第17話 魔王戦と親戚の集まり、どっちがきつい?

『雲雀先輩、出世のお話蹴ったみたいっす。しばらくはお兄さんと時間を共にしたいみたいで』

『そうか。知らせてくれてありがとう』


 一馬君からは定期的に雲雀さんの情報が入ってくる。結構マメな性格みたいで、マジンアプリも使いこなしていた。瑠香さんと同じ有料の『病みマッチョ』スタンプを使いこなしているのは、彼が若いからなのか、それとも適性があるからなのか。はたまた俺がおじさんすぎるだけなのか。マッチョが病むってなに!?


 まあなにはともあれ、お兄さんが無事に目覚めてくれて嬉しい。自分の力が誰かの役に立つってのはこの上ない快感だ。俺の魔力が戻ったのも無駄じゃなかったという訳だ。


 と、いつまでもそんな他人のことを考えている暇などない。


 今日は親戚の集まりがあるのだ。ニートやってた頃はこういうイベントは全スルーが基本だったが、今はまっとうに働いているのでこういう場にも出なければ。行きたくはないが、従兄弟の結婚式を親族一同で祝う会なので、流石に断りづらい。両親も行くし、俺だけサボるわけには。


 ドンに今日仕事入ってないの?としつこく何度も聞いたが『無い。無いったらない』の後に病みマッチョスタンプを張られた。先月スマホを使い始めたのに、もう使いこなしとる!


 親戚の集まりなのでスーツなんかは着なくて済むのが少し救いではあるが、それでも鎧を身にまとったくらい体が重い。


 両親の車の後部席に揺られて、およそ10年以上ぶりに母方の祖父の家へとやってきた。

 茨城にある立派なお屋敷で、江戸時代からこの地に住まう由緒正しき一家だ。この家に来ると、昔から自然と緊張してしまう。歴史の重みってやつかも。


 家に入ると、懐かしい顔ぶれに少し気が緩むが、生憎と話しかけられることはない。完全な腫れ物扱いだ。てか、ぐちゅぐちゅの腫れ物。結構重症。


 自然と輪に入っていく両親と違い、俺は居場所が定まらず人が通り過ぎるのを見届ける。ここは茨城のスクランブル交差点かもしれない。


 そんなことをしていると、最悪の組み合わせと出会う。

「……なんだ来ていたのか」

「ふっ」


 この家の主である祖父と、今日の主役である従兄弟である。

 今笑った!?鼻で笑った!?

 どこに行っても馬鹿にされるのは、元ニートという重い枷故か。


 祖父は厳格な人で、定年退職するまでは大学教授をしていた人だ。そして従兄弟も大学で研究者として働くエリート。しかも年下!


 理想通りのキャリアを歩んで人生も順調な従兄弟と、ニートから10年失踪の黄金コンボ。今も祖父好みじゃない仕事をしている俺。


 祖父からしたら月とすっぽん。いや、太陽とくさいパンツ位でかい差があるかもしれない。

 この場で帰れと言われてもおかしくないと思ったが、一瞥するだけ祖父は何も言わなかった。


 ふー。地獄の空気にならずに済んでよかった。ただ飯食って、あとは大人しくしておこう。


 大広間に運び込まれる背の低いテーブルたち。そして次々に作られた料理が一品一品並べられる。祖母の意向でこういう縁日は全て手料理で祝うと決めており、みんな慌ただしくも楽しそうに動き回っている。


 すみっこぐらしを楽しんでいると、一人絡んでくる人が。叔父で、今日の主役の父親だ。準主役と呼べる人が、モブの俺になにを?


「久しぶりだな。みんな君が生きていると知って驚いているんだぞ。一体どこにいたんだ」

「遠いところです」

「遠いところってどこなんだ?」

「……ぶ、ブラジルっす」

「ブラジルにいたのか。そりゃ見つからない訳だ」

 ごめんブラジル。異世界扱いしちゃった!


「タカマサはこの10年で准教授というポジションにまで手が届きそうなんだ。一方、君は時間を無駄にしたな」

「いえ、ブラジルで多くを学んだのでそうは思いません」

「精神的な成長というやつか?そうは言っても君、手元には何も残っていないだろう。恋人は?貯金は?ちゃんと年金や税金も払っているのかね」

 最近から!


「君みたいなのは一生孤独にみじめに暮らして行くんだろうな。けれど、仕方のないことだ。自分の過ちの清算は自分でなさなくてはならない。それが人生だ」

「過ち……?」


 たしかに恋人も貯金もない。

 けど、俺の10年はくだらない時間なんかじゃなかった。

 適当にうんうんと言ってればいいことはわかっている。けど、なんだかそれじゃ気が済まなかった。


「ニート時代はあれでしたが……この10年のことは過ちなんかじゃないです。何も知らないおじさんにとやかく言われたないです」

「ほう、言うじゃないか。では説明してみろ。ブラジルで一体何を学んだのか」

 ちくしょう。嫌味な性格だ。今度ブラジル仕込みのドリブルでも習ってあっと言わせてやろうか。


「そこまでだ。やめんか」

 この戦争を終わらせに来たのは、まさかの祖父だった。

 叔父側に加担して、既に崩壊している我が海賊団をボコボコにする人だと思っていたのに、意外な仲裁だった。


「今日は祝いの日だ。人が気分の沈むことを口にするもんじゃない」

「すみません。お義父さん。ついつい甥っ子のことが心配でね。年寄りのお節介だ。悪く思わんでくれ」

「……ブラジルのこと悪く言われたんでちょっとムッとしただけです。こっちこそめでたい日にすんません」

「双方良し。では酒を手にしろ。宴会を始めるぞ。タカマサ、乾杯の音頭を」


 こうして祖父の計らいで、俺はこれ以上世界の端っこに居ずに済んだわけだ。ありがたや、ありがたや。端っこの席だと唐揚げが届かないからどうしようかと悩んでいたところだ。祖父に認められれば人権が生まれる。どうどうと長いテーブルの端から端へと動き回って美味しい料理にありつけるという訳だ。


 飲みなれない酒を飲んでベロンベロンになってしまい、畳の上でドカ食い気絶をしてしまった。

 目を覚ますとちょうど日が沈みかけている頃で親戚たちはほとんど帰ってしまっていた。

 まさかの両親も帰っており、え?俺どうすんの?状態に。

 電車で帰ればいいけど、遠いよなぁ。


 すっかり片付けられて綺麗になった大広間で肘をついて横になっていると、祖母が茶を持ってきてくれた。


「ありがとうございます」

 あまり縁があるわけじゃないので、つい敬語に。


「気にしないで。それよりおじいちゃんから大事な話があるからちょっと待っててね」

 遺産?除籍?


 その二者択一なら、間違いなく後者だろうな。


 しばらく待っていると、神妙な面持ちの祖父がやってきた。


「意識ははっきりしたか?」

「うん。久々にアルコール摂取したからつい眠気が。でも気持ちよく寝れて体調はめっちゃいい」

「それは何よりだ。この地の水で作られた酒だからな。体に合うんだろう」

 ……こーれ除籍じゃないです。今日からお前は親戚ではありません路線は無さそう。この地にルーツがある的な話から、その話題にはならないだろう。


「二都、ブラジルに行ってたらしいな」

「……ああ、聞いたのそれ」

「うむ。ここだけの話、本当はどこへ?」

 なに?この質問。めっちゃ怖い。

 親戚を代表して、祖父が真実を聞き出そうって腹か?


 こんな堅苦しい人に『異世界』と正直に言って見ろ。たぶん正座の姿勢から急にジャンピングパンチを食らう羽目になるぞ。


「ぶ、ブラジルです」

「本当にそうなのか?」

「……はい」


 しばしの静寂。

 祖父はしばらく考え込み、最後にこれだけ聞きたいと語り掛けて来た。


「この言葉に聞き覚えはあるか?『女神イシュタリア』」

「え!?」

 ギリあります!


 異世界の神、そして弱気人間に魔力をくれている存在。それが女神イシュタリア。


 堅苦しいの代名詞みたいな人から、まさかの異世界の情報が。


「やはり知っているか。二都、お前ブラジルじゃなく、異世界にいたな?」

 ぎ、ぎくぅ!!


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