第5話 A級って強いの?
「すまん。ちょっと確認したいんっだが、A級ってどこらへん?」
「は?おっさん馬鹿か?あっちの世界にいたんだろう?」
「いたけど、冒険者はやってなくて」
最初は社会システムが分かってなくて野人みたいな生活をしていたし、魔獣や魔族と同居していた時期もあった。おかげで強くなれたけど、結構苦労したものだ。
それに少しだけ冒険者とも一時期だけ関わったことはあるけど、なんか金にがめつい連中で嫌になったんだよな。
「A級は本当に才能に恵まれた方だけがなれるランクです。現地の方でさえ、一生かけてB級にでもなれたらかなり凄い方です」
イケメンの代わりに、美少女が説明してくれた。なんでこいつらは揃いも揃って顔が良いんだ?
その顔があれば、俺だって異世界もう少し楽が出来た気がする。
「それを一平さんはものの数年で。本当に恐ろしい才能なんです。立ち位置ですが、上にはもうS級しかありません。一人だけ、S級の枠に収まらなくて特別な 称号を貰った方はいますが……」
「誰だ?」
「剣士アルザス。魔王を討った伝説の方です」
あっ、あいつそうなんだ!はえー、冒険者出身だったんだな。7年くらい一緒にいたけど、距離が近すぎて全然知らなかった。
意外と身近にいる人のことって知らないんだね。父さん母さんの過去も知らないし、意外とこういうことってあるんだね。
「ありがとう。知ってる名前が出て、どの位かわかった」
「どの位ってなんだ?」
「ああ、どの位手加減したらいいかだよ」
だって殺したくないし。
変な言いがかりは付けらたが、若者をむやみやたらに傷つける趣味はない。
一平くんは顔も良いし、頭も良さそうだ。おまけにギャンブルも得意そうな名前だし、将来ある若者の足を引っ張りたくはない。できるだけ、穏便に済ませたいものだ。
「……てめぇ。ぶち殺してやる」
なんか滅茶苦茶怒らせてしまった!?
気遣っただけなのに、逆効果だっただと……。
殺気を放ち、魔力も同時に体に纏わせる一平くん。
あっ、こっちでも魔力って使えんのか?少し驚きを持って様子をうかがっていると、助走をつけて殴り掛かってくる。
余計な動作のない、低い姿勢からの鋭い正拳突き。
なるほど、ただの喧嘩慣れした男じゃない。本当に、実力者だ。下手な素人がこのパンチを受ければ致命傷になり得る。
動きをしっかりと見て、顔スレスレで躱す。
顔の横を勢いよく風が通り抜ける。一平くんの力をそのまま返す形で手の平を真っすぐ彼の顔に突き返す。
グイっと押し込めば、突っ込んで来た衝撃の反動もあって、一平くんが頭から力強く吹き飛ばされた。
ブシャーと鼻血が吹き出し、ピクピクと痙攣しながら倒れる一平くん。
えっ……。手加減はしたんだが……。
A級冒険者ってこんなにも弱いの?
だって、アルザスより少し弱いくらいだと思っていたから……。
「……ご、ごめん。なんか。こんなに弱いとは……」
つい謝罪の言葉が出てしまった。
俺たちの喧嘩を見守っていた『帰還者』たちもドン引きである。今目があった人は後ずさりまでしてた。最悪だよ。印象最悪じゃん。
「ダメね、完全に伸びちゃってる。まあ医療班を呼んでおくから、あんまり気にしないで」
雲雀さんが気にかけてくれるようにそう言ったが、申し訳ない気持ちがどうしても止まらない。気を付けていたのに、やりすぎてしまった。
「瑠香ちゃん、あなたあっちの世界に5年いたでしょ?その間に起きた一番大きな出来事ってなに?」
雲雀さんが、学生さんっぽい美少女に尋ねる。瑠香さんね……絶対に覚えておこう。特に他意はない。ない!
「……えーと、そりゃはちみつドーナツの発売……いや、魔王討伐ですけど」
「それをやってのけたのは?」
「勇者ニトのパーティー……ってえっ!?野輪二都さんって、まさか勇者ニトだったんですか!?」
「ピンポーン。A級冒険者程度がまさか魔王を倒した男に喧嘩を売っちゃうとはね」
「あわわわわ。一平さん、大丈夫ですか!?こっ殺されませんか?」
「大丈夫よ。勇者ニトも、こっちではただの遊者ニートよ」
「もう働いてるわ」
失礼な。一週間炎天下の下で働いてきた男になんて発言を!撤回しろ!社会に貢献してんだよ!
「瑠香ちゃんをはじめ、一平君たちは皆あなたとは違って、誰かの意思で異世界に行ったわけじゃないの。『神隠し』だとか『フェアリーアブダクション』などと呼ばれる現象によって異世界に連れていかれた人たち。この人たちは、しかもなぜか戻ってこれたの」
「大司祭様の力じゃなく?」
「そう。そこが肝。だから我々多元外交部はその謎を解き明かすべく、彼らを集めて情報を精査しているの。権力者や富豪の中には、異世界に行きたいって連中が多くてね」
なるほど。そういう事情があったのか。
ということは、向こうに行く方法が確立されたら、俺はまたあいつらと再会できるのか!?
それは素晴らしいことだ。
「俺もなんか協力するよ」
「是非そうして頂けるとたすかりますけど、あなたは呼ばれたときも戻されたときも人為的なものなので、少し特殊なの」
俺って人の意思で異世界に呼ばれたのか……。
ずっと放っておかれて野人みたいな生活をしていた時期があったので、衝撃の事実だ。
なんで放置した!?死ぬほど腹へってたんですけど!
「あの、すみません。良かったら、握手ってしてもらえますか?」
雲雀さんの話の終わりを待って、瑠香さんが握手を求めて来た。最高の御褒美なので、もちろん応じる。
「光栄です!私、向こうでC級冒険者になんとかなれて、A級冒険者の一平さんに憧れていたんです。それなのに、二都さんはまさか勇者様だったなんて!あまりにも大きすぎる存在にまだ現実味がありません」
「ま、まあね」
でへへへへ。
ポリポリ。恥ずかしいからやめてくれ。
「あのっ!」
「はい」
「……えーと、異世界の勇者様の話をもっと聞いてみたいです。今後、できれば、その……。二人きりで、どこかお茶しながらでも構いませんか?」
……え!?
ワッツ!?
今、彼女なんて?
「えー……。瑠香ちゃん、あんた積極的なのは若者の特権だけど。この人ニートよ?」
「もうニートじゃねーよ」
瑠香さんも俺の名誉を守るように、首を振って雲雀さんの言葉を否定してくれた。
「あの!私向こうでお世話になってた人たちが、ずっと勇者様に感謝してたの。魔王の脅威がなくなって、どれだけ幸せかを語ってる姿を見て、本当に嬉しかった。その大きな幸せを届けてくれた方がここにいるんだもん!一緒に過ごしたいって思うのはおかしくないと思います!」
お、おう……。
俺だけでなく、その場にいた帰還者や雲雀さんも圧倒されてしまった。これが若者の持つパワーなのか。いつの時代も若さってのは偉大だ。
「来週の日曜日とかどうですか?バイトも入れてないし、大学も休みなので一日中時間あります」
来週の日曜日か……。日曜日は基本的に仕事は休みだ。元ニートに予定などあるはずも……。
げっ。あったわ。最悪のイベントが。
「ごめん。本当にごめん。その日、同窓会の日だ。行くって言っちゃったんだよなぁ」
「あんたバカァ?こんな美少女からお茶に誘われて断るおっさんがいる?しかも元ニートが同窓会なんて行ってどうすんのよ。地獄見るだけでしょうが」
雲雀さんの言うことが正しい。うむ、全部正しい。正しすぎて心が痛いくらいだ。
瑠香さんまで残念がって涙目になっているし、なんで俺同窓会なんて行くんだろうと今更思った。あそこで橘に出会っていなければ……。
「再来週とかどう?」
「……夜でも構いません!同窓会終わりに迎えに行きます。車の免許取ったんです!」
「ま?瑠香ちゃん、あんたって子は健気ね……。ニートよ、これ」
「ニートじゃねって」
「違います!二都さんは勇者なんです!あっちの世界の勇者の偉大さを雲雀さんは理解していません!」
「まあ行ったことないしね。はいはい、わかったわよ。……あんた、おしゃれな服買いなさいよ。そんなダサい服で行ったら殺すから」
ダサい服って今俺が着てるやつ?
ごめん、結構オシャレだと思ってたんだけど。
こうして俺の人生初のデート?らしきものが決まった。地獄の同窓会の後に。
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