第19話 芸能人になるってよ
貰った資料には我が家の家系図と異世界での歴史が刻まれていた。こっちの人が読んだら結構突拍子も無いようなことばかりだが、異世界帰りからすればすんごい当たり前のことが記されていて、少し懐かしい思いになれた。
「もうこんな時間か」
その資料を読みふけっていると、時間があっという間に深夜になっていた。小腹の空いた俺は、その足でコンビニに向かうのだが、コンビニという場所はやはり異世界の魔境に近いのかもしれない。
真夜中にポツンと明るく聳えるその建物の前に、和傘をさした美人がポツンと一人立つ。
……深夜こえー。まじこえー。
絶対に不審者なので無視していると、まさかの呼び止められる。
「ちと、待たれよ」
「げっ」
美人に声をかけられるなんて夢のような話だが、TPOによってはこうも怖いとは。
「……勇者ニト?」
「え?」
その目を見る。
モデルや有名女優顔負けのすんごい美人さんがいたのだが、全然面識はない。
しかし、次の瞬間、彼女から発せられた魔力によって俺は少しわかってしまった。
目を見開き、先日の感覚も思い出す。
「魔王!?生きていたのか?」
「ああ、どうやらそういうことらしい」
和傘を刺したその美人は、俺の予想を肯定してしまった。
向こうで戦った魔王はもっと獣みたいな見た目で、しかも常時毒ガスと消化液を吐き出すような化け物だったのに……。
なんかすんごい美人になってる。でも、魔力が物語っている。間違いなく、この魔力の感じは魔王なのだと。
「なんで?確かに殺したはずだ」
「吾もそう思っていたのだが……。あの激しい衝突の末、散ったはず。それでお主も対価として魔力を失っていたのだろう?」
「あっ」
もしかして俺が魔力を失ったのはこちらに戻ったからではなく、魔王を倒した代償だったのか?タイミングが戻ってからだったので、ややこしい誤解が生まれた。
「そういえば、この前、お前を感じた時に魔力が戻ったんだよ」
「ほう」
「勘違いかと思ったが、そうじゃないみたいだな」
「吾もこちらの世界に来た時に、お主を感じた。そして『女神イシュタリア』からの言伝も貰っている」
女神から?
俺には何も教えてくれなかったあの女神のこと?
あいつは俺を異世界に召喚してからずっと放置プレイしていたサディストだという認識しかない。
「『二つの世界はもう直繋がる。私の最高傑作であるお主と、その対となるニトと新しい時代を楽しむが良い』とのことだ。吾らは再び女神の寵愛を受けたという訳だな」
「繋がるって?向こうの魔物とか魔族がこっちの世界に流入するってことか?」
「さて、わからぬ。我は女神から貰った言葉をそのまま伝えたにすぎぬ。では、もう行く」
「ちょちょっ。もうって、どこへ?」
こんな深夜に美人が一人。しかもこいつは元魔王だ。こっちの世界に伝手なんてあるはずもない。
「心の赴くままに。世界が繋がる前に、こちらの世界を楽しませて貰うとする。ふむ、あれなんか良いかもな」
和傘をたたんで、指でビルの広告を指さした。
そこには大きな化粧品会社の広告が載っている。
「あれって……モデルにでもなるつもりか?」
「モデル、そういうのか。どういうものかは知らぬが、どこか安寧を感じる。ずっと戦ってばかりの生だったからな、しばらく平穏を求めても罪は無かろう」
「罪はないけど……ああいうのって大変だぞ。コネとか下積みとか、俺も別に詳しいわけじゃないけど、たぶん滅茶苦茶きついぞ。異世界で例えるなら、一から魔王軍の幹部になるくらい」
「強ければ一日でなれる」
「あっああ、そういうものなのか」
じゃあいけるのか?
「ではな」
本当に行ってしまった……。
彼女は異世界の元魔王とはいえ、こっちの世界では特に敵対しているわけではない。それにあんな美人を襲えば、こっちが犯罪者だ。止める理由もなく、彼女の夢を邪魔する理由はもっとない。
しずかに去っていくその背中を、どこか心配なまなざしで見つめてしまった。異世界では魔王を放っておくと、世界が汚染されて破滅を辿ってしまう。故にあいつを倒したのだが、こうして平和になると浅くない関係性だけに動向が気になる。
しかも、女神の伝言もあって余計に気がかりだ。
そんな奇妙な再会から一か月後、俺は昼飯を食べている際にすんごいものを見ることになる。
新しい建設現場にて、向かいのビルにでかでかと広告が載っていたのだが、なんとそこには魔王が載っていたのだ。あの和傘をさした日のまま、和傘をさした姿で広告に載っている。
「あああああ、あれっ……」
「おう、Yoruか。別嬪さんだよなぁ」
ドンも知っている程の美人だとは。
検索してみると、驚きの情報量が溢れている。みんな話題にしているみたいだ。調べていくうちに、更に驚きのネットニュースを見ることになる。
『新生!神聖!新星!真性!こんな美人みたいことない!』
と題されたその記事には、今最もホットな女優のとして『魔王』が一面を飾っていた。
Yoruという芸名で売り出し、今や雑誌やテレビ、ウェブ配信で大活躍だという。なんか年収を予想している怪しい記事もあったが、気になって仕方ないので見てみる。
「月に5000万!?このままいくと、勢いはもっと加速して年収10億はいく!?」
ワッツ!?
魔王はこちらの世界でも規格外の存在だったみたいだ。
稼ぎすぎだろ。てか本当に芸能人になったのか。あいつ凄すぎだろ。
「ドン、俺この人と知り合いですよ」
「夢見てんじゃねー。ならワシはハリウッド映画のメロディちゃんと知り合いじゃい」
なんで張り合ってくんだよ。
まあ信じられないよな。てか、サイン貰っておくべきだったか?
「ほんと、ほんと。ついこの前、あの広告に載りたいって話してて。すげー、夢って実現するんだな。こんな簡単に」
「そんな天の上にいるような人と知り合いになれる訳なかろう。いいから仕事すんべ。そろそろお前にも仕上げをやって貰うからよ」
「いいんすか!?あざっす」
魔王のやつはすんごい出世しちゃったけど、俺は俺で自分の人生を充実させておこうか。
午後は張り切るぞーと気合を込めた途端、久々にあの人たちもやってきた。
高級車から降りて来たスーツ姿のお二人さん。
雲雀さんと一馬君だった。本当に久々だ。あのお兄さんの件以来かもしれない。
「急で申し訳ありませんが、午後、共に来て頂けますか?」
「ごめんなさい。無理です」
今日はようやく大事な仕事を任せて貰える日で!
「雲雀ちゃんじゃねーか。久しぶりだな」
「ドンさん、お久しぶりです。野輪さん、貰っていきますね?」
「構わんよ」
ドン!?
孫娘に接するくらい甘くない?
「では、行きましょうか。多元外交部に急を要する情報が舞い込みまして。それと、報奨金の話もまとまりましたので」
「報奨金ねぇ」
車に乗り込み、報奨金に思いをはせる。
はあ、魔王の年収10億円記事を見たあとだと全然テンション上がらねー。
例えば1億貰ったとしよう。嬉しいよ?めっちゃ嬉しいよ。
けど、魔王のやつは年収10億だよ。来年もまた10億だよ。本当に桁違いだ。
「なんか変なこと考えています?」
「ちょっと年収のことでね」
「あんな奇跡みたいな力を見せられた後で、そんな一般的な悩みを聞かされると変な感じです」
「たしかにそうかも」
でも年収10億を見せられると、流石に凹む。
車に揺られながら連れていかれた先は、東京競馬場の地下だった。
「なんでこんなところに」
「ここの地下二階に異世界多元外交部の本部がありますので」
最高かよ。仕事中に競馬できんじゃん。
「他言無用で。秘密部署になりますので」
「うん。言っても信じて貰えそうにないし、言う相手もいないから安心して」
こうして俺たちは馬券に支えられた施設の地下深くへと向かった。
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