第6話 不穏な空気漂う1回目の同窓会
ユニグロで服を一式マネキン買いしておいた。
オシャレな服を持っていないからね、こういうのはモデルさんに習うのが良い。マネキンは古代からいるモデルの先祖なので、彼の恰好を真似れば間違いないだろう。
一括買いすると15000円もしてしまった。なんだか昨今は物価高らしいが、こんなにもするとは……。
でも良いのだ。
なんたって、今日は同窓会の後に女子大学生とのお茶というビッグイベントがあるのだから。
招待状を持って記された住所に行くと、ユニグロで服を買ったのはミスだったのではないかと思うような会場だった。
「うわあああ」
初めて都会に出て来た田舎者のごとく、会場となっているホテルを見上げる。
どうやら同窓会はホテルのワンフロアを貸し切ってのイベントらしい。かなりのエリート高校だったからな。卒業生に大物でもいるのだろう。
今日は学校主催の同窓会ではなく、生徒たちが自主的に行っている同窓会だ。それなのに、この規模かよ。ちょっと驚きだ。
受付まで行くと、また少し予想外なポイントが……。
会場に入っていくみんなが、スーツ姿なのだ。
俺だけだよ、ユニグロ着てるの。
だって『服装はご自由』って書いていたから。よくも騙したあああああああ!!
今更着替えられないのであきらめてはいるが、せめての救いはマネキン先輩の恰好だったことだ。
参加費3万も支払い、会場内に入る。お酒とご飯は食べ放題らしいので、元を取る気でいる。その為に朝飯と昼飯は抜いて来た。今日一番気合が入っているのは、たぶん俺だろう。
みんなオシャレな正装に身を包んでいて、少し温度差を感じる。しばらくは気まずい雰囲気だった。こういう場は慣れてないしな。食べることで緊張をほぐそうと思っていると、俺の緊張を吹き飛ばす人物との再会があった。
「野輪……くん?」
「あっ。一ノ瀬……」
そこには俺の初恋の人がいた。和風の幸薄そうな美人。今日も和装に身を包み、おしとやかな雰囲気を醸し出している。彼女の実家は数百年続く呉服店だから、和装がとても似合っている。
凄いなぁ。美人って何歳になっても美人なんだな、と新しい発見があった。一ノ瀬は高校の頃と変わらず、とても綺麗だった。
「一ノ瀬、凄いな。なんか大人の女性って感じだ」
「ふふっ、なにそれ。褒めてるの?」
「あ、うん。下手でごめんな」
あんまり大人な誉め言葉を知らないんだ。
高校の頃から変わっちゃいない。
俺は初恋が遅くて、高校のときに初めてその感情を知った。その相手が目の前の人だ。しかも、一ノ瀬は俺の数少ない親友でもある。
彼女は絵を描くのが得意で、俺はそれを見るのが何より好きだった。
目を閉じると、青春の頃の記憶が戻る様だった。
彼女の左手の薬指には指輪があった。少しくらい期待したけど、まあ当然だよな。こんないいとこのお嬢様で、性格も顔も良い人がフリーな訳がない。むしろめでたいことだ。
「一ノ瀬、今はなにしてるんだ?」
「夫の経営を手伝いながら、絵の個展を出してるの。昔、野輪君がそう言ってくれたように、出したんだよ。私だけの個展」
はえー。やっぱり才能あったんだな。あれだけの絵が書けりゃ、そりゃ見る人が見ればそうなるか。
「夢を叶えたんだな。凄いよ、一ノ瀬」
「野輪くんのおかげだね」
話の流れで当然だったのだろう。一ノ瀬から、野輪くんは何をしているの?という質問が帰ってきた。
それはそうだと今更に気づくがもう遅い。でも、この人には嘘をつきたくないので、正直に答える。
「最近までずっとニートしたり、失踪したりしてた。んで、つい2週間前から大工の見習いをな。やっと真っすぐ釘を打てるようになったレベルだ。しょっぼいよなぁ、俺」
「ううん。仕事に上も下もないよ。それに、野輪君はいつか凄いことをするの。私にはそれが分かるの」
「それずっと言ってるよな」
「うん。だって確信しているから」
高校の頃から、一ノ瀬はこれを言い続けている。なんか母ちゃんよりも俺のことを信じてんだよな。ずっと俺が偉業を成し遂げるとか、凄い人になるとか語ってくれてた。
……まあ異世界では、実は結構凄いことをしてたし、凄い人にもなっていたけど、この場でそれを言うのは混乱を与えそうだ。
それでもこの人には語りたいな。またいつか機会を窺って、全部を話してみたい。この場で再会できたし、そのうちチャンスも来るだろう。
ほんの少ししか話していないのに、一ノ瀬を呼ぶ声が近くから聞こえた。
「呼ばれちゃったみたい。またね、野輪君。今度ゆっくり話そうね」
「おう」
一ノ瀬は俺なんかと違って、異性からも同性からも人気だ。こういう場では人一倍稀有な存在だろう。いつまでも二人で話しているのは難しかった。
振り子の法則というのを知っているだろうか。良いことがあった後には、その反動があるということだ。信じたくはないが、この時ばかりは大きな反動がやってきた。
「よう、野輪。本当に来たのかよ」
後ろから忍び寄ってきた男に肩を組まれる。
その体格と声で、誰か一瞬で分かった。
橘だ。
俺を同窓会に招いた張本人。今は都市銀行で部長の役職に就いているらしい。出世上手め。高校の頃もそうだったな。こいつは教師や先輩に気に入られるのが上手だった。
「なーに一人で静かにしてんだよ。こっち来いよ。みんないるぞ」
そっちに行きたくなかったから、一人でそっとしてたんだよ。
けれど、橘に見つかったら最後。もう強引に連れていかれるしかなかった。
「あっち、人だかりができているだろう?誰が中心にいるかわかるか?」
「……なんとなくな」
その中心には、おそらく金木がいるのだろう。
クラスの中心人物。学年カーストトップ。実家は大手不動産会社を経営していて、本人は後継者に相応しい天才的な頭脳の持ち主。しかもまた顔が良いと来ている。
そして俺は……その金木にイジメられていた。
「おい!みんな、見ろよ。これ誰かわかるか?みんな久々すぎてピンと来ねーかもな」
陽キャらしく、男子の注目を集めて橘が俺の紹介を始めた。余計なことを……。
「え、誰?」
誰もピンと来ていないところが、また少し腹立たしい。
けれど、予想外な人物が俺の正体に気づく。最も気づいて欲しくなかった男に。
「おやおや。野輪くんじゃないか。野輪ニート君」
「おいおい、ニート君かよ」
金木の一言で、全員が俺の記憶を取り戻したようだ。
ニート君は俺の高校時代の蔑称である。当然嫌な呼び方だが、高校時代の俺に拒否権などあるはずもなかった。3年間、その名前で呼ばれていたな。
「金木カネ」
「ふーん……。呼び捨てね。覚えて貰って嬉しいよ」
小柄な身長と、アイドル染みた可愛らしい表情の色男。いつだって知的で、計算高く、そして冷酷な男。それが金木だ。
出来れば顔だけ見せて、この場を去りたかったが、そうはさせてくれないらしい。
金木が歩み寄って来て、親し気に笑みを送ってきた。
「嬉しいよ、ニート君。いや、二都君。ずっと君と会いたかったんだ。その、僕たちは高校時代、そんなに関係性が良くなかっただろ?」
「良くないって言うか、お前に一方的にイジメられてたんだけどな」
「そんな、人聞きの悪い……。だって先生方も、イジメはなかったって結論付けていたじゃないか」
「……そうだったな」
それも無理はない。
金木は学生たちのカーストトップなだけでなく、学校そのものの支配者だった。親は教育員会や校長にも圧力をかけられる人物だ。金木が一度女子生徒を妊娠させて問題になったときは、都知事の圧力で校長を黙らせたという噂まである。
そんな男がやったイジメだ。被害者は、冴えない男の俺だけ。揉みつぶすにはなんと小さな案件か。
陰湿ないじめや、暴力は当たり前だった。
しかし、ある時金木の行き過ぎた暴力によって、俺の心臓が止まったことがあるらしい。ブラジリアン柔術によって締め落とされて気を失ったので、俺は心臓が止まったとかそんなことを知る由もなかったが、後から聞いて凄いことになっていたことを知った。てか、ブラジリアン柔術ってなんだよ。日本男児なら柔道習えよ。
まあそういう感じで、俺と金木は浅からぬ関係性なのだ。
俺のニート道を切り開いた開祖的な存在でもある。
「でもずっと謝りたかったんだ。心苦しくて。イジメられている側と、イジメている側の認識って乖離があるらしくてね。大人になって改めて考えると、僕が二都君にやっていた行為はイジメだったんじゃないかって。……だからごめん!」
信じられない光景が目の前に広がる。
あの金木カネが俺に謝罪をしているのだ。
違和感はあったが、驚きの方が遥かに大きい。
もしかして、俺がニートから立ち直ったように、金木も大人になったのか?本当に更生して、今は社会の為に貢献する成功者になっているのかもしれない。意外といいやつ?
……同窓会、来てよかったかも。初めて、そんな気分になれた。
金木の命令で、周りの取り巻き達も頭を下げる。彼らも金木の命令とはいえ、俺のイジメに加担してた人たちだ。金木がタクトを振れば、誰も逆らえない。あの時の恐怖を知っているから、彼らの気持ちはわかる。かつては憎かったけど、今こうして謝罪を受けると許したくなってきた。
「ははっ……。金木、頭上げろよ」
駆け寄って、頭を上げさせた。
顔を上げた金木の表情は、目を潤ませて、本当に申し訳なさそう表情をしている。
「そりゃ高校時代は辛かったし、俺の人生の歯車もあれで随分狂っちまったけど、まあいいよ。みんな若かったってことで。俺もう立ち直ったからさ、全部チャラにしようぜ。今度はみんなで、本当の友人になろう。折角、俺たち縁があったんだから!」
「……本当かい?僕たちを許してくれるのかい?二都君」
「良いって。もう別に」
恨みつらみを抱えててもしんどいだけだしな。俺もそんな気持ちで毎日を過ごしたくはない。一人、昔のことを忘れてみんなと仲良くできるなら、それに越したことはないはずだ。
「ありがとう、二都君。おい、酒を持ってきてくれ。今日はめでたい日だ。是非、乾杯したい」
ホテルの従業員が俺と金木の手にシャンパングラスを手渡す。中には黄金色に輝く炭酸を含んだお酒が入っていた。
仲直りの美酒か。素敵じゃないか。酒は苦手だが、こんな日には飲まずにはいられないよな!
「じゃあ二都君。乾杯しようか」
「おうよ」
グラスとグラスを軽くぶつけようと近づけると、金木は思わぬ行動に出る。
グラスを思いっきり振り、俺に酒をかけたのだ。今の動体視力なら余裕で見切れたし、躱すこともできたが、そうはしなかった。意味がわからなかったからだ。
「あっははははははは!!友情の乾杯だってさ。あっははははは。おかしい。あー、おかしい。……バーーーーーーーーカ、嘘に決まってんだろ。調子に乗んなよ、クソニート」
そこには、高校のときと同じ、どす黒い笑顔を浮かべた金木の姿があった。
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