第10話 ニート勇者の回顧録2

 そういえば、もう少し捕らえられたふりをしておいて、聖女様がピンチの時に飛び出した方がヒーローっぽくないか?その上、あんな美人の服がはだけたところなんて見れた日には、ニート人生も捨てたもんじゃなかったかもしれない。


 と少し下種なことを考えつつも、ちゃんと目の前の悪徳貴族たちに手中する。


 体に纏う魔力を見るに、全然森の主の方が脅威だ。あっちは強烈な匂いつきだし。

 でも、やはり人間という生き物は恐ろしい。


 部下を上手に使い俺を包囲する彼らの戦い方は、完全にプロのそれだ。踏んで来た実戦の場数があまりにも違う。

 俺が部屋でRPGの縛りプレイをしていた間も、彼らはこっちの剣と魔法の世界で修羅場をくぐっていたのだ。


「くくっ、どうした?強気な言葉とは裏腹に、膝が笑っているぞ」

 貴族の挑発に、少しボルテージが上がる。実際、震えているので超的確な指摘に怒りが沸いて来た。ニートはな、プライドだけで生きてるんだ。それを刺激されると、無性に腹が立ってくる。


 おかげで恐怖の震えは収まった。


「うっし!やるぞ、やるぞ!」

「くははは。お前ら、こいつはとんだ素人だ。魔力量に騙されるな。じっくりと嬲り殺すぞ」

 やっぱりわかっちゃうか。


 長い槍が俺にまっすぐ向けられる。

 鋭い刃先が視界に入ると、また圧力がぐっと増す。


 射程が長いし、その槍の扱いがかなり滑らかで、全く踏み込ませてくれない。ちょっと横にサイドステップするも、刃先はまた正面にやってくる。


「っぐ!?」

「やはりな。距離の詰め方もわからないと来た。弓を構えろ。毒を塗り込んで、まずは脚を狩る」

 めっちゃ卑怯だぞ!

 ニート一人に大の大人が総勢で!


 役員からの圧迫面接を思い出す光景に、俺は冷や汗が止まらない。その時、美しい音色かと勘違いする声が響いた。


『オーバーヒール』


 声の主は聖女だった。発せられた魔法が俺にかかり、魔力をぐっと高めた。体が軽くなり、気分まで明るくなった。


「助力します。私は戦闘力が低いですが、サポートには特化しています!」

「……助かる!」

 まじでありがとう!状況的に仕方ないとはいえ、美女から同情で貰えた義理チョコくらい嬉しい。その記憶が毎年の2月14日を乗り越える支えとなっている!


「はあああああ!!」

 恐怖を克服するように声を張り上げる。

 あふれ出てくる魔力に身を任せ、全力を出してみた。主と戦った時もこんなに魔力は使用しなかった。けど、今相手は戦闘のプロだし、美女も見ている。手を抜く理由はないね。


「……領主様!?こっこの魔力は……!」

「馬鹿者!言っているだろう。見かけの魔力に騙されるなと。相手は素人だ。落ち着いてやれば我々に負けはない」

 やはり槍使いの貴族が厄介だ。

 部下たちが俺の魔力量に恐怖心を抱いても、男だけが落ち着いて頭を働かせている。


「どりゃあああああ!」

 距離が詰められないならと、魔力を大量に纏った拳で地面を打ち付ける。

 大地が抉れ、土や砂利、少し大きめの石まで敵に飛んでいく。


 予想外に威力が出てしまい、周りの木々も倒れてしまった。土埃が舞ったので、その間に奇襲を受けないように集中力を保つ。


 要約土埃が収まると、そこには意識を失った部下たちと、尻もちをついて頭から血を流している貴族の男が見えた。


「……ばっ馬鹿な。なんだこの異常な魔力量と魔力操作の正確さは。こんなの見たことがない」

「あなたは一体……」


 貴族も聖女も少し引いた表情でこちらを見ていた。

 元の世界ではニートしていましたなんて言いたくない。話す機会があったら、過去を盛ろうと思う。ニートだったけど、幼馴染からは一目置かれていたみたいな感じで。


「おっす!もう一発行くぞ!」

「待て!待て待て待て待て!負けだ。負けを認める!」

 おっ?

 これは気合勝ちか?


「俺はいいけど、聖女さんがいいなら」

「……街に戻り次第あなたは罪を自白し罰を受けること。それの条件を飲むなら、戦いを終えましょう」

「すまない!本当にすまなかった!」

 先ほどまでの高慢な態度はどこへ行ったのか。貴族の男は土下座して謝罪してきた。こっちの世界にも土下座ってあるんだなと感心。


「まあ、あんたが許すならいいか。へへっ、俺結構強いかも」

「強いなんてものじゃありません。あなたが地面を殴りつけた際に、魔力が手に移動したように見えましたが、あれは見間違いではありませんよね?」

「うん」


 こっちの世界にやって来て、ずっと魔力に夢中になって、魔力を増やしたり操作したりを鍛錬したことを話す。

 主を倒したのもこの『超魔力パンチ』だった。打ち込むのに相当苦労したけど、今日の敵程間合いが難しくはなかったからね。


「異世界から?それに魔力操作の考え事態こちらの世界では一般ではありません。操作できるほど潤沢なあ魔力を持つ者自体が稀有だからです」

「へへっ。そんくらいしかできないんで」

「そのくらいなことではありません!これは立派な才能ですよ!」

 めっちゃ褒めるやん。

 こういう美女が俺を褒めるときは美人局と相場が決まっているが、さっき命を救ったばかりだし、ここは森の中なのでそうじゃないかもしれない。


「あなたには大きな借りができました。街に戻ったら、恩返しをさせて下さい」

 恩返し!?

 そうか、俺はたった今、この人が乱暴されそうなところを救ってでっかい恩を売ったんだ。

 ごくりと唾を飲み込む。


 ずっと言いたかった頼みを、この人の言ってもいいのかな?

 いや、良いに決まっている。

 これがいわゆる、人脈ってやつなんだから。


「あのぉ……大変厚かましいお願いなのですが……」

 勇気を振り絞れ俺!

「仕事を紹介してください!俺、今度こそちゃんと働いて見せるから!」

「……えっ?」


 頼みを言ったら意外な顔をされて、その後爆笑された。

 腹を抱えて笑う程、聖女セレスティアがつぼっている。


「あっひゃ。ごめんなさい。だって、真剣な顔するからてっきり重たいお願いかエッチな頼みかと思ったら、そんな簡単なことなんだもん。ていうか、あなた程の魔力があるなら街に行ったら引っ張りだこよ?仕事なんて余る程あるわ」

「本当か?俺、やっと無職脱出できるのか?」

「無職って。こんな森の中でもそんな概念あるんだ」

「いや、異世界から来たって言っただろ?……あっちでは無職だったんだよね。でも親友にはちゃんと一目置かれてた的な?」

 少し盛っておく。


 聖女からの返答を待っているとき、聖女の顔が驚愕に満ちたものに変わる瞬間を見た。


「何をイチャコラと楽しそうにしている!馬鹿どもめ、縛り付けずに放置とはな!死ねええええええええ」

 急いで振り向くと、貴族の男が俺に槍を突き立てて突進してきている。

 相手の勢い、体制的に躱すのは難しい。


 やっちまった!!

 こんなやられ方ってありかよ――。


 チク。


「あ、いた」

「へ?」

「……いや、へ?」


 槍が俺の背中に突き立てられたけど、なんか蚊に刺されたくらいのチクッだった。

 へ?

 聖女も含めて、三人で戸惑う。


 槍を握ると、貴族の男が離さないので、そのまま森の上空へと放り投げた。天高く舞い上がり、貴族の男は地面に激しく叩きつけられる。ぴくぴく痙攣している様子を見るに、相当重症だろう。


「……あっあなたは!?その魔力量。もしや勇者の器かもしれません!」

 槍が刺さるとき、咄嗟に魔力大量に放ち、背中に集めておいた。

 この世界、やはり魔力が大正義みたいだ!


「俺がユーシャ?」

 父さん母さん。俺、こっちでニートから勇者に転職できそうです。


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