第12話 必殺技の練習は公園でやるな

 俺のおさがりの寝巻を着て、一馬君は風呂上がりのポカポカした余韻を味わっていた。俺のニート時代の寝巻が良く似合っているのは、彼が元無職だからか、それとも瘦せ型でファッションの神に愛されているからか。


「ん?どうしたんっすか?」

「いや、体力あるなぁって思って。ドンにあれだけしごかれてもピンピンしてるんだもん」

「そりゃ俺たちには魔力がありますから。って、ニトさんはまだ魔力戻ってないのか。それならむしろニトさんの方が凄いんじゃ?」


 俺はあっちで結構基礎体力付けたからな。まああっちに比べりゃ、数馬君もこっちの生活は随分楽に感じるのかもしれない。


「魔力か。そういや、どうやってこっちの世界に戻ってきたんだ?」

 他にも帰還者たちが沢山いたが、みんなの詳しい事情は聴いていない。中には子供時代にあっちに飛ばされた人とかいるらしいし、闇が深そうなエピソードとか出てきたら困るので触れていない。

 触らぬ神に祟りなし。


「自分は家から放り出された日に、公園でこれからどうしようって悩んでたら、ヤンキーにからまれたんっすよ。で、リンチ食らって意識失っちゃって、気づいたら異世界に」

「おいおい。散々じゃねーか」

 世紀末かよ、こっちの世界は。

 向こうでもそんな荒れた話あんまり聞いたことねーぞ。


「治療院で働いてたんですけど、その薬草採取の途中で魔物に襲われちゃって、で目を覚ますとこっちの世界に」

「ほーん」

 結局理由はわからないのか。


「戻って気づいたんですけど、向こうより随分と魔力が弱まってるんですよね。でも、しっかり魔力が使えるということは二つの世界はどこかでつながっているという証拠でもあります」

「ふーん。俺はなぜか全く使えないけどな」


 それを言うと、一馬君が首をひねって考え始める。ずっと疑問に思っていたらしく、淡々と言葉を紡ぎ始めた。


「それってずっとおかしいと思っていたんです。ニトさんは多くの帰還者と違い、『女神』様が直接呼び寄せた存在。魔力は女神からの授かりもので、おそらくこっちの世界は女神から遠く影響力が弱いがために魔力も弱まっているんです」

 ……なんか、俺の全然知らない情報ばっかりだった。


 一馬君は向こうに5年いたらしい。俺は10年もいた。俺の方が倍長いし、すんごい実績も残している。けど、今の話全然知らない。


「……おっ、たしかに。うんうん」

 いかん。なんか知ったかぶりしちゃった。見栄ってやつはなんて罪深いんだろう。


「魔王は女神の魔力を最も上手に扱う存在。それに対抗するためにニトさんは異世界へと呼び寄せられた。こちらの世界で最も魔力を扱うのがうまい存在だったからです。もっとも女神に愛されたニトさんが、魔力を一切感じないのはおかしいんですよ!」

「……俺もそれを考えていた」

 マジかよ!!俺を呼び寄せたのって女神だったのかよ。じゃあなんで俺は魔力を失ったんだ?本当にそうだよな!一馬君!


「答えはわからないっすけど、でも絶対に戻るはずです。ニトさんの魔力が戻ったら、こっちの世界……取れるんじゃないんですか?」

「ちょっ怖っ」

 一馬君の発想と目が少しマジで怖かった。


 一人燃えている一馬君の隣で、俺のスマホが鳴った。俺があっちに飛ばされたとき、まだこんな便利な物はなかった。ちなみに、先週契約したばかりだ。

 安いスマホを買い、格安SIMを契約した。全てが新しい文化だったのに、ニート時代の経験かすんなりとことが進んだ。


 これがあれば仕事の連絡が便利になるという訳ではなく、だってドンはスマホをあんまり使わないらしいから。実は瑠香さんがマジンのIDを教えるように伝えて来たのだ。


 今はメールなんてものは仕事くらいでしか使わないらしい。みんなSNSかマジンアプリで連絡を取るんだと。実際に使ってみると、たしかに便利だと思う。すぐに相手に届く感覚がなんか気持ちいい!

 そして既読が付かないとなんだかソワソワする。これが令和の気持ち……。


『こんばんは』

『お仕事お疲れ様です』

『この前送った漫画読みました?』


 トゥルンとぅるんトゥルン。効果音が連続で鳴り響いた。


 そういえば、そんな物を郵送して貰っていた。段ボールをまだ開封していないが、彼女の知り合いの漫画らしくとても売れている。超富裕層ってのは凄い繋がりがあるんだなと感心させられる。


『漫画ありがとう。まだ読んでない。知り合いが泊りに来てるから、そろそろ寝る。またな』

 仕事で早起きの習慣がついたし、これを崩したくない。瑠香さんとの連絡は長引くので、感謝だけ伝えておこう。


『泊り?』

『え、誰?」

『その人に決闘を申し込みます』


 物騒な連絡が来たので、急いで返信する。雲雀さんの同僚で、異世界帰りの男だと伝えたら瑠香さんから可愛らしいスタンプが届いた。


 なんかスタンプを見るとなごむので、今度俺も小さくてかわいいやつを買っておこう。


 男二人の泊りなんていつ以来だろう。なんか夜中に好きな人の話をしちゃうのかな?とか思ったけど、普通に寝た。うん、長普通に寝た。


 次の日は休みだったので、一日中一馬君が魔力の面倒を見てくれることとなった。俺の部屋に大の大人二人が自由に動き回るスペースなんてあるはずがないので、どこか場所がないかと考えていると一馬君が嬉しそうにこう言った。


「近くにでかい国立公園があるっす。図書館やカフェも隣接していて、全面が芝。最高のロケーションがあるっす」

 GPS機能とやらを使い、訓練場所をみつけてくれたのはありがたいが、正気か?


 中学生以来だぞ。公園で必殺技を練習したのなんて。俺たち今成人してるぞ?大丈夫これ?通報されない?


 一馬君の目がキラッキラに輝いていたので、拒否権はなかった。それに他に場所もない。とほほ。


 家族連れが9割の、日が眩しく差し込む大きな国立公園。そこに元無職二人がよれよれのジャージを着て、降臨する。


「やるっすよ!当然知っていると思いますが、魔力は女神からの授かりもの。女神は人の心を通じて魔力を与えてくれます。ニトさんの心のイメージがある場所に今一度集中してください」

 そういう原理だったのか。


 俺はいつも乳首と乳首を結んだ中心点を、魔力を練る場所としていた。ここが俺の心のイメージだったんだな。


「……」

「どうしたんですか?魔力を練るのは、声を出した方がやり易いです。ニトさんの方が遥かに知っているはずです」

 それはそうだ。一馬君の言うことは正しい。

 魔力を練る際、不思議と声を大きく出したりすると、魔力もそれに比例して沢山出ることがある。


「……はっはあああああ――」

 消え入りそうな声を出した。

「声が小さいっす!」

 分かってる、分かってるけど周りの視線が!!

 こんな真昼間から公園で魔力の修行してる二人って、やばいでしょ!?一馬君、よく平気でいられるね!


「ニトさんは自分の憧れの人です。あの格好いい魔力を纏っている姿を見れるなら、なんだってしてやります!うおおおおおおおおおおお!!」

 ちょちょちょちょ、奥さん!見ないで!こっち見ないで!


 羞恥プレイ極まっているのに、こんな時に限ってさらにやばいことが起きたりする。


「やっぱりそうだ。野輪、また会ったな」

 聞き馴染みのある声。げっ。

 顔を見るまでもなかったが、そこには元バスケ部の長身イケメン。今は都市銀行の部長にまでなった橘がいた。あの嫌な同窓会ぶりだ。

 橘の後ろには奥さんと、小学生くらいの子供二人もいる。9割の家族連れを構成するマジョリティどもが!!


「何やってんだよ」

「……」

「おい、無視すんなよ」

 言える訳ねーだろ。魔力を練る練習をしてるなんて。


「ニトさんの魔力を蘇らせる練習っす!お知り合いですか?」

 爽やかな笑顔で、はきはきと一馬君が代わりに答えてくれた。

 数馬君、君凄いね!!

 俺、君のこと尊敬しちゃってる!!格好いいと思っちゃってる!!

 全然恥ずかしいとかないんだね!!


「ぷっ。お前何歳だよ。くだらねぇ。はぁーあ。独身だからそんなバカなことやってられるのか?それともお前、頭がいってるのか?」


 だよなぁ。

 これが普通の反応だよな。一馬君は向こうの世界の俺の活躍を知っているし、魔力の偉大さも知っているけど、こっちの人たちにとっては痛い大人でしかない。


「……ニトさん、この人なんか嫌いです」

「まあまあ」

 橘は嫌なやつだけど、この反応は仕方ない気もする。


「そんなつまらねえことしてねーでさあ。この後ホームパーティー行くんだけど、お前も行かね?この前の同窓会、なんかちょっとだけ頼もしかったし。初めての場所だから、知り合いいた方が俺も気が楽なんだよ」

「行くわけねーだろ。俺と橘ってそんな気軽な関係性だったっけ?」

 いや、違う。一人で反語しちゃったじゃねーか。


「ちっ。乗りわりー。だからお前イジメられるんだよ」

 んな!?

 余計なことを。


 まあ何を言われようが、こいつとはできるだけ関わりあいたくない。気が済んだならここらへんで、とっとと立ち去ってくれ。


「……何が食べれるんすか?」

「は?……バーベキューだよ。うちのお得意さんのでっかい会社の人だから、お前らじゃ到底食えないような良い肉も出てくると思うぞ。まあ俺にとっちゃ大したことない肉だけどな」


 ゴクリと音が二つ聞こえた。

 すまない。一つは俺のだ。もう一つは、隣の一馬君からだった。


「……ニトさん、行きましょう」

「お前さっき、こいつのこと嫌いだって」

「美味しい肉が食べたいです。それに俺、BBQって人生でやったことなくて」

「……俺もだ」

 熱い視線が交わされる。

 俺たちの気持ちは固まりつつあった。

 ホームパーティーが修羅へと繋がる道だろうと、俺たちは良い肉が食いたい!


「なんだよ、結局来たいのよ。まあ俺の影響力があれば二人客を増やしたって問題ないだろうよ。せいぜい出世した俺に感謝するんだな」


 橘の高級ミニバンに乗せて貰い、そのお偉いさんの家へと向かうこととなった。

「俺ってさあ、頭取に気に入られてて?いずれ役員への昇進もあるんじゃないかって言われてるんだよ」

「ふーん」

「先週もよ、30億円の融資に成功して、人事部から高い評価を貰っちまってな。こりゃボーナスはでっかくつくだろうぜ。しかもよ、取引先の社長に海外への宿泊券も貰ったんだ。けどなぁ、仕事なんて休めないし、しかも交通費の方が高くつくっつーの。お前は経済の知識なんてないだろうが、今は円安だし、海外も物価高。家族で旅行しようものなら100万は下らねーな。くぅー、まあ100万で幸せが買えるなら安いっちゃ安いか。そう思うだろ?」

「……この人、いつもこんな感じなんですか?」

 そうだぞ、一馬君。この人、いつもこんな感じだよ。

「目を瞑れ。肉に集中しろ。気を乱されるな」

「うっす」

 マウントを乗り越えた俺たちの未来には、良い肉の栄光が待っている!

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