が戻ったからな。ちょっとした、魔力を使った威圧だ。こっちの世界の人に使うのは少しずるだが、こんな無礼なやつにはいい薬だろう。
『出て行き給え』
海外の女性の声が聞こえ、その後に翻訳機を通して通訳があった。
「出ていくって言ってんだろ。じゃあな」
『君じゃない。田伏君、出て行きなさい』
「なっ!?私がですか!?」
『君の品性はこの場に相応しくない。5秒やる。出て行きなさい』
まさかのそっちだった!
指名された司会の男は、資料をまとめて悔しそうにこの場から去る。雲雀さんが入れない場所で司会をする男だから結構な権力者だろうに、それを一言で追い出す例の女性。
彼女はヒジャブで素顔を隠しており、目元しか見えないが、その大きな目からは謎の強い意思を感じる。
『我々は皆、あちらの世界に強い興味を示す者。情報はいくらでも欲しいのだ。何を差し置いてもだ。ただ、先ほどの物言いは君にあまりに失礼。私の勝手な判断ではあるが、品性無き者には退場して貰った』
「ああ、どうも。あいつ嫌いなんで助かります」
『ふふっ。私も嫌いだ。君とは長く協力関係を結びたいと考えている。話の順番が違ったな。まずはこちらの話をしないといけない。あれは彼に』
スーツにグラサン、場所が違えば確実に危ない組織の人っぽい男が俺に紙切れを一枚渡す。
そこには1000000000という数字が書かれていた。
……かっ金だ!
いち、じゅう、ひゃく……おいおいおいおいおい。
10億円!?
300万円くらいを予想していたのに、10億円!?
ちょちょちょちょ、俺これをどぶに捨てて帰ろうとしていたの?
5分前の自分をジャンピングパンチ!!
『気に入ってくれたかね』
「……どうしよう。こんなに大金を貰って。10億円も貰っていいんですか?」
「ん?よく見給え。10億ドルだよ、勇者ニト」
ドル?
ドルってなに?
あ、通貨のドルか。
よく見ると、紙の右端に確かに$マークがあった。
――。
思考が、頭が、なんか室内が急にマイナスイオンで充満したのかと思うくらい、全てが安らぎに染まる。
『今のレートで言うと、1500億円くらいかしら。まあ、君の功績に相応しい金額だろう。協力関係を結ぶために、もっと積むべきだと主張するものもいたがね』
もっと積めー。ならもっと積めー。いや、流石に欲張りすぎか。
1500億円ってなに?
何が買えるの?
あっ、なんでも買えるか。
『少しインパクトが大きかったみたいだね。王からの要請、更に我々との協力関係を結ぶためのものだが、今日は特別頼みたい仕事もない。書類を送ってそこに知っている情報を記載して貰うとしよう。では、勇者ニト。今日はここらで帰って貰ってもいい』
室内から出た俺は 、まだ魂が抜けたような状態で、あれ?俺これからどうやって生きて行けばいいんだろう状態に陥っていた。
「ニトさん、なんかずっと上の空ですけど、ショックなことでもあったんですか?もしかして、異世界の情報でショックを」
「どうせ報奨金が思ったよりもしょぼくてがっかりしてるんでしょ」
一馬君と雲雀さんの声は届いていた。でもまだフワフワした感じが抜けない。
「……今って1ドル何円?」
「円安が進んでいますからね。正確なものは見ていないですが150円くらいでしょうか」
あってる。計算あってるよ。
本当に1500億円だ。わわっ、小切手どこに入れたっけ?あっ、尻ポケットに入ってた。
「あのさ、帰りにたこ焼き食う?もちろん俺の奢り。なんでもトッピングして!」
「これ、どっちだったんだろ。思ったより報奨金が多かったのか、少なくてやけになってるのか」
「たこ焼きっすからね。たぶん少なかったんでしょ」
ごめん!
なんかたこ焼きしか思い浮かばなくて!
「ごめっごめっ!和牛焼きは!?和牛焼き、トッピング乗せ放題!」
「そんなもん無いわよ!……これは多かったわね。結構貰ったとみえる」
「1000万円級でしょうか。うっひょー!!流石勇者ニト!!」
「10億……」
「へ!?」
「マジっすか……」
うん。ちょっと俺と同じ驚きを味わって貰いたくて、こう切り出した。
「ドル」
「……は?」
「それでレート聞いたんすか!?」
「ちょっ、前見て!前見て運転して!」
目を見開いて二人がこちらを見てくるので、運転がおざなりだ。
危ないったらありゃしない。
「あいつ、10億ドル貰っておいて、私たちにたこ焼き奢るつもりだったみたいよ」
「……ニトさん、あんまりっすよ」
それは、本当に申し訳ない!
でもたこ焼き美味しいよね!
「今襲えば私たちで5億ドルずつよ。どうする?一馬君」
「無茶言わないで下さい。相手は勇者ニトですよ。……でもワンチャン」
「おいおい。物騒なこと言うなよ。二人に襲われたら人間不信もいいとこだ」
「ふふっ。冗談……かもね」
「かもね!?」
「冗談よ。あんたにもっと媚売っとくべきだったかしら?」
「それこそ冗談だろ」
こんな雲雀さんは嫌だ10項目くらいの3番目くらいに出てきそうだ。
それにしても、元ニートのワイ、異世界だけじゃなく、こっちでもとんでもないことになる。
……また同窓会にでも行こかな。
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