第11話 家は断熱、人は情

「いいか家は断熱性能が命だ」

「うっす。髪の毛がないと頭に直接熱がいきますもんね。よくわかります」

「てめー今日こそこの伝家のトンカチで頭を勝ち割ってやらぁ」

「すんません。調子に乗りました!」


 今日もドンのところでしごかれている。

 トンカチもカンナも日々使い方がうまくなっており、先ほどドンにそれを褒められたばかりだというのに、軽口を叩いてしまいドンの機嫌を損ねてしまった。


 これはお昼にコンビニスイーツでも買ってこなくちゃだ。ドンは渋い見た目に、年季の入った頑固な性格の癖に、女子高生みたいな食生活をしている。スタバーの季節限定は絶対に一度は嗜む繊細な感性の持ち主である。


「昨今は国も断熱にようやく本腰を入れ始めた。しかし、ワシは国の基準なんて甘っちょろい仕事はしたくない。家っちゅうのは、施主様にとっちゃ一生に一度のもんだ。ワシができる最高の技術を投資して作ってやりてえ」

「なんか意外と格好いいこと言うんですね、ドンッて」

「あったりめーよ」

 少し褒めるとやたらと嬉しそうに照れる。しかも頬を赤く染めて。やっぱり中身は女子高生かもしれない。


「うちのやり方は、横の壁は付加断熱。上には天井ではなく、屋根に断熱材を張る屋根断熱を。そして床には床下に断熱材を入れる。断熱性能を考えると基礎部分に断熱材を入れた方がいいがこれだと問題がある」

 少し質問形式な喋り方だったので、俺もドンの期待に応えて頭をひねってみる。

 もう働いて一ヶ月は過ぎている。俺にも建築の基礎は染み込み始めていた。


「あっ、もしかして基礎部分に断熱材を使っちゃうと通気性が悪くなる?」

「勘がいいじゃねーか。流石はワシの弟子だ。基礎部分の通気が悪くなると結露やシロアリの問題が出てくる。それで床下断熱ってわけだ」


 とてもためになる話で、俺も将来自分の家を建てるときはそうしようとうんうんと脳内に刻み込む。


「理想が高いだけじゃだめだ。これらを成すためには高い技術力が必要になる。しっぱいすればそれは欠陥住宅になっちまうし、手際が悪いと余計な人件費をかけてしまいそれが施主様の負担になっちまう」

「うっす!」

 もっともな意見にただただ頷く。ドンッてやっぱりプロだなぁ。そして俺はそんな人の弟子になれて、かなり幸運である。


「おめーはワシの弟子だ。下手な仕事は許さねえ。もし下手な仕事してみろ、本気で頭勝ち割るからな」

「……うっうす」

 これはマジっぽいので、肝に銘じておくことにする。プロの職人って、たまに目がマジなんだよな。

 異世界で出会うボス級のモンスターよりも迫力があったりする。


 知識を叩きこまれた後は、実際にドンの仕事を見せてもらう。

 仕事は見て盗めと言うドンの無茶ぶりに、「ふざけんな。丁寧に教えろ」という令和のメンタリティを植え付けなおして、俺たちはバランスよく生長していった。


 充実した大工修業は時間があっと言うまで、すぐに昼が来た。

 今日も最高に成長を感じられて、昼飯が最高にうまい。


 ドンの愛妻弁当を書き込んでいると、例の高級車がやってきた。

「あっ」


 瑠香さんが来てくれたら嬉しいなぁ、なんて淡い期待を抱いていたら、そこから普通に雲雀さんが出てくる。


「うっ」

 あの人毒舌だし、性格きつくて少し苦手なんだよな。


「一週間ぶりですね」

「……うっす」

 あれ?

 なんか雲雀さんの目が充血していた。なっなんかあった?女性の涙って、動揺しちゃうんだよな。でも気軽に聞いていい訳もないし。


 挨拶をしてきた雲雀さんの後から、若い男性も付いて来た。スーツを身に包んでいるということは、雲雀さんの後輩なのだろうか?


「今日は後輩を連れて来ました。あなたの魔力を取り戻す手伝いをさせて頂きます」

「魔力を?」


 そういや、この前カウンターパンチを食らわせてしまった一平さんは魔力をまとっていた。やっぱりこっちの世界でもあるんだ、魔力って!


「仙三一馬(せんぞう かずま)24歳!えーと、勇者ニトさん、お会い出来て光栄です」

 やはり部下らしいその若者は名乗った後に、俺に握手を求めて来た。この反応はまさか……。


「まさか君」

「ええ、自分も異世界帰りっす。そして元無職」

「お前も!?」

「どっちの、お前も?」

 雲雀さんの鋭い突っ込みが飛んでくる。


 そりゃ両方だ。異世界帰りも無職も、めちゃくちゃ共感できるところだらけじゃねーか。これで年齢が近かったら親友になれるレベルだぞ。


「自分もあっちに結構いたので、ニトさんへのリスペクトはんぱねぇっす。しかも今も立派に働いててすげーっす。自分はあっちの経験と、魔力がこっちでも扱える点を評価されて異世界多元外交部にスカウトされました」

 ははぁ。なるほどね。

 なにもずぶの素人であるエリートの寄せ集めって訳じゃないのか。一馬君みたいな知識を持ってる人がいれば、組織はより逞しくなるだろう。


「ニトさんは魔力が使えないって聞いたので、自分が呼び覚ます役に抜擢されました。お偉いさん方は魔力の研究を進めたいみたいで」

「ふーん。そっちの都合はわからんが、俺も魔力がまた使えるなら嬉しい。仕事の邪魔にならないなら協力するよ」

「ありがとうございます!」

 条件はそれでいいらしい。交渉はすんなりとまとまった。


「じゃああんたここに居残りね。仕事手伝いなさいよぉ。じゃあねー」

「え?」

 一馬くんを置いて、なんと雲雀さんは一人で帰っていってしまった。

 勝手がわからないのだろう。一馬君はかなり戸惑っていた。


「お前も大工仕事ならってく?」

「……そ、そうですね。てか、今日泊めて貰っていいですか?元無職なんで全く金持ってなくて」

 わかる、わかる。

 俺も異世界から戻った時、金の無い不便さに苦労したものだった。ドンの計らいで数日で解消したが、その不安たるや超絶大!

 同じ元無職仲間として、彼には優しくしたい。


「今日は泊っていけ。それより、雲雀さんなんだけど」

 俺はさっき見て気になっていたことを聞いてみることにした。


「なんか目を張らしてた。来る前に泣いてなかった?」

「……ああ。あんまり自分から話すのは良くないかもしれないですけど……ニトさんにならいいかもしれません」

 なんだよ。彼氏とわかれたとかいう面白い話なら早く言っちゃえよ!

 雲雀さんの色恋で、みんなで盛り上がろうぜ!


「雲雀さんのお兄さん入院してるんです。もうずっと長いこと寝たきりで。意識も無くて……」

「……」

 さっきまで悪ふざけしようとしてた自分を、助走をつけて殴り飛ばしてやりたい。

 おりゃああああ!!死ね、ニートが!!って感じで。


「昔、酷い事故に巻き込まれたみたいで。自分、異世界ではヒーラーとして活躍してたんですよ。その経験を見込まれて異世界多元外交部に。それで雲雀さんのお兄さんのこと頼まれて、今朝は病院に行ってきました」

「まさか治ったの?」

「いや、一瞬目を開けただけです。意識が戻ったのか、それともただの反射運動だったのかもわかりません。でも、雲雀さんそれで大泣きしちゃって。すんません。俺に異世界のときくらい力があれば……」


 そんなことがあったのか。

 そして一馬、めっちゃ良いやつやんこいつ!

 決めた。数馬が床で、俺がベッドの予定だったけど、逆にする。俺が床で、お前がベッドな。何日泊ってもいいぞ。枕もあげちゃう。


「数馬が罪悪感を覚えることはないだろ。雲雀さん、喜んでたんじゃないか?」

「ありがとう、とは言われましたけど、それが本心かはわからないっす。かなり動揺して、いつものクールで少し怖い雲雀さんじゃなかったので」

「なるほどな」

 あの人素直そうじゃないし、それでもたぶん相当感謝してるだろ。そんな状態でも「ありがとう」って言葉が出るんだから相当嬉しかったはずだ。


 ツンツンした性格の人だけど、そんな事情を抱えているとは。結構情の熱い人だったんだな。他人の深い事情を少し知ると、なんか仲が深まった気がするよね。この距離感のミスで何度か手痛い失恋を味わっているが、まあ距離が近まったことにしとこう。


「おめーらそろそろ休憩終わりだ。異世界だなんだと寝ぼけてねーで、午後の仕事に入んぞ」

「おっす。一馬行くぞ。断熱について俺が教えてやる」

「なま言ってんじゃねー!そのガキにはワシが教える」

 くっそぉ。折角先輩づらできると思ったのに、教える楽しみをドンに盗られてしまった。

 まあいいか。ドンの方が知識が正確だし。


 それよりも、俺はまた新しい目標ができ始めていた。一流の大工になる以外にもう一つ。


 『魔力を取り戻す』


 俺はあっちの世界では、世界一魔力を扱うのがうまかった男だ。勇者と呼ばれるだけあって、器用にいろんな芸当ができた。それに聖女とも長い付き合いがあって、回復魔法の基礎は知っている。実際に人を助けたこともある。


 雲雀さんのお兄さんの件を知ったからには、もう他人事とは思えなかった。

「うっし」

 うん、決めた。この問題は俺が預かる。

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