第8話 瑠香さんの正体
雲雀さんと瑠香さんが運転席と助手席に乗り、俺は後方のいわゆる送迎される側、芸能人とか社長側が座る席に腰掛ける。
えっへん。
「そういえば、なんで雲雀さんまで?」
てっきり二人でデートと意気込んでいたのに、なんか毒舌の人までセットでついてきた。
おかげで金木には恥をかかせることに成功したが、予想外な登場である。
「馬鹿ね。こんな夜中にニートのおっさんと女子大生を二人っきりにできるわけないでしょ?知り合わせた者の責任として、ちゃんと面倒みなきゃ。ていうか、嫌がらせ」
「嫌がらせかよ」
「もしかして二人っきりかと思った?ねえ、思っちゃった?ざーんねーん、雲雀ちゃんも一緒でしたぁ!」
ぐっ……こいつ!
「こんな夜中まで……雲雀さんって意外と面倒見良いというか、結構暇なんですね。美人なんだからデートとかしたらいいのに」
「は?前髪毟るぞワレ」
めっちゃ怖いやん。
「そういえば、雲雀さん恋人は御曹司が良いって言ってましたよね。さっきのナンパ男はまさにその御曹司ですよ」
大企業と比べると小さいが、それでも時価総額数十億円の不動産会社の跡取り息子である。
「生理的に無理」
だそうです。御曹司が良いとか言ってるけど、雲雀さんは意外と人を見る目があるかもしれない。
「雲雀さんとばかり話さないで下さい!二都さん、同窓会はどうでした?」
どうでした、か。うーむ。
「あんた残酷なこと聞くわねー。これニートよ?なんか酒臭いし、最後の感じからしても地獄を見たに決まってんでしょうが」
「ううっ」
なんかこの人勘がやたらと鋭いんだよな。
「どうせマウント取られた挙句に、過去の黒歴史まで掘り下げられてボコボコよ。良く生きて帰って来れたわね」
「気にしないで下さい!マウント取るような人たちなんて気にしなければいいんです!」
瑠香さんの励ましに心の底から嬉しくなる。おっさん、泣きそうだ。誰かの優しさがこんなに染みるのは、あの地獄の同窓会の後故か、それとも歳のせいなのか。
「ありがとう。二人と話してると元気が出てくるよ。でも、また同窓会あるらしくて、そっちも行くって言っちゃった」
「あんた本当に馬鹿ね。良いことないって今日で学ばなかったの?まあいいけど」
「でも一応会いたかった人とも会えたんだ」
一ノ瀬が元気にやっているのを確認できただけでも、結構プラスだと思っている。
「会いたかった人!?女性ですか!?」
「あんたも馬鹿ね。男に決まってんでしょ。これニートよ」
そういうことにしておいた方がいいか。なんか瑠香さんの勢いに飲まれてしまいそうだ。
そんな感じでのんびりドライブを楽しみながら、ようやく目的地に着いた。そこで、ようやく俺はおかしいということに気づく。
目の前には、今日の同窓会が行われたホテルの数倍の規模を誇るホテルがあったのだ。
「え?ここって……」
「ザ・リッツカールおじさん東京ね」
お、お、お、お、お茶ってここで?
そうだよな?おかしいよな?
普通のお茶なら別にドライブする必要ないもんな。そこらへんのドドールに入ればいいんだもん。ていうか、俺はそれをイメージしていたんだが!?
だれがリッツカールおじさん東京でのお茶を想像するんだ?
「瑠香様、お帰りなさいませ」
あまりの高級ホテルに膝が笑っていると、顔パスでラウンジに通される瑠香さん。か、顔を覚えられている?
「二都さん!早く!」
「あっはい!」
先を行く瑠香さんの後を俺と雲雀さんが追いかける。
「あの子超お金持ちなのよ。ここに来たくて私も来ちゃったが本音なのよね」
「あんたって人は……」
雲雀さんめ、公私混同ってのはまさに今みたいなことを言うんだぞ。
「ここのミルフィーユ食べてみ?飛ぶわよ」
「マジっすか」
ミルフィーユってなんですか?あんまりスイーツ食べないので、わかんないっす。
瑠香さんとホテルの従業員に案内された先は、東京の夜景を一望できるプライベートラウンジだった。
窓辺のソファーに腰掛る。ふっかふかじゃねーか!
「お二人とも何になさいます?」
何になさいます?とはどういうことだろうか?
こんな豪華な世界に踏み込んだ代償は何になさいます?ということだろうか。ニートの命でこと足りますか?
「私はミルフィーユとシャンパン、ちょっとお腹もすいているしフィレステーキとキャビアを乗せたパスタもお願い」
なんだこいつ!?
雲雀さんがずかずかと注文していく。
「ちょっちょっちょっ、雲雀さん!あんた遠慮ってこと知らないんですか!」
「遠慮なんてしないで下さい!雲雀さんにはお世話になっていますし……二都さんは私の憧れの人だし」
「そうよ、遠慮なんて無粋なんだから。この子、日本一の不動産会社の娘なんだから。最強院瑠香。業界でこの名前を知らない人はいないんだから」
なにその最強な苗字!?
でも、庶民の俺でも少し聞いたことある。
かつては財閥の中核を成していた中心の家。財閥解体後も日本の不動産を牛耳る一家。その跡取り娘だと!?
「す、すみません。俺もミルフィーユを三つ良いですか?」
「はい!美味しいですから、気に入ったらもっと食べてくださいね」
「はっはい」
ついつい貧乏人気質が働いて、欲張ってしまった。
ミルフィーユが想像しているものと違ったらどうしようか。
「そういえば、あんたの報奨金の件さあ、そろそろ支払われるみたいよ。外国のお偉いさんにも会って貰うからよろしくね」
「魔王を倒した報酬ですか?」
瑠香さんもすぐになんの話か理解したようだ。
「そうそう。ドルで支払われるから、円安になってて良かったわね」
「ドルかよ。どうやって使えばいいんだよ」
「円に換えればいいだけでしょ」
庶民にそんなややこしいことを要求するんじゃない。円でくれ、円で。
「そういえば、瑠香さんは向こうでどうやって生きてたんだ?」
「私は向こうで冒険者をしていました。あっちの世界に行くと、魔力が貰えるじゃないですか。私も結構あったので、冒険者として見込まれて仕事をしていました」
そうそう。あっちの世界に行くと魔力を扱えるんだよな。そこに知識を身に着けると、魔術や魔法といった技を使えるようになる。
瑠香さんは若いからさぞ苦労したかと思ったが、結構楽しそうに話すので案外苦労はしていないのかもしれない。
俺だけ?野人みたいな生活をしてたの?
「一平さんは同時期に異世界に渡って、冒険者になったのも同じ時期でした。あっという間にA級になって、私はC級で足踏み。憧れたなぁ、あの強さ」
「随分と楽しそうに話すんだな。またあっちの世界に戻れたら戻るのか?」
「はい!たぶん、行きます」
結構前向きだな。
「あっちはこっちより死が圧倒的に近くてなんだか生きている感じがしまっした。お世話になった人たちに挨拶もできないまま、亜空間に飲み込まれてこっちに戻っちゃったので。お礼も言いたいですし、一度は戻りたいかなって」
そうか。この子や一平くんはなんか俺とは違う力が働いて連れていかれたんだよな。帰りもそうだったのか。
「当時は大変な騒ぎよ。最強院家の娘が突如消え、しかも突如戻った。誘拐事件だって国の大物が何人動き、何人の首が飛んだことやら」
雲雀さんはその騒ぎの一端を知っているらしい。
瑠香さんが申し訳無さそうにしているが、彼女に罪はない。
あっちの世界に渡れる力か。俺もまたそれが気になり始めた。
「ミルフィーユ来たわね。食べるわよ」
「二都さんも召し上がって下さい」
目の前に持ってこられた何層にも生地を重ねたケーキ。二人にやたらと注目されながら、それを一口食べて見た。
う、うまい!
にやにやとしながら、瑠香さんが尋ねてくる。
「おいしいですか?」
「おいしい」
「よかったぁ」
他人に奉仕することに喜びを感じる素晴らしい人間だ、これは。俺たち地の底にいる人種とは違う感じがする。
「ねえ、二都さん。この後ってもう用事ないですよね。私の家、ホテルの隣にあるマンションなんですけど、良かったら泊まっていきませんか?もう夜も遅いですし」
こんな大都会のど真ん中に人が住める場所ってあるんだな。何度も驚かされて、今日はもう疲れてきた。
「すまん。明日朝仕事ではやいから帰るよ。また今度の休みにでもな」
「……そうですか」
落ち込む瑠香さんを雲雀さんが撫でて慰める。
「相手はニートよ。常識が通じる相手じゃないから。気にしなさんな、瑠香ちゃん。あんたは魅力的よ」
「ありがとうございます、雲雀さん」
「帰りは送らないから、自力で帰れニート」
ぐっ、こいつ……!!
雲雀は許さねえ。
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