第15話 ノンデリもたまには良い

 うっ。湿気が……。


 雲雀さんの家の室内は思っていた以上に不快指数が高かった。

 こんな清楚美人でエリートな人がこんな環境で暮らしているだなんて……むしろ良い!


 ギャップがあっていい!なんかちょっとエロい!

 そんなこと、口に出してなんて絶対に言えないけど。


「はい、お茶」

 一応客として扱って貰えているみたいで、俺と一馬君にはお茶が出された。しかも、お茶パックをしっかり使った麦茶だ。冷蔵庫でキンキンに冷やされており、ちょうど喉の渇いていた今の体調にクリティカルヒットするうまさだった。


 またまた意外。雲雀さんは凄く庶民的な人みたいだ。なんか変な先入観を持ってしまっていて申し訳ない。170センチ以下の男とセール品を買う男は人権がないというタイプだと勝手に思っていました。


「へぇー、なんか雲雀先輩っぽくないというか……。凄くイメージと違います」

 家じゅうをきょろきょろと観察した一馬君が率直な気持ちを言葉にした。素直なことは褒められたことだが、時と場所を選ぶべきだとも思うぞ。


「笑えば?私がこんな貧乏生活しててさぞ滑稽に思ってるんでしょ?」

「いや!自分はそんなつもりじゃ!」

 あんまり他人のことを詮索するようなことは良くない。俺も世渡り上手な方じゃないが、今の一馬君の言動はミスとしてカウントしていいだろう。けど、彼の性格は善良極まりない。今回も悪意なんてみじんもなかっただろう。だから少しフォローすることに。


「俺たちは大工見習だからな。家の設計で気になる部分があるんだろう。独り立ち出来た暁には、この家のリフォームを担当したいものだ」

「……あっそ。あんたみたいなニートじゃなく、ちゃんとした大手ハウスメーカーに頼むけどね」


 喧嘩するのも、気まずい雰囲気を引きずるのも得策ではない。なぜなら、俺たちの前には一平君宅から貰って来た『良い肉』があるからだ。

 聞いてみると、雲雀さんの家にホットプレートはなく、しかし七輪と炭はあった。


 ……なぜこんなものが?


 いやいや、邪推は良くない。七輪と炭なんて別にやましいことなんてないから!

 普通にお肉を焼くのが好き系女子だから、雲雀さんは!


「自殺用かと思った?ばーか。普通に庭でサンマを焼いたりするのが好きなだけ。家の中で一人は……少し寂しいから」

「……だっ、だと思ったぁ」

 七輪さいこぉー!!サンマさいくぅー!!


 七輪の底に折りたたんで厚みを増した新聞紙をとぐろ状にし、端を着火する。火が付いたことを確認するとそこに炭を重ねていき、上から仰げるもので酸素を供給する。七輪の底に空気の逃げ道をしっかりと確保っと。


 こうすれば着火剤なしに炭にじっくりと熱を伝えることができ、炭が次第に燃え広がる。


「あんたニートの癖に意外とこういうことできるのね」

「おう。陽キャのBBQには縁がないが、異世界ではアウトドア生活が長かったからな」

「流石勇者ニトです!」

 ふふん。俺今、結構頼れる男っぽい?

 そう見えてるなら最高だ。美女の前でBBQスキルを発揮できることがこんなにもアドだなんて知らなかった。全男子諸君に告ぐ。BBQスキルを身につけよ。ナウ。


「煙が出たな。網をかけてやり、熱が通ったらもういけるぞ」

「うひょおおおおおお!ここなら変に気張らずに食べれるっす!」

 一平君の家じゃ、俺たち結構浮いてて楽しめなかったんだよな。ここなら気兼ねなく食べられる。


「焼き肉のタレと塩、ポン酢。うちにあるのはそれだけ。どれがいい?」

「「焼肉のタレ!!」」

「……ふんっ。はいはい」

 なんか鼻で笑われた!?浅はかってか?焼肉のたれは浅はかってか!?


 聞いてすぐ、お茶碗に焼肉のたれを注いだものを三つ持ってきてくれた。

「なんだよ、雲雀さんも焼肉のタレじゃん」

「当たり前でしょうが。結局これが一番あうのよ。肉に塩とかワサビを乗せるのは、良い肉を食べすぎて飽きちゃった連中に任せてればいいのよ」

「流石雲雀先輩っす!」

 一馬君は上の者を立てるのがうまい。こいつ、出世するな。元無職とは思えないスキル。一馬君にも変な過去があったりするのだろうか?


 肉を網に乗せると、脂が焼かれてジュウジュウと美味しそうな音が響く。それに遅れて、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。うっひょー!!


「おいおい、これやばいって。こんな良い肉食べたことないかも。なあ、誰が行く?ファースト肉、誰が行く!?」

「私に決まってんでしょうが。よこしなさい」

 遠慮の欠片もないその態度、良し!ファースト肉は雲雀さんにやろう。


 肉を割りばしで摘み上げ、どっぷりと焼肉のたれにつけて、一口で頬張った。美女の口にいいお肉が!!


「……うむ。……うん」

「どう?どうなの?」

「雲雀先輩!」


 良く咀嚼し、ゴクリと飲み込む。


「どうなのよ!」

「……うますぎ。早くもっと焼いて」

 きたあああああ!!


 ここからは見た目は度外視だ。七輪の淵ギリギリにまで肉を敷き詰め、

 とにかくスピードを追い求める。コース料理のごとく上品に空間と時間も楽しむ?そんな文化はこの場に存在しない。美味しい肉はただ腹に詰める。必要なのはそれだけだ。


 最高にうまいBBQもどきを楽しんでいると、一馬君があの件に触れた。


「そういえば、朗報です!ニトさんに魔力が戻ったんすよ!」

「まだ全盛期の1割ってとこだけどな。けど、きちんと鍛錬したら3ヶ月で半分は戻りそうな感覚がある」

「へぇー。それはいいことね。上に報告するわ。上もあんたには期待しているみたいだから」


 話がここで終わっていればよかった。

 けれど、良い肉で口が緩んだ一馬君が、口を滑らせることに。


「そうそう。ニトさんの魔力が戻れば、お兄さんの件もなんとかなるかもしれないっす……あっ」

 言い終わって気づいたらしい。この話題がまずいことに。

 雲雀さんはこのことを知られたくなかったみたいだし、俺も無理に聞いちゃったんだよな。


「……言ったの?」

「ご、ごめんなさい。ニトさんならなんとかできるかもしれないと思って」

「……は?私がいつそんなことを頼んだの?勝手に踏み込んでこないで」


 場が凍りつくってまさにこのことなんだろうなって。

 肉をあぶる炭がだけが音を奏でて、庭は沈黙に包まれた。今なら虫のさえずりだって聞き逃さない風流な気分だ。風流ってなに?


「……もう帰って。気分が冷めた」

「で、でも!ニトさんなら!ニトさんは異世界で本当に凄い偉業の数々を残していて!」

 なんか地元の後輩がヤンキーの昔の武勇伝を他人に語ってるみたいで、非常に恥ずかしい。一馬君、俺なんだか居心地悪いよ!


「帰って。……帰ってよ!」

 雲雀さんがこれだけ感情を乱すのも珍しい。

 俺は肉の前に座ったまま、立ち上がらなかった。空気を壊してしまったが、帰るつもりはない。


 この件は俺も関わってしまったので、首を突っ込ませて貰う。


「帰らない。まだ肉があるから」

「は……?馬鹿じゃないの?」

「俺はここで全部の肉を食べて行く!」

 これはもう決めたので、やっていく。肉は俺のものだ!空気を読めないとか関係ないね!

 それに、まだ言いたいことはある。


「雲雀あや。勝手だが、お前のことを少し聞いた。事故で目を覚まさない兄のことを大事に思っているらしいな。多元外交部の高い給料も兄につぎ込んでいるからこんなところに住んでいるのか?」

「あんたに関係ないことよ。うざいのよ」

「関係無いことあるか。俺たちはなんの縁か知り合っちまったんだからな。お前の兄を思う気持ちはそんなものか?他人に事情を知られたくらいで、目の前のチャンスを放棄するような」

「関係ないって言ってんのよ!帰れよ!帰れ!」


 最高に感情を乱した雲雀さんが割りばしを投げて来た。

 頭と顔に当たったが、動じないふりをした。実は目の端にあたって痛かったが、そこは我慢だ。


「俺なら、治せるって言ってるんだよ。雲雀あや。お前はその機会を逃すのか?兄のために、俺に頭を下げるだけの度胸もないのか?」

「はあはあ……。なんであんたに……あんたなんて……!」

「馬鹿言うなよ。俺は異世界で勇者と呼ばれた男だぞ。魔力が戻った今、人ひとり助けられなくてなにが勇者だよ」

「……勇者」


 まっ、俺に任せとけって。

 最後に雲雀さんの目を見て、ニッコリと微笑んでやると、雲雀さんの目から涙がこぼれ、頬を伝う。


「……頼っていいの?」

「当たり前だろ。七輪を提供してくれた礼だ」


 力が抜けたのか座り込んで、その場で泣き崩れた。

 顔を覆って、感情を前面に向きだしてただただ泣いた。


 ふう、大人になるとなかなか素直になれないんだよな。プライドとか世間体とかいろいろ邪魔する物が多すぎる。俺も元ニートだからな。そこらへんの敏感な感情は誰よりも知っている。


 けど、たまにはノンデリくらいの方が、人間関係もうまく行くってもんだ。


「さあ、残りの肉を食おう」


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