第16話 明かされる勇者と委員長の力

 俺は最近知ったんだが、異世界の魔力は慈悲深い女神様が授けて下さっているものらしい。

 あまりにも弱い人間たちを見かねた女神様が、自身の力である『魔力の源』を世界に分配し、それを扱うことによって我々は力を得た。


 異世界で初めて冒険者らしい活動した日、ボロボロのシャツを着ていて防具も武器も持っていなかった。それを見かねた鍛冶屋のおっちゃんが「これだけでも持っていけ」とカビの生えた盾を持たせてくれたのだが、女神もそんな憐みの心で脆い人間に魔力をくれているのかもしれない。でなければ、とっくに魔物や魔獣に滅ぼされて異世界は全滅の憂き目にあっているだろう。


 魔力というのは、人の身体能力を向上させ、怪我や病気を遠ざけてくれるだけではない。こっちの世界でいう願望や夢に近い性質もある。人は願望や夢を持ち、それをエネルギーにして追い求め、そして叶えて人生を楽しむ生き物だ。


 魔力はそれに似ているが、もっと直接的な力である。

 例えば見習いヒーラーが能力を得るとき、まずは神官服に身を包み、杖を手にしてイメージするところから始めるらしい。ソースは聖女なので、俺の感想ではない。

 先人たちが怪我や病気を治す姿を思い浮かべ、自身にも似た能力を開花させるべく、イメージの修行に入る。そうして適性があれば、魔力の性質に変化が起き、ヒール能力が開花するわけだ。


 なので、ヒーラーと一口に言っても、全員が微妙に能力が違ったりする。全く同じものはなく、それぞれが開花させた能力を似たくくりでまとめて『ヒーラー』と名付けているに過ぎない。昔、金をケチって安いヒーラーの治療を受けた時、数日肌が緑色だったのはあいつの能力が純粋な治療ではなかったのだろう。


 これは一般的な能力の授かり方であり、こと俺に関してはかなり一般的ではない。だって半年も森で放置されていたから。


 能力の授かり方も、魔力の性質も知らず、俺はただひたすらに魔力を増やし、操作する楽しみを追い求めた。通常あり得ない形で魔力を自由自在にものにした生物に発現した能力は、まさにその自由さを象徴するものだったのだ。


 病室にて、手をグッパグッパと握り、魔力がその動きに滑らかに付いてくる感覚を味わう。


「流石ニトさんっす!なんど見ても魔力の動きが滑らかで、生きているみたいっす」

「これでもまだまだぎこちない感じだけどな」

 魔王との決戦時は、この数倍スムーズに扱えた。

 もう戦う必要もないので全盛期に戻す必要もないが、居酒屋で昔の武勇伝を語りたがるおっさんたちの気持ちがわかってきた。

 俺、昔はもっと凄かったんだぞ!100対1の喧嘩に勝ちました!まじで、まじ!


 おっさんの武勇伝ほど見苦しいものはないので、今日の目的に集中する。今日は雲雀さんとの約束を守る日だ。あの七輪を囲んだ日からもう1か月も経った。月日が経つのは早く、大工修業と魔力を戻すことに集中していると本当にあっという間だった。


 あれだけ豪語しちゃったからね。いざやって治せないってことにならないように、体調は万全に整えてある。まだまだ魔力は戻り切れていない。けれど、これで十分だ。


「立ち合いをさせて頂きます。異世界多元外交部の医療チームの部長を務めます。来須ショウです」

 今日この場には、私立病院の委員長と研究目的の医者が数名。それに俺と一馬君。当事者である雲雀さんとお兄さんの他に、こうして多元外交部のお偉いさんも数名来ていた。


 医療関係者だけでなく、魔力の研究も含めてこうしてお偉いさん方が押し寄せてきているわけだ。実験用のモルモット気分だが、まあ見られて困るものでもないので、立ち合いを許した。


 来須さんから名刺を受け取り……少し困った。名刺入れなんて持っていないので、ポケットに仕舞いたいが、それがマナー的にセーフなのかアウトなのかが分からない。どうせこの後取り出し忘れて洗濯機に行く運命だが、今この場での正解が分からない。


「……名刺はいらない。名前は忘れないタイプなんだ」

 なんか渋い顔してそう言っておいた。

「はい。流石『勇者』ですね」

 なんかそれっぽく収まった。ありがとう、雰囲気を察してくれて。


「ではシュウさん、雲雀さんを呼んできてください。彼女には俺が何をやるのか見届ける権利がありますので」

 雲雀さんだけはまだ病室の外にいる。少し俺たちにきつく当たったことをまだ気にしているみたいだ。

 彼女の過去を知らないが、きっとあの性格のことだ。人に頼るのがさぞ苦手なんだろうな。


「ショウです。はい、呼んで参ります」

「あっあ……ごめっ」

 これだからニートは!!能力がないのに、つまらないプライドばかり!!

 心の中でまた助走をつけて内なるニートを殴りつけておいた。どりゃあああああ!!


 ショウさんに呼ばれて病室に入ってきた雲雀さんは、少し俯き勝ちで視線を合わせて来ない。

 美人は顔を上げて前を向くのが一番世間への貢献度が高いというのに。


「雲雀あや。兄さんが目覚める日に、そんな陰気臭い顔していていいのか?」

「……なっ!?うっさい、ニート!だれが陰気臭いって?」

 俺をニートと呼べるだけの気力が戻っているなら十分だ。


「じゃあ行くぜ。見てろよ、俺が俺の異世界旅10年の成果だ」


 魔力を高め、能力発動。

『魔力の自由意志(ネイラ NEira エクスティウム ExTium)』


 俺の求めているものを引き寄せやがれ!


 魔力が俺の願いに呼応し、手に欲したものを具現化させた。その見慣れた赤い杖に、思わず笑みがこぼれる。具現化させたというよりも、借りパクが近いかもしれない。


 俺の手には、異世界でずっと見て来た『女神の耳かき』があった。

 いやね、名前はあれだけど。本当に凄いから、これ。昔は俺もダサいと思っていたよ?言わなかったけど。他人の持ち物にダサいなんて言えないよね。

 でも俺たちに魔力を授けてくれているあの『女神』様の耳かきだよ。たぶん相当凄い。今ならそれがより一層わかる。


「えっ!?それって聖女様の杖じゃ!」

 一馬君は一目でわかるらしい。向こうで5年もいたから、もしかしたらパレードやらで聖女のやつを見たのかもしれない。

「その通り。俺の能力で姿を現させて貰った。結構便利な力でな、欲しいものなんでもくれるんだよ」

 超便利。


「そんな力が……?ちょっと待ってください。いくら勇者ニトでも、そんなこと。あっちの世界の理に反するレベルです!」

「まあ、代償はあるんだけどな。俺この能力使うと、魔力の送料が減っちゃうんだ」

 これが厄介だけど、この力は多くの場面で俺たち勇者パーティーを助けてくれたものだ。安い代償だよな。


 代償のことを話したら、今度は一馬君が顔を青ざめ始めさせた。


「なに?なによ。私たちにも分かるように言いなさいよ」

 雲雀さんが説明を求める。ごめんな、オタク用語ばかりでついていけないよな。


「何やってんですか……ニトさん!あんた魔力の総数って……!!魔力は命よりも大事なものなんですよ!!」

「懐かしいな、その言葉」


 向こうでは良く聞いた言葉だ。

 魔力は命より重い。こっちの世界の銭ゲバが金は命より重いと言っているが、それに近い感覚がある。向こうは魔力量がすなわち戦闘力や職業上の優秀さを現すわかりやすい数値になったりするから。


 更には、魔力の総数を削る行為というのは寿命を削るという考えもあったりする。古い老人たちが、特にそういう考えが強い傾向だったりする。


「まあたぶん大丈夫だろう」

 異世界でも何度も使っているが、俺はまだこうして生きている。

「ちょっと待ってよ。そんなこと一言も……」

 雲雀さんにはどこから説明していいかの問題もあるからな。当然知らせていなかった。


「迷信みたいなものなんだ。真偽はわからない」

「けど、とっても大事なものなんでしょう!?」

「まあまあ。こっちの世界とあっちの世界じゃ、魔力の価値は違うから」

 慌てなさんなって。

 俺が昔集めた超キラのカードを友達に自慢したら「これが1万円!?ばかじゃねーよ?」と馬鹿にされたように、世の中価値観が全てなのだ。


「けど……けど……」

「ニトさん、魔力の総量が本当に減ってる感じがする……」

「気にすんなって。減ったならまた増やせば良くね?」

「へ?」

 困惑した反応の一馬君。俺、変なこと言ったかな?


「もともと体一つで異世界に飛ばされたんだ。魔力なんてこんなのボーナスだろ。無くて元々。減ったら増やせばいいだけ。そんだけのことよ」

「……ははっ。すげーや」

 なんか一馬君が目元に涙を浮かべ始めた。


「あんたやっぱり勇者なんすね。俺……今自分の小さい世界をぶっ壊されたみたいで、猛烈に感動しているっす!!」

 感動してくれてよかったよ。

 けど、実は杖の使い方知らないんだよなぁ。


 それっそれっとそれっぽく振ってみるが、なんか発動しない。その後、ちゃんと段階を踏んでいるんですよと周りにアピールしながら、『女神の耳かき』をなんとか使いこなせた。

 その時間、実に1時間も!!


 けれど、効果はあったみたいだ。


「……野輪さん、待ってください!脳波に異変が。委員長、これって……」

「ああ、正常な波長だ。信じられん。この世に本当にこのような力があるとは」

 医者たちとショウさんが話し合う。ショウさんは多元外交部に所属しているが、彼は医者という立場でもあった。


「まだ眠っています。経過を観察する必要もありますが、皆の結論をまとめると……彼は直に目を覚ますでしょう」

「ほっ」

 それはよかった。

 思わず、近くのソフォに座り込む。聖女の杖すげー。女神の耳かき半端ないって。普通そんなことできないやん!


「本当に?本当に目を覚ますの?」

「ああ、保証するよ、雲雀くん」


 ショウさんから確約を貰い、雲雀さんは少し手が震えているように見えた。どういう感情かは推し量れない。

 兄の手を握り、静かに佇む彼女には、今はゆったりとできる時間が必要だ。


 俺たち邪魔者はもういらない。

 みんなでそっと病室を後にしようとすると、後ろから声をかけられた。


「……ありがとう。ありがとう。ありがとう。この恩は、絶対に絶対。一生をかけてでもお返しするから」

 そうか。でも。

「別にいらねーよ。そうだな。じゃあこうしよう。あの家でまた七輪で肉を焼こう。もちろん肉代はあんた持ちだ」

「ふふっ。ほんとバカ。……ありがとう」

 それ以上の言葉は必要ないだろう。俺たちは今度こそ、兄妹の大事な空間から立ち去った。


 病室から出たところで、委員長に声をかけられる。


「そういえば、彼の治療費が少し滞っていましてな。うちは最新設備の私立病院。実に1億円者支払いが滞っている」

「1億!?」

「ショウさん、それとも野輪さん、あなたたちに建て替えて貰うことは出来ますかな?兄妹に今請求するのはあまりにも無粋でしょうから」


 1億!?

 払えるわけねーだろ。儲かりすぎて肥え太ったその腹に腹パンすんぞ、院長!


「その反応、払えそうにない感じですか。そうだな」

「すっ少し安くなりませんか」

「では、こうしよう。奇跡と感動をを見せてくれたお礼に……無料ということで」

「「「委員長おおおおおおおおおお!!!!」」」




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