第4話 帰還者たち
「二都……あなたの彼女だって言ってる人が来てるけど。しかも凄い美人さんよ」
「え?」
母さんの作ってくれた朝飯を書き込んでいると、宝くじに当選した翌日に現れるであろう『私彼女です』詐欺が家にやってきた。
先ほどチャイムが鳴り、俺を訪ねてくる客も郵便物もないので任せていたのだが、まさかの彼女だった。
「二都、やるじゃないか」
すまん。父さん母さん、期待した目で見て来ないでくれ。それ詐欺だから。
折角ドンから休みを貰って、日払いの給料で今日は親孝行でもしようかと思っていたのに。
ったく、異世界から10年ぶりに戻った男にどんな詐欺働いてんだ。仕事が見つかっただけでも奇跡みたいなもんなのに、彼女なんてできるかよ。
少し怒り気味に玄関へと行くと、そこには雲雀さんがいた。確かに今日も美人さんだが、この人は少し言葉に棘があるし、やたらエリート志向が強くて少し苦手だ。
勝気な美人を制御できる男って一体どんな生物なんだろう?と未知の生物への探究心が沸いていると、また一方的な要求をされることになった。
「おはようございます。今日が休みだということは知っています。ついて来てください」
「おいおい。彼女だとしても、そんな強引な誘い拒否られんぞ」
「だれが彼女ですか。私は金持ち御曹司しか相手にしていませんので。行きますよ」
絶対に断ろうと思っていたけど、後ろを振り向くと両親が期待に満ちた表情で玄関先を覗いていた。
2人の表情からは「絶対に行け。チャンスが少ないことは分かっている。けれどなんとか捕まえて見せろ!」という明確な意思が伝わってくる。
たしかにもう35だ。ニートが帰ってきたかと思えば、1週間真面目に働いているし、美人も家にやってきたら変な期待もしちゃうよな。
まあ、絶対にないが、期待を裏切るわけにはいくまい。
「……わかったよ。着替えてくるから少し待ってくれ」
「40秒で支度しな」
「無茶言うな!」
140秒で支度した。
男の身支度は結構はやいのだ。でも40秒は無理!
この間見た高級車に乗せて貰い、首都高を走る。
椅子は我が家の古い車と違って、ふっかふかだ。年甲斐もなく、少しはしゃいじゃった。
「服装ダサいですね。15年前くらいにダサい男が来てそうなファッションしてますね」
「的確過ぎんだろ」
異世界行ってた期間とニートしてた期間を合わせてそのくらいだ。雲雀さんがまだ小学生の頃だろうに。彼女のファッション知識には驚かされる。
「雲雀さん、日曜も仕事してるんですね。俺みたいなのでも休み貰えるのに」
「まあ出世したいですから」
「デートする相手とかいないの?」
「死にたいんかワレ?」
「……ごめん」
めっちゃ怖いやん!
地獄の二人きりのドライブになってしまった。ごめん、父さん母さん。0.00001%くらいあった嫁候補の可能性が、今0になりました。
目的地もわからずに待っていると、大都会のど真ん中へと連れていかれた。丸の内OLが沢山いそうなオシャレなオフィス街で下ろされ、案内されたビルも超一流企業たちが入っていそうな巨大なビルだった。
俺、知っている!
旧財閥系の企業が入っているビルだ!たぶん、上の方ではブランド腕時計を付けたエリート社員たちが、キーボードをカタカタカタカッタンー!!してると思う!
「なあなあ、このビル何階建て?エレベーターのボタン押してもいい?屋上には宇宙人が住んでるって本当かな!?」
「何はしゃいでんですか。普通に私が押します」
「無慈悲な!」
超高層ビルの最上階へのボタンを押し、スーと静かに動くエレベーターの中で、俺は内臓をふわっと持ち上げられる感覚を楽しみつつ、エレベーターの窓から見える外の景色を楽しんでいた。
「ガラス越しにバイオリンを始めて見た少年みたいな表情してますね」
「うん。もうそれでいい」
実際そんな感じだろうから。今は景色が楽しくて、安い挑発に乗っている暇はない。
最上階に着くと、そこは最上階に相応しい豪華な造りをしていた。キーボードカタカタカタカッタンしている人はいないけど、皆オシャレな服を身にまとった金持ちっぽい人たちがラウンジでくつろいでいる。
「今日、この場には『帰還者』の皆様に集まって頂いています。その中でもあなたは特別ですからね。一度彼らと会って貰いたくて」
「そういうの先に教えとくべきだよね?」
「黙れニート」
ひどっ。
帰還者と呼ばれた人たちが集まっている辺りに行くと、向こうもこちらに視線を向けてくる。
みんな顔馴染みのようだが、俺だけが初見さんっぽくて、それで注目を集めてしまったのだろう。あんま見ないで、服ださいらしいから。
「皆さん、お待たせしました。今日会って欲しかった、新しい帰還者の野輪二都さんです」
雲雀さんが紹介してくれた流れで、自己紹介をしておいた。
「野輪二都です。帰還者ってことは、もしかしてみんなも異世界に?俺は向こうで10年、こっちでは最近ニートを辞めて大工の見習いやってます」
「向こうで10年も!?すごーい」
俺の自己紹介に目を輝かせて反応した女性がいた。
雲雀さんにも負けない美少女で、まだ学生さんだろうか。凄く若い。胸元まで伸ばした髪の毛は一部分だけ金色に染めたオシャレな髪形をしている。最近のオシャレさんは凄いことを思いつくんだな。
「へっ。なんだよ。別に長けりゃ凄いって訳でもねーだろ?」
ソファーに座って足を組んだ若い男が、こちらを睨みながら言った。言葉の感じからして、すんごい不機嫌みたい。手にしたグラスに入っている酒がお腹に合わなかったのかもしれない。
「つか、なんでこんなおっさんが雲雀ちゃんと一緒にいんの?まさか雲雀ちゃんが迎えに行ったの?」
「そうですが」
「は?俺に迎え無しで、こんなやつには送迎付き?ふざけてない?」
よく見ると、怒っている男はイケメンさんだった。しかもかなりの。なぜ不機嫌かはわからない。最近の若者はキレやすいという情報はもう10年も前の情報だが、今も継続中なのだろうか?
男は俺の前まで歩いてきて、じろりと体を見てくる。
そんなにダサいかな?
「ダッセ」
がくり。やはりそうなのか。
「腕時計の一本でもつけろよ、良い歳したおっさんが。俺みたいにな」
イケメンさんが、俺の目の前に腕を差し出す。そこには天下のパチックがあった。
うそ!?この若さでそんな高級腕時計を!?
うわー、もしかして仕事すんごいできる人?このでかいビルの中でキーボードカタカタカタカッタンやってる人だったりして。
ちなみに、俺も家に一本腕時計はあるけど、チープカジオだ。あれ、安くて頑丈で良いんだよなぁ。
「俺はな、このビルで働いてんだよ」
「やっぱり!?そんな感じした!」
予想が当たってなんか嬉しい。
「ちっ。何喜んでんだよ。お前とは格がちげーってことを言いたいんだよ」
「格?」
ああ、俺見下されてんのか。
でも、まあいいか。実際その通りだし。
「そうだろうな。俺は日雇い日給8000円。いや、違う。ドンが長い目で育てたいからって日給1万円に増やしてくれたんだ。俺には嬉しい大金だが、高級腕時計を買えるあんたとは雲泥の差だろうな」
「ふん。自分のカスさが分かってんじゃねーか。なら、二度と雲雀ちゃんに近づくな。雑魚が」
ああ、なるほど。そういうことだったか。
このイケメンさん、雲雀さんに気があるみたい。ごめんな、おっさんそういうのに疎くて。でも来たかったわけじゃないんだ。拉致に近い感じで連れて来られて。
ちらりと雲雀さんを見るが、あっちはなんとも思ってなさそー。それが男をより一層不機嫌にさせているのかも。
「ちなみに、給料はあんたより低いが、俺は雑魚じゃない」
「は?」
だって魔王を倒しているし。なんなら異世界最強だ。
「あのー、二人ともそろそろやめませんか?」
気まずい雰囲気に、先ほどの美少女さんが喧嘩を止めに入った。
「どけ。おいおい、俺はあっちの世界じゃA級冒険者だったんだぜ?おっさん、井の中の蛙大海を知らずって言葉知ってるか?こっちの一般人に勝てるからって粋がってんなよ。真の強者を知らねーんだろ」
「やめましょうよ!野輪さん、挑発に乗らないでください。一平さんは本当にあっちではA級冒険者だったんです。特殊部隊10人相手でも勝てません。どうか、怪我をしないうちに」
特殊部隊10人ね。ふーん。
「やってみたらいいんじゃない?ここ広いし」
ここで雲雀さんが口を挟んできた。しかもなんか楽しそう。
「おいおい、雲雀ちゃん良いのかよ?このおっさん異世界帰りでいきなり病院送りにしても」
「いいんじゃない?まあ、できるならだけど」
「へぇー。随分と信頼してんだ。じゃあ遠慮はいらねーよな?」
なんかバチバチにやりあう感じになってるんだけど!?
「すまん、右腕は勘弁してくれ。怪我でもしたら、ドンに怒られる」
「そりゃてめーでしっかり守れよ。まあ無理だろうけどな」
イケメンさんはジャケットを脱ぎ、腕時計も外してファイティングポーズをとった。
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