第13話 ビビビッ……食あたりか?

 都内23区に、土地300坪。建物総床面積100坪越えの一軒家があろうとは。あるところにはあるんだね、お金って。


 ホームパーティーに参加するためにやってきた御宅は、流石都市銀行の部長の知り合いといった富豪の家だった。


「やあ、良く来てくれたね、橘くん」

「社長、招待ありがとうございます。これ持参したワインです。イタリアのピエモンテ地方を代表するワインメーカーで、ネッビオーロ種の高級ワインを作りに力を入れているところです」

「おやおや、そんなもの別にいいのに。君は気が利くなぁ」

 紳士然とした社長が嬉しそうにワインを受け取り、食事のときに開封して楽しもうと大人な会話をする。


 そして、二人の視線がジャージ姿の俺たちに向けられた。


「ふん。ごめんなさい社長。彼らは僕の連れで急遽連れて来たのですが、よろしかったでしょうか?」

 今鼻で笑った?

「もちろん大丈夫だよ、人は多い方がいいからね」

「持参品もなくすみませんね。私の知り合いではありますが、まあ普通はそこまで気が利きませんからね」

「ははっ流石橘くんだね。君くらいだよ、こんなにちゃんとしているのは」

 なっ!?

 俺たちを出汁に使いやがった!?誘われたから来たのに、なんか気の利かねー二人ポジションにされたんだが!?

 相変わらず地味に嫌なやつだ。


「いやぁ、それにしても嬉しいよ。息子の退院祝いにこれだけの人が集まってくれて」

「全ては社長の人望ですよ」

「退院?」

 少し気になったので、会話に混ざっておいた。人の好さそうな社長はすらすらと事情を話してくれる。


「息子が暴力にあって、2週間ほど入院していたんだよ。犯人のことは話さないし、全く。世も末だよ」

「こえー」

 どこだよここ。異世界でもそんな通り魔とか聞かねーぞ。俺がいない間位に、日本はモヒカン暴走族が闊歩する時代に突入したのか?

 危なすぎておちおち外も歩けねーよ。


「父さん、そろそろみんなの前に」

「おおっ、分かった。これが息子です。波乱万丈で不思議な運命を辿っている息子ですが、無事に戻って来てくれて何よりだ」

 どれどれ。その不幸体質な息子の顔でも拝んでおくか。金持ちの顔は――。


「はっ!?」

「……お前は」

 そこには、先日帰還者の集会で揉めてしまった一平くんがいた。

 ここって彼の家!?おいおい、世間狭すぎんだろ!


 てことは、息子に暴力を振るった謎の犯人って、俺!?犯人、退院祝いのホームパーティーに来ちゃったんだけど!


「おや?知り合いかね?」

「少し顔を知っているくらいだ。父さんは気にしないで」

「だよねー」

 なんか許された?てっきり追い返されるものかと思っていたが、ギリセーフ。これで良いお肉が食べられる。

 社長と共に、一平君も家の奥へと入っていく。去り際に、こちらを振り向いたのは、やはり何か思うところがあるのだろうか。


 いよいよ始まったBBQ。てっきりみんなでワイワイ焼くのかと思っていたが、料理人がやって来ており、肉は全て彼らに任せられている。俺の想像していたBBQではないが、これでBBQ童貞は卒業できたと言ってもいいだろう。今後聞かれたときには、BBQの経験者として陽キャっぽく質振るまおうと思っている。


 ホームパーティーに来た面々は、この場を楽しむためってよりは、仕事での繋がりを求めてやってきている節があるように見えた。みんな浅い挨拶を交わしあって、今後ともよろしくと頭を下げあっている。


 ふん。ド素人どもめ。そうやって挨拶していろ。


「一馬。全部食うぞ」

「うっす」


 俺たちは本気だ。この場には遊びで来ているんじゃない。

 いくぜ、滅びのバースト食欲ストリーム!!


 ここからは2人で良い肉を詰める作業に入った。

 うんめ、これ。まじうんめ!

 橘が横から話しかけてくるが、あんまり話が入ってこない。


「食いすぎだろ。慎みを持てよ。てか、金木くんめっちゃ怒ってたぞ。同窓会の件。覚悟するんだな」

「うん、覚悟する。てか、持参品のこと言えよ」

「ごめ、言い忘れてたわ。ああ、てか全然社長と話せねーなぁ。取り巻きおおっ。うーん、どうにか近づくアイデアでも」

 金木か。少し食欲の減る名前だったが、すぐに忘れることができた。


 隣にいる橘は邪魔だが、一馬君とは共鳴しあってお互いの食欲を高めあっている。

 そんな折、またも橘に出しに使われることとなった。


「そうだ。みんなちゅーもーく!」

 ホームパーティーにやってきた皆に呼びかけ、橘が注意を集める。こいつも出世争いで大変だろうから、いろいろ立ち振る舞わないといけないんだな。でかい企業の出世争いってのも、あんまりいいものじゃないな。


「皆さま、今日は俺の愉快な友人を連れて来たんですけど、二人がやっていた面白いことを紹介しようと思います」

 ぶっ!と飲み込みかけた肉を吐き出しかけた。

 こいつ……!また俺たちを出汁にしやがって。てか、もともとこういう目的で連れて来たんだろうな。やれやれ。ただほど高いものはないというが、二度も出汁に使われるとは。コンブ、煮干しでもそんな運命辿ったことねーぞ。


「おい、何してたかみんなに言ってやれよ。絶対盛り上がるぞ」

 一心に注目を集めてしまい、公園では恥ずかしげもなく魔力の訓練を口にしていた一馬君も言い淀む。流石に恥ずかしいか。

 だから、俺が代わりに言ってやった。


「魔力の鍛錬だよ。それが何か?」

 俺の言葉に、会場がワッと盛り上がった。少し馬鹿にしたような笑いだが、みんなツボに入っている。大人が真面目な顔して魔力の鍛錬なんて口にするから、無理もないか。

 まんまと橘の策略通りにことが進んでしまった。


「いやいや、橘くんはユーモアのある友人をお持ちだね」

「社長!そうなんですよ。面白いやつを連れて来たでしょう?ほら、野輪。社長が来てくださったんだ、お前の魔力を見せてやってくれよ」

 この上、更に公開処刑をするつもりかよ。

 全く、橘の正確のひん曲がったものには、感心すら覚える。


 さてどうしようと思っていると、思わぬところから思わぬ反応があった。

 ドンッと強く机を叩き、苛立ちを露にしたのは一平君だった。


「ど、どうした一平。なにかあったか?」

「いいや、別に……。ただ……ニトさん、そんなことはしなくていい」

 なぜ彼が怒る?俺が公開処刑されて一番喜びそうな立場なのに?なぜ俺を庇う?


 まあ庇って貰ったところ悪いが、会場の空気は冷やしたくない。ただ飯食わせて貰ったのは事実だしな。

 高校のときに道化を演じるのは習得したので、俺は10分ほど会場の道化となって盛り上げ役に徹した。


 橘の気が済んだ頃に解放された俺は、不機嫌そうにこちらを睨む一平君の元へと向かう。カウンターパンチとは言え、殴り飛ばしちゃった謝罪もしないとだしな。


「なーに怒ってんだよ。お前が怒る理由なんてあるのか?俺はお前を怪我させちゃった男だぞ」

「うるさい!ただ、見ていられなかっただけだ。……くそっ。悔しいが俺も異世界にいたんだぞ。あんたは勇者ニトだ。あの夜はそのことを知らなかった。俺は……俺もあんたを尊敬していたんだ。あんたは俺たちの英雄で誇りなんだよ。それなのに、こんなくだらない連中に笑われて。魔力まだ戻ってないんだろう?」

「そうなんだよ。だから何か披露もできなくて」

「断ればよかったんだ。A級冒険者に上り詰めたからわかる。……あんたは偉大だ。あの世界にいれば、誰だってあんたを尊敬し、憧れる。その気持ちが、全然うすらいじゃくれない」

「お、おう。サインいるか?」

「調子に乗るな」

 調子に乗せたのはそちらだが?


「雲雀さんとは本当になんでもないんだな?」

 ああ、そういえば一平君は雲雀さんに恋しているんだったか。それで突っかかって来たんだよな。

「あると思うか?こんなおっさんが」

「ふん。そういえば雲雀さんは異世界を知らないからな。じゃあ、ないな」

 なんかその納得の仕方はそれでちょっと腹立つな。


 しばらく一平君と話していると、突如雨が降り始めた。今日は晴れって話だったのに、意外だ。会場も大慌てでセットの片づけを始めていた。


 そのタイミングで、会場近くに巨大な稲妻が落ちる。俺の見間違いじゃなければ、黒い稲妻だった気が……。


「今の感覚……」

 一平君も気づいたようだ。

 今の稲妻をきっかけに、俺の体にあの頃の感覚が戻る。


「魔力が!」

「ああ」


 体を纏うオーラ。これは異世界で俺が夢中になったあの頃の魔力のままだ。まだ全開じゃないが、それでも思い通りに動かせる。


 試しに両手でマグカップを触れない程度に多い、魔力だけで持ち上げる。あっちでは余裕だったが、こちらでは少し重みを感じつつも持ち上げることができた。


「ははっ……なんで魔力でそんなことが。あんたやっぱり勇者ニトなんだな」

「こんなこともできるぞ」

 指の上に浮かせて、魔力だけで持ち上げる。異世界は魔力自体を操作するっていう考えがなかったからな。こういう芸当は大変喜ばれる。その証拠に、一平君も少年のように目を輝かせていた。


 最後の最後に今日の主役を本当に喜ばせることが出来て何よりだ。

 しかし、さっきの黒い稲妻……。


 あれは俺に魔力を供給してくれる女神さまってより、もっとずっと身近に感じていたものに似ている。


 魔王……。

 あいつの魔力の感じにそっくりだ。俺と対になる存在らしいが、確かに殺したはず……。

 少しだけ嵐の予感がした。

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