第18話 価値ってのは自分が決めるもの

 古い蔵に案内されて、そこに仕舞った記録から、我が家の血の歴史を見せてやると祖父に案内された。


 埃塗れの蔵に異世界への資料って……あんまりにも雰囲気マッチしすぎだろ。


「我が家は不思議な血筋でな。初めて『渡り人』となったのは江戸時代の先祖様だという。それ以来、『渡り人』となったのは、お前で3人目だ」

「俺以外に2人も!?」

 インドア派の一家かと思いきや、遠出どころから異世界まで行っちゃう系の超アウトドア一家でした。


「我が家が代々勉学で家を繋いでこれたのも、『渡り人』の残してくれた遺産とそれを解き明かすための執念故」

 祖父は大学教授だったし、もしや先祖様も結構頭良い系なのだろうか?

 俺、ニートぞ。


『渡り人』、つまり異世界に行ってなければ、ただのニートぞ。先祖様に頭が上がらないところだった。


「てっきり爺ちゃんはこういう怪しい世界の話は毛嫌いするタイプかと思っていた」

「……その真逆だな」

 というと?


「私は若い頃、『渡り人』になりたかった。ちょうど私の祖父が2代目『渡り人』でな。女神イシュタリアの寵愛を受け、あちらの世界で大きな功績を残したと語ってくれた。自身だけ渡り方を知っている人でな、向こうから金を持ち帰ってここら一体の土地を買い漁り、我が家を大地主にしたこともある」

「え?」

 確かに立派なお屋敷だけど、そんな話は聞いたことがなかった。今も近くに田んぼがあるだけで、それ以外は他人の家が見える。


「けれど、我が父がギャンブルで溶かした……。うむ、その情けない気持ちがまた私に女神イシュタリアへの渇望を強くさせたものだった」

 パチンカスか!?馬か!?

 この血筋、定期的に馬鹿野郎が出てくるのかも。ちょっとだけホッとした。


「二都、お前が消えた時、私はほとんど確信していた。また我らの血筋から渡り人が出たのだと。……羨ましかったよ。この歳になっても、どうしよもなく」

 祖父の声は少し湿っぽく、ほんとうに異世界に憧れていることが伝わってくる。


 しかも、ごめん。俺、渡り方ってやつを知らないから、金を持ち帰れません!

 あっちの世界、金がめちゃくちゃあるんだよ。露天商が扱うような代物で、主に錬金術師が買っている。しかもこっちの世界よりもかなり安い。あちらには金よりも優秀な貴金属が多く、相対的に価値が低いのだ。特別な理由でもなければ必要とされない、柔らかくてピカピカの金属程度の認識である。


 くっそー。今に思えば、戻るときにポケットに金を大漁に詰めて置くべきだった。スーパーの詰め放題とか得意なので、結構詰めれた気がする。


「おやおや、お二人さん。こちらで何を?」


 突然、背後から声がした。

 祖父の異世界へのあこがれ。

 俺の金への後悔。


 神妙な二人がいる蔵に、良からぬ来客が。もう帰ったかと思っていた叔父がそこにはいたのだ。どこに身を潜めていたのか。それとも俺と同じで、飲みすぎてただ帰りそびれたのか。


「みんなが帰ってから二都とこうしてコソコソと。ふふっ、やはりそうでしたか。父さん、やっぱりここに隠し財産があったんだな!」

 はい?

 叔父は何を言っているんだ?

「お優しい性格なことで。うちの息子に渡してくれれば良いものを、わざわざこんな出来損ないに渡すんだから」


 祖父は資料を探しているだけで、そんなものは特に言及していなかった。ていうか、隠し財産をこんなぼろい蔵に隠すやついる?

 その考え古いよ!アップデートして!

 資産は仮想通貨で持つべきって怪しいネットニュースで言ってた!


「へへっ。子供の頃に聞かせてくれましたよね。先祖の渡り人が金を持ち帰った話。おかしいと思っていたんだよ。なぜそんなものがあって、我が家は大富豪じゃないのかと。こうしてコソコソと隠していたんだなぁ。人が悪い」

「いや、そんなものはない」

「溶かしたらしいよ。時代的にたぶん馬」

 祖父の父の代だからね。いや、馬も怪しい。もっと原始的なギャンブルかもしれない。


「嘘をつけ!あるんだろ!滅多に開かない蔵が空いているんだ!絶対に見つけ出してやる!どけええ!」

「うおっ」

 俺と祖父を押しのけて、叔父は鞍を漁り出した。

 いくら実家とはいえ、権利上ここは祖父の家だ。こういう行動はどうなんだと思ったが、金に目がくらんだ叔父は止まることはなかった。


 飽きれる俺と、目頭を押さえて少し言葉に詰まる祖父。


「すまないな」

 なぜか祖父が俺に謝る。息子がこうして欲塗れになっていることを謝っているのだろう。やはり我が血筋は定期的にポンコツが誕生するのかもしれない。

 金に目がくらみ、本能のままに動く人間は滅多に見れないので、ある意味貴重な体験ではあるが……あまりにも醜い。ああ、叔父よ。


「大丈夫です。気が済んだらやめるでしょうから」

 そうは言ったものの、叔父の執念はすさまじく、そこから1時間も休むことなく探し回った。


「はあはあ……ない。ない。おかしいだろ。隠し財産はどこだよ!くっそ、金はどこだ……!!」

「そんなものはないと始めから言っておる」

「溶かしたって言ってるじゃん。時代的に花札とかトランプかも」

 ようやく俺と祖父の言葉が耳に届いたらしい。

 我に返った叔父は、一呼吸おいて、さっきの姿が嘘みたいにいつも通りの常識人な表情に戻る。


「……失敬。ははっ、みっともない姿を見せたな。しかし、これで一つ確定した」

 俺の目を見て、なぜか勝ち誇った顔をする叔父。


「なぜか父さんはずっとお前に目を駆けているみたいだった。ブラジルに消えていた間も……いいやもっと前からだ。幼少の頃から私の息子よりお前をずっと気にかけていた」

 それは初耳だ。ずっと厳しい人だったから、むしろ嫌われているとさえ思っていた。だって普通、爺ちゃんは孫に無条件降伏する生き物だから。

 うちの爺ちゃんはいつも修行僧な眼差しで俺のことを見ていた。


「けれど、隠し財産がないなら、もうそんなことはどうだっていい。うちの息子はもう教授への出世街道を歩み始めている。いずれは高名な学者としてメディアにも取り上げられたりするんだろうなぁ」

 ニヤニヤと笑みを浮かべ、叔父が立ち上がり俺の肩に手を乗せる。


「やはり随分と差が着いたなぁ。ふふっ、まあ地道に頑張りなさいよ。長く生きていれば、小さな幸せくらいはあるかもしれんよ」

 ポンポンと叩かれて、励まされた。

 いや、励まされたんじゃない。かなり見下されてしまった。

 嬉しそうに蔵から去っていく叔父。


 あんな嫌な人だったか?昔はもう少し余裕のある大人な気がしていたけど。

 10年も経つと、人は結構変わるものなんだな。


「見苦しいものを見せたな。あまり気にするな」

「大丈夫です。ニート歴長いので、ああいうのにも耐性が着き始めました」

「強くなったな。渡り人は返ってくるとまるで人が変わったように強くなると聞くが、二都。お前もそうなのか?」

 魔力のことだろうか?精神面のことだろうか?

 両方かもしれない。ならば返答は。


「……うん。俺、今かなり強いよ」

「それは良いことだ」


 荒らされた蔵を整理しながら、祖父が目的のものを取り出す。

『渡り人』たちが記した異世界の記録だ。家系図も乗っているらしい。俺も続きを記した方が良いのかな?


「これはお前にやる。私はもう読みつくしたからな」

「うん。寝る前にでも読んどく」

「そのくらいで良い。渡り人は代々我が家に大きな繁栄を齎した。今更金なんて欲しくはないが、お前の今後には興味がある」

「俺の今後か」

 うーん。断熱性能の高い家を作るのが今一番の目標ではある。

 祖父の期待に応えられるような大きな夢なんてないんだよな。


「プレッシャーをかけてしまったか?」

「いいや、確かにこの大きな力を持て余すのはどうかなと自分でも思い始めた」

 魔力が戻った今、やれることは増えた。

 大工は好きだが、もっとやれることもある気がしてきた。


「んじゃ。俺は帰るよ」

「また時間があるとき、私にあちらの世界の話をしてくれ」

「うん」

 祖父の蔵で話した後、ようやく家路についた。


 ちょうど一週間後、この大きな力が戻った原因を知ることとなった。そして使い道も。



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