第9話 ニート勇者の回顧録1
「こっちの世界に来てもう6か月か」
森の中で一人ごとを言うのが癖になってきた。
もーう、ほんっとに人恋しくてたまらない。
ニートをやっていた頃は、あんなに人目を避けていたというのに、おそらく異世界にやってきた俺は今、人に会いたくて、会話したくて、なんならお尻の穴まで見せたっていいくらいに人恋しい。
たぶん、社会から解放されると本来の人間は群れたがるんだろうな、と哲学的になる。
なぜ自分が異世界にいるのか、という推測に至ったのは幾つか推論の要素があるからだ。こどおじ部屋でいつもの通りPS3.5をプレイしていた日、突如謎の亜空間に飲み込まれてこちらへと送られた。
森の中には見たことのない植生と、毎朝東西から登る太陽、そして夜にはあ南北からコンニチワーしてくる双子の月。
決定的だったのは、体の回りに纏わりつくオーラだ。ニートの相場はオタクと決まっているので、俺も当然ファンタジーの知識は有していた。
「これ魔力じゃね?」と気づくのにそう時間はかからなかった。あっちの世界では特に得意なことも好きなこともなかったんだけど、俺はこの『魔力』にドハマりした。
昔、テレビで有名なミュージシャンが言っていたことを思い出す。『気づいたらプロミュージシャンになってた。ずっと好きなことをしてたから、特になんか凄いことを成し遂げたって実感がわかないな。ははっ』
それをベッドで横になりながら見ていた俺は、美人アナウンサーにちやほやされるそのイケメンミュージシャンに舌打ちしたのだった。
けど、まさかまさか。異世界に行った俺は、まさにそのミュージシャンの言う通りの状態だった。魔力を操るのが楽しく、魔力で何が出来るのか考えるのが楽しくて楽しくて仕方がなかったのだ。
寝る間も惜しんで魔力を操ること、魔力を増やすこと、そんな日々を送っていた。そして魔力全開にした状態で、森の主を(4メートルくらいあるイノシシの化け物。めっちゃ臭い)倒したとき、燃え尽き症候群がきた。
で、めっちゃ寂しーって状態に至る。
「はぁー。ニートしてた頃は1000億円くらい欲しーとか思ってたけど、こんな異世界に来たら金なんてどうでもいいなぁ。ああ、大企業の令嬢みたいな女子大生と知りあいてぇ」
自分でもあり得ないと思いつつ、願望を口にする。
人恋しさマックスなので、最上級の欲求は出会いである。
今夜は森の主を使った鍋と晩飯が決まっているので、ぐずぐずするのも大概にしつつ、香草を探しに行く。
胸に赤い石を埋め込んだ化け物たち、たぶん魔物。そいつらは食べられるんだけど、そのままじゃかなり臭いので下ごしらえが大事になる。香草の類はこの半年で捜しまくったので、随分とご飯も美味しくなった。
「こうそうっ。こうそうっ。……あっ、人?」
人は執着が無くなったころに願いが叶うというけれど、飯のことで頭がいっぱいになった途端、森の中に俺以外の人間を始めて見つけた。
こっちの世界に迷い込んで半年。森から抜け出すのをあきらめてから4か月。
「ひとぉおおおおおおおおおおお!!」
全力で駆けて行くと、なんと槍を向けられました。
「怪しいやつめ。それ以上近づくと、突く」
金属製の豪奢な槍が俺の喉元に突き付けられた。え?人類皆フレンドじゃないの?なんで俺殺されかけてんの?
「おやめ下さい。彼は我々に敵対してはいません」
「不審者に同情無用。半裸の薄汚い男がこんななぜこんな場所に?」
あっ。
スウェットはすぐにボロボロになったからね。今のトレンドは、上半身裸に草パンツである。ちな、最後の水浴びは5日前。頭のかゆみにはもう慣れた。
「なんか気づいたらここにいて。彼女の言う通り、敵対の意思はないです」
「武器をしまって下さい。彼もそう言っています」
「聖女セレスティア。私にとっては、あなたの無事が何よりもの最優先事項。武装解除はいたしません。捕えろ」
長身長髪イケメンの命令で、後ろに控えていた男4人に取り押えられた。強く地面に叩きつけられて、両手を背中の後ろで縛りあげられた。
異世界で初めて会った人たちは、親切ではありませんでした。
それにしても、結構強く叩きつけられたし、腕も関節が痛みそうなほどきつい角度で縛り上げられているのに、大した痛みは無い。やはりこれが魔力の力なのか。魔物たちとの戦闘で、魔力の偉大さを実感していたが、人と遭遇してからもその偉大さにまた気づかされる。
それにこの縛っているロープ……。
「ひどいことを……」
聖女セレスティアと呼ばれた女性だけが俺に同情の目を向けてくれる。命令されたとはいえ、4人の部下は俺を縛り上げるのを楽しんでいた。その証拠に腹へのキックと唾吐きを食らっている。つばくっさ!!森の主レベルじゃねーか!
「あなたのためです。こんな野蛮人を放っておけば、何をしでかすかわかったものじゃありません」
「何もしねーよ。人と話したかっただけなのに」
イケメンが歩み寄って来て、髪を掴んで顔を上げさせる。
「黙れ。次私に口答えしてみろ。貴族様の恐ろしさをその身に叩き込んでやろう」
「貴族?」
「ようやく気付いたか。貴様程度じゃ一生会えないような身分なんだよ、私は。さあ立ち上がって歩け。この森に詳しいようだ。案内役を命じてやろう」
いててっ。髪を思いっきり引っ張りやがる。毛根は魔力じゃあんまり強化できないのか?
「報酬は、お前の命の免除だ。本来なら、即刻死刑でも良かったところを感謝するんだな」
「はいはい」
頃合いを見て逃げ出そうと決めた。
折角会えた人間たちが、こんなにも嫌なやつだったなんて。
貴族か。やはりここは異世界確定だな。
こいつらから逃げ切ったらまた森から抜け出す方法を考えよう。彼らの足跡を辿れば、街に至る日も近いかもしれない。
現状結構ピンチっぽいシチュエーションだが、俺の内心は結構ワクワクしていた。やっと、やっと!異世界を満喫できる日が来る!
案内役を任されて、先導していく。
少し歩みが早いと文句を言われ、遅いと後ろから蹴られるので絶妙な塩梅が必要だ。
全員武装していて、魔力も体の回りに見える。それも鍛錬した感じがビシバシと伝わってきた。
「このあたりのハズなんだがな?」
「……なにを探してんの?」
貴族様が睨みつけて来たが、聖女セレスティアが庇うように代わりに答えてくれた。
「この『深淵の森』にいる主を倒しに来たの。4メートルはある大きなイノシシの魔物。痕跡や臭いを辿って、ここら辺に巣があると踏んでいたのだけど、なかなか姿を見せないの」
え?それって。
「もしかして、そいつめっちゃ臭い?」
「ええ、そうよ。よく知っているわね」
「昨夜俺が倒しちゃった」
この言葉に、5人がそれぞれ違った反応をする。
「あなたが!?それは凄い!」
「……嘘をつけ。聖女様、信じてはなりません。どうせ嘘をついて、我々から金でもだまし取る散弾なのでしょう」
「嘘じゃねーって。それにこんな森の中で金なんて必要ないだ――」
言い終わらぬうちに、貴族様の顔面をぶん殴られた。まだ喋ってる途中でしょうが!
「次、私に口答えしたら、喉を貫くぞ」
自慢の槍を手に取り、倒れた俺の腹を踏みつける。貴族だからってなんでもしていいと思っている口らしい。
ほんと、そろそろ逃げ出そう。もう嫌になってきた。
「案内しろ」
「え?」
「お前が倒した主の元へ」
……信じてないんじゃなかったのかよ。
まあこれ以上揉め事は簡便なので、血抜きをした森の主の元へと案内する。それを見た彼らは、俺の発言が嘘じゃないと理解した。
「凄いです。これをあなたがたった一人で?」
「うん。半年前に知り合って、魔力を鍛錬してようやくな」
「本当に凄いです!あなたには魔力を操る才能があるみたいですね!」
美女に褒められるとどうしていいかわからなくなる。とりあえず、頭をポリポリしておいた。
森の主へと駆け寄っていた部下たちが、大きな声を出して「あった」と報告する。
「まさか、苦労せず主の魔石が手に入るとはな。これで私は正式に伯爵家の後継者だ」
「おめでとうございます」
……あげるって言ってないんだけど。まあいいか。
「ありがとう、聖女セレスティア。それで、事を成したついでなんだが、なぜあなたに大金を支払ってこんな森の中にいるかわかりますか?」
「それは主を討つためでしょう?聖女である私の回復の力を頼って」
「いいえ。それは表向きの理由。魔物を倒して跡継ぎになる?そんな為に高貴な私がこんな汚らしい森に来るわけがないでしょうに」
「……何が言いたいの?」
「一度、聖女様というお高くとまっている高貴な女性を手籠めにしてみたかったのですよ。くくくっ。ゾクゾクするなぁ」
「あんた……!!」
なんか予想外な展開が始まったんだけど!?
こっこいつ!?めっちゃ悪いやつやで!
こんな清々しい悪、初めて見たかもしれない。汚い金を貰って言い訳している政治家が可愛く思えるレベル。これが異世界の汚さのレベル!?
「お前たち、抑え込め。私のリビドーをこの女に捧ぐ」
「……やらせるもんですか」
聖女セレスティアは交戦の構えだ。絶対絶命だが、その目は死んじゃない。
「ちょっと待った!!」
腕を縛ったロープを引きちぎる。こんなロープで縛れると思うな。縛られたとき、冗談かと思ったよ。今の魔力を鍛えた俺が、こんな玩具みたいなロープを引きちぎれないとでも?
縛られた振りはもうやめた。逃げるのもなし。ニートの心は結構ピュアなのだ。目の前の爛れた光景を無視はできない。
「リビドー貴族野郎。キモイんだよ、お前。気づけ非モテ」
お前もこっち側の非モテ男子だろ!
「……口答えは許さないと言ったはずだ。死刑に処す」
「来いよ、丸刈りにしてやる」
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